献盃


16野良犬と兎ちゃん(END)




朝、家を出る時間はお互いすれ違ってしまうので、今日、華金の仕事帰りに久しぶりにRed Shoesに飲みに行かないかとLimeでベルを誘う。彼女も叔父には心配かけてしまった事を気にしており、二つ返事でOKを貰った。それに。

初めて“友達”になった場所で。
今度は“恋人”になりたい。

いつものように上段の隅っこにあるテーブル席を見やれば、相も変わらずスマホで物書きをして待っているベル。だが出会った頃とは違い、今は来店した自分に気づくと少し微笑んで手を振ってくれる。
以前は男だと知ると緊張して下ばかり向いて、目の前の摘みと睨めっこだったのが、妙に懐かしい。

「今日は俺の奢りだよ、サカさん。遠慮なく呑んでいって」

「おう。さすが、気が利くのう」

久しぶりに会うマスターにも、今日の昼にベルのほうから電話で粗方事情は伝えてくれていたらしい。かなり心配していたらしく、彼女に大丈夫かと度々Limeも送っていたとか。と同時に、彼女が本当に困っている真実をすぐに伝えてくれなかった事に、少し恨みがましく思っているらしい。

「まさか、ベルちゃんがそんな酷い目に遭ってたなんて。いやはや、俺は今回何の役にも立たなかったなぁ……」

「叔父さん……だって、叔父さんは奥さんや息子さんもいるでしょう?流石にご家庭に迷惑かけられないよ」

マスターの姪を想う気持ちも分かるが、結果的にあの犯人だったのならベルも叔父にご厄介にならなくて正解ではあったろう。妻や息子がいるなら尚更だ。
だがマスターの表情は思わしくない。少し拗ねているというか、何というか。

「確かに家族はいるけどさぁ。そんなに困ってたんなら一言相談くらいはしてもらいたかったかなぁ。あの日サカさんからホテルに1週間くらい泊まってたって聞いたけど、自宅にはもう帰ってるんだよね?」

咄嗟に呑んでいたビールが少し喉ではない所に入る。そう言えば以前マスターとはそんな話までした気がして、そこから情報がプッツンだった。

「え?…うん。勿論よ、叔父さん」

「……」

「流石に何日もホテルには泊まれないしね」

彼女は自分と同棲してる事は伝えてないらしい。少しだけホッとした。いや、別に此方はそこまで非難される覚えはないが、マスターの気を揉む様子を見れば敢えて伝えなくて正解だった思う。

「そっか。なら安心だ。まぁゆっくりしていってよ、サカさんもベルちゃんも」

「うん、ありがとう叔父さん」

平然と叔父に嘘をついた彼女に疑う様子もなく、マスターはにこりと笑ってまた厨房に帰っていった。内心胸を撫でおろす。ベルも自分のそんな様子が可笑しかったのか、笑っていた。

「ふふ。嘘ついちゃった、叔父さんに」

「…別に俺ぁ、隠さんでもよかったが?」

「嘘。ちょっとドキッとしてませんでした?」

じっと真正面から悪戯に見つめられる。少し上目遣いをしているのが可愛い。

男性恐怖症だと言っていたあの彼女が、随分と進化したものだ。当初、男が怖いというなら自分で練習すればいいと伝えたが、もはや練習するまでもない。昨夜なんか、ベルの方から事件のお礼にキスまでくれたぐらいだしな。

まぁ、当然それだけじゃ物足りないからこそ。

「のう、ベル」

「はい?」

何て言おうか、正直悩んではいたのだが。最初出会った頃と同じく、単刀直入に伝えるが俺は性に合っている気がする。もう今更かもしれないが言葉にする事は何においても一つの区切りだ。

「俺はもう、あんたとは“友達”をやめる」

一瞬、呆気に取られたような表情ではあったものの。次第に何となく意味が分かったらしい。
ふふ、と照れくさそうに微笑むところが印象的であった。

「はい。実は私も、サカズキさんとは“友達”やめたいなって思ってたんです」


野良犬と兎ちゃん。
(好いとるけェ、俺と付き合うてくれ)
(ふふ…はい。喜んで)

END

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