献盃


�I夜のデート





大学からの私の一番の友人、リトは変な男によく好かれる。可愛いらしい見た目と自己肯定感の低さが男の庇護欲をそそると思ったら、たまーに突拍子もない事をして男を振り回す。それがクセになるらしい。本人に悪気はなく、素でやってるのだから厄介なのだ。

この間なんかマフィアのボスに恋してたとか抜かしてて此方としては面白がって聞いていたが、今度はセキエイリーグチャンピオンに目を付けられたようで。それがどうも、大真面目にリトを好意に想っている男だったのはプテラの一件でよく分かった。

ただし、私個人の意見としてはあのドラゴン使いはやめたほうがいいと、己の第六感が物申してる。何故だか分からない、でも、リトが振り回すというよりはその男に振り回される未来しか浮かばなかったのだ。

ーーーそれなのに。

「で?やっぱり付き合ったと?」

「うん。見事に釣られました」

いや、確かにチャンピオンと1回ぐらいデートして釣られて来い!とは言ったけども。こうもあっさり交際に発展するとは……。

博物館の経営や所長交代の緊急事態の今、フスベのプテラの洞窟の調査権は喉から手が出るほど惜しい。新所長として先日就任した同僚の一人は、ほとぼりが冷めればもう一度正式にプテラの洞窟の調査をチャンピオンにお願いしたいとまで言ってて。

そりゃ“博物館職員”としては、リトがチャンピオンと懇ろの関係の方が有り難いわよ?しかし“友人”としてはチャンピオンと関係を持つ彼女を無条件で喜べない自分がいる。私には、とにかくリトの話を聞いて少しでもあの男が変な事してないか見守るしかない。

「っていうか、あんた怖かったんじゃないの?無理矢理キスされて」

普通に考えて初対面でいくら一目惚れといっても濃厚キスかましてくる男は地雷すぎる。最初にそれは忠告はしていたが、満更でもなさそうで顔を紅くする友人を見ていると何も言えなくなる。好き、という恋愛感情はあるんだろう。
ほら、思い出してみ?と促すが、何も問題はないとはきはき答えるリトを見て頭を抱えたくなった。

「それについては仕返ししてきた!克服したし、大丈夫!もう怖くないもん」

仕返しとは……?克服とは?
ちょっとよく分からない。だが友人なりに納得してる節があってあの男が怖くないときた。どういうこと?

「……まぁ、あんたがそれでいいならいいけど。でも、良かったのかしら……?結婚式であんたにブーケ渡して」

私にとっては一番の友人だから、ブーケを彼女に受け取って欲しくて周りに根回ししてたぐらいだが。今となっては少し後悔が過る。

「え?結婚なんてまた先の先の話だよ。それに貰って嬉しかったけど、ブーケだってなんだかんだ迷信だって!」

「分かんないわよ。ああいう男は手が早いんだから」

絶対早い。気づいたらリトがプロポーズされてあれよこれよと結婚させられてる未来しか見えない。じゃないとプテラの件で博物館職員全員の目の前であの振る舞いは普通あり得ないのよ。今だからこそ冷静に分析できるけれども……!

「いやいや!こんなコイキング女じゃあ無理だよ。ワタルさんにはもっと素敵な超絶美女と結婚してほしい!」

「?……そんなに自分を卑下しなくても。てか、どういうつもりで付き合ってんの」

確かにコイキングと言って揶揄ったし、釣られやすいとは嗤ったが。私が言いたいのはね、コイキングだからと自分を卑下して相手に雑に扱われても仕方ないって泣き寝入りして欲しくないのよ!
仮にも付き合ってる彼氏に超絶美女と結婚して欲しいと願う女は普通はいない。どんだけ自己肯定感低いのか。それとも大した愛情がないのか?とも思ったが。

「え?好きだから付き合ってるよ。ちゃんと」

「……恋愛と結婚は別ってやつ?」

「そうそう!それ!」

これが案外恋愛脳ではないらしい。一番恋愛脳してる感じがするのに、こういう処は抜け目ない性格。それがリト。大学からの長い付き合いだからこそ、彼女のちぐはぐな性格はよく分かってるつもりだ。まだ盲目すぎないだけマシなのか。

でも、自己肯定感もここまで低いとどこか歪んでるのよね。割り切ってるならまだしも、本人や相手がきちんと割り切れてるのかどうかはまた別の問題である。少なくともチャンピオンは割り切れてないに私は一票だが。

「とにかくよ。新婚の先輩から言わせて貰うけど、何でもかんでも許しちゃいけないわよ?あんたのお父さん泣くわよ?」

余計なお世話、口煩くて結構。友人として一応釘は刺しておこう。それぐらいしか私にできる事はない。
学生時代一度だけお話した事がある、あのハゲたお父さんもきっとご心配なさるに違いない。

「分かってるよー。そういう処はちゃんとするし。あ、もし父さんには聞かれても内緒にしててよ?付き合ってる事言ってないし」

「言わないわよ、大丈夫」

何となく、何となくだ。
彼女にとってはいい思い出になりそうだと思っている恋が、とんでもない大火傷になりそうな気がして気が気でない。どうかコイキングの神様がいるなら、彼女を守ってやってほしい。余計なお世話かもしれないが、あの男はリトに手に負える男ではない。それだけは分かるから。



□□□□□



お互いの仕事が立て込んでしまい、なかなか会えない日が続いた。ポケギアではたまに連絡するんだけど、ワタルさんはリーグチャンピオンであると同時に責任者でもあるから、なかなかセキエイから離れる事が難しいらしい。
次に会えたのは、ワタルさんとトキワの森でのデート以来、約1ヶ月後の夜だった。

「すまないね。最近、リーグの挑戦者が駆け込んできてしまって」

「いえいえ!仕事で忙しいのはお互い様ですから」

1日まるごと休みがなかなか取れないから、せめて仕事帰りにでも一緒に帰ろうと誘われ、ウインディと博物館から少し離れた看板の前で待っていると、彼は海の竜と共に空から現れた。

案の定ウゥッとワタルさんに唸るウインディを宥めると、相棒は仕方ねぇなと渋々私に纏わりつきながらも付いてきてくれる。本当ならモンスターボールに仕舞いたい処だが、この間仕返しキスをした手前ちょっと相棒についてて貰いたい気持ちがある。
ワタルさんもカイリューを仕舞う気配もないのでこのままでいいのかな。

「セキエイリーグって、やっぱり強いトレーナーばっかりなんですか?」

「ん?あぁ、まぁ。そうだね」

「っていうか、チャンピオンさんですもんね。強くて当たり前か。勝ち試合ばっかり?」

「まぁ、俺を倒したらそのトレーナーこそチャンピオンだからね。今は敗けなしとて、決してうかうかはしてられないよ。日々、黙々とポケモン達と鍛錬さ」

「……」

「ん?どうした?」

敗けなし、つまり、毎日勝ち続けなければチャンピオンではいられないって事か。それって滅茶苦茶凄くない?
研究している最中の失敗なんか日常茶飯事で生きている私には、到底考えられない生活だ。敗けちゃいけないって相当プレッシャーだろうし、この間トキワの森で愛でたカイリューやハクリュー達はそんなプレッシャーに耐え続けてる猛者達って事なのか。

「いや、凄いなぁと思って。私とは全く、住む世界が違うんだなぁって」

「研究の世界だって凄いだろう?博物館、あの時初めて行ったけど、知らない事ばかりで俺だって君とは住む世界が違うと思ったよ」

化石になったポケモンから当時の時代や人々の軌跡を読み解いたり、高度な化石の復元技術に関しても自分の知らない事ばかりだと彼は言う。でも未知な世界を紐解くのは楽しいみたいで、いつも私がしている研究の事を興味深く聞いてくれるのは有り難いけれど。

「退屈しません?だって、私はバトルも大して分かりませんしリーグの事なんて尚更。化石になったポケモンの事ばかりのある意味オタクですよ」

畑違いすぎて話してて私といてたまに楽しいのかと不安になる。ポケギアでもちょこちょこ連絡はしてたけれど、私に化石ポケモンの事は聞いても彼はバトルやリーグの事は一切しない。

そう伝えると、彼は少し困ったような顔して、目尻を下げる。

「そうかな?プテラの事だけでも共通するものは沢山あるけど。逆に君がバトルだの、リーグだの色々言ってたら俺は気が休まらないな」

「え?そういうもんですかね?」

「そういうもんだよ。必ずしも、似ている事は正解ではないって事さ」

まぁ、確かに。私とワタルさんは全く、似ていない。何なら正反対と言ってもいい。上から目線かもしれないけど、バトルやリーグで私が分かってあげられる事は殆どない。いや、この人はまず私にそんなもの、求めてもいないんだよなぁ。

……いやいや、落ち込んでどうする。ええい、こういう時はこれに限る。父からの受け売りだ。

「ここでクイズです。オムナイトの足は全部で何本だと思います?」

「そりゃ難題だ。うーん……あれは、10本くらいか?」

「ピンポン!正解です!じゃあーーーー」



□□□□□



楽しい時間はあっという間に過ぎる。
私のアパートは建物自体の壁が繋がっている様式ではなくて、一件一件が完全に独立しているメゾネットタイプ。先にあと同じ様式が三軒くらいあって、ニビシティの単身世帯区画の中では一応広めの区画らしい。時間も20時過ぎたからか、人気はほとんどなくなっていた。

可愛いことにカイリューが半円状に曲がっている近くの街灯が気になったらしくて、微笑ましいですねなんて話していた。そろそろお暇しようかなと思っていた頃。

「なぁ、リト。ウインディにこれをあげても?」

「え?あ、それって」

ワタルさんは何処から取り出したのか。見覚えあるポケモンのおやつの袋。

「あぁ。辛めの人参を潰したおやつのフーズだよ。いいかな?」

「ガウ!ガウ!」

「え、ええ。どうぞ?」

ーー何故ウインディの好物を。
いや、トキワの森で会った時にウインディに個別に私があげてたけども!案の定、大好物なおやつをワタルさんにチラつかされたウインディは、目の色を変えてあの凛々しさは何処かへいき、嬉しそうに飛びかかる。

ダメだ、こういう時正式なトレーナーでもない私のポケモンはまず言う事を聞かない。父の手持ちポケモンだった時は訓練されてたからまだしも、今のウインディやリザードンにそんな理性はない。
あわわ、とどうしようかと戸惑っていたら、彼は手慣れた手つきでウインディに“お座り”させた上に“待て”までさせ、手際よくおやつを与え始めたのである。

「ウインディ、いいこだ」

「ガウ!」

呆気に取られて何も言えなかった。いくら好物とはいえ、ここまでウインディって聞き分け良かったっけ?主人であるはずの私なんて、全く型無しだ。
喜んでおやつを堪能するウインディ。その横で地味に落ち込んで少しだけ下を向いていたら、ほっぺに軽い感触が当たって思考が停止する。

「!?……い、いきなり何を……!」

一瞬思わずウインディが舐めてきたのかと勘違いしたが、いやそんな訳ない。いつの間にか私の真横にいたらしい彼は、口に片手を当て少し照れながらも不満気に漏らす。

「君がそれを言うのかい?あんな大胆な事してたのに」

ぐぅ、の音も出ません。
この間の事をきっと弄られると思ってウインディを出してたのに、こうも相棒を骨抜きにされてしまっては立つ瀬もなく。彼が持ってきたウインディのおやつも計算の内だったのか、此方より何枚も上手である。
もしゃもしゃとご機嫌に食べ続けるウインディの首や背中を撫でながらも、観念して私はずっと彼に言いにくかった事を溢した。

「だって、ワタルさん。たまーに……何かこう、怖い時あるっていうか」

「うん?」

「ちょっと人が変わるっていうか。ほら、初めて会った時だって」

「あぁ、君に下衆呼ばわりされた時の?」

……やっぱり根に持ってる?
言ってる事は事実なんだけど、ご本人が言葉にすると何だか重みが違うような。ちら、と視線を映すと、特に変わったところはなくて此方を見つめられてはいる。私の浅はかな考えなんて、取るに足らぬものだからさっさと白状してしまおう。

「……すみません。何とか私、下衆っぽい怖いワタルさんを克服したくて、仕返ししたら私は自信つくんじゃないかと」

そんなアホな事を考えてました。
そこまで言うと、心底意外そうにワタルさんは笑った。

「ははは!そんな事考えてたんだ?まぁあれも一応、俺ではあるからね」

「?…」

あれも一応俺ではある?
その言い方が何だか引っ掛かって戸惑っていると、瞼を閉じて一考していた彼は再び目を開け、照れながらも何処か言いにくそうに溢した。

「君からの仕返し、嬉しかったよ?でも、その後ウインディで逃げたのはいただけないなぁ……」

「う。……す、すみません」

今もそのウインディに寄っかかって心の中で助けを求める。おやつは食べ終わったんだろう、満足そうにしながら隣にいるワタルさんから頭を撫でられている相棒。もう、現金なんだから。

沈黙がどれくらい続いたのか。
そのうち、ウインディが身動ぎしながら私とワタルさんの間をすっと通り抜けて、未だ街灯を興味深そうに見るカイリューの近くへと去ってしまう。

ーーーど、どうしよう。

横から見つめられている気はする。だって痛いほど視線を感じる。
居た堪れなくなって、もう帰っていいですか!思い切って聞こうとした時だった。ふわり、と嗅ぎ慣れない匂いが鼻を掠める。そして、目の前が真っ暗になった。

「わ」

「会いたかった、君に」

ぎゅう、っと彼のマントに包み込まれるように抱き締められた。思ったよりも切ない声色で、先程までの張り詰めてた緊張感とか恥ずかしさが和らいで、素直に受け入れてしまった。そうだ、よく考えたら1ヶ月振りだもんなぁ。

「わ、私も…です。久し振りで」

「あぁ……」

抱き締めてくれる力が強くて、それが余計に会いたかった思いが伝わってくる。
身長差のおかげで物理的に顔が彼の胸板に押し付けられていたものだから、途中息苦しくなって呼吸を欲して上を向くと今度は唇を奪われる。

ちゅ、ちゅ。

何でこの人のキスは力がこんなに抜けるんだろう。気持ちよくて、不覚にもきゅんとどこかがしたけど知らないフリをした。気付かない方が、きっといいに決まってる。

最初は唇同士の啄むキスだけだったのに、そのうち頬とか、目尻の上とか、顎とか。何度も何度も、動物が動物を愛でるように軽いものなのに、あまりにも近すぎて吐息が触れるだけでも何だか飲み込まれる勢いなのだ。
そしてついにはかぷ、と右耳まで食まれて思わず漏れてしまいそうになる声を抑える。

「(……ちょっと、まって。ここじゃ……)」

流石にいくらマントで隠してくれているとはいえ、いつまでもこの状態じゃ人に見られてしまったら絶対怪しまれてしまうだろう。勘の良い人なら気づくはずだ。そう思うと急に嫌な羞恥心がこみ上げてくる。

もう、私の部屋に上げる?
いや、部屋に上げたら最後、この人はもう止まってくれないかもしれない。というか、止めてくれるイメージがしない……!
カイリューもウインディも此方に来てくれる気配も一向になくて、この状況をどうしたらいいのか。せめて離れようと腰を引こうとするのに、据えられていた手が逃さんとばかり離してくれない。

「ま、って……」

わ、ワタルさん。
キス止まらないな……と、止まらないなぁ!どうしよう!?

そろそろ怒っちゃってもいいかな、と思った瞬間だった。ポケギアが鳴ってくれた。なんて、いいタイミング……!お陰で彼の力が緩まってやっとマントの中から解放してくれたので、ポケギアを手に取ると救世主は見慣れた番号だった。

「父さん…!」

「……どうぞ」

ナイス!父さん!!

こほん、と咳払いしてポケギアのボタンを押して、父からの連絡を受け取る。すると、思ったよりも父の声が重くて何事かとビビってしまう。

「え?ジムリーダー会議?」

「ホウエン地方にいるわしの旧友が昨夜亡くなったそうでな。明日明後日のどちらかには葬儀があるんだ。急な話ですまんが、わしの代わりにジムリーダー会議に出てくれんか?」

「えぇっ?それは、ご愁傷様ね……でも、私はただの研究員よ?娘だからってそんな権限……っていうか、ジムトレーナーさん達は?」

ジムトレーナーさん、何人かは私も知り合いだ。父を尊敬して長年ジムトレーナーを張る人もいて、勿論実力者ばかり。私よりもジムリーダー代理に相応しい人は沢山いるのに、何故と聞くと少し言いにくそうに父は漏らす。

「いやぁ、それが昨日たまにはトレーナー同士旅行でも行ってこいって全員送り出したもんで。タイミングが悪すぎたんじゃ」

それは確かにタイミングが悪すぎる。せっかく気持ちよく送り出したのに、父の都合で(といっても訃報ではあるが)また蜻蛉返りは可哀想な話ではある。
まぁ、私の方は明日は仕事は休みだし、ジムリーダー会議なんて厳かな場所は気が引けるが、行けない事はない。

「分かったわ。とにかく私が明日セキエイに行けばいいのね?」

「チャンピオンにはわしから言っておくから。断られたらまた連絡する」

「ええ、よろしく」

ご本人、真横にいるんですけどね。実にシュール。
しっかりとポケギアを切ってからワタルさんの方を向くと、何とも複雑そうな顔をしている。

「だそうです。ワタルさん。いいんですかね?素人がそんな会議出ちゃって」

「うーん。本当はダメなんだけどね。まぁ、やむを得ない話だなぁ……俺から君が来ることをリーグ受付にも言っておくよ」

「すみません。ほんとに」

よ、良かった。
不謹慎で大変申し訳ないのだが、さっきの熱に包まったあの雰囲気が一気に白けてくれた。たとえ知り合いの知り合いとはいえ、訃報を受けたばかり。流石にそういう処は空気を読める人でよかった。
ウインディも此方に来てくれて少しホッとしながら、私は撫で慣れた毛並みを掬う。カイリューも待ちくたびれたのかワタルさんに何か物申している。

頭の中では、いつの日だったか友人が忠告してた事がぐるぐる回る。

『分かんないわよ。ああいう男は手が早いんだから』

何とも形容し難い話だが、気を緩ませればいつの間にかこの人に食べられているかもしれない。確かに彼の事は好きだが、流石に最後までは致そうとは思っていない。それまで飲まれないように、あの気持ち良すぎるキスに絆されすぎないようにしなければ。

そんな事を考えているうち、ワタルさんのポケギアも鳴った。

「はい、もしもし」


夜のデート�I
(ひとときの愛)

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