�H大胆不敵
ーーー不届き者がプテラ達の怒りを買った。
だが災い転じて福となし、俺が彼女に付け入る隙ができた。狡いだの、卑怯だの言いたい奴は言わせとけばいい。
博物館の職員達には今回の一件で借りを作らせて、公私を混同してまで彼女に会うように仕向けたがこうも上手くいくとは思わなかった。会う機会さえあればあとは此方のもの。
そこで知ったのが、可愛いことに彼女は友人にコイキングだと揶揄されているらしい。だが失礼ながら内心、確かに的を射ているとは思って笑ってしまった。
強者に流されやすく、惚れっぽくて、研究以外に関しては優柔不断で情けない性格。それがリト。
感心はしないが、サカキに惚れていたというのも納得だった。彼女はとにかく若さもあるんだろうが、面白いほど男慣れしてはいない。褒められるとすぐに顔を紅潮させて、もごもごと口籠り、焦る。自己肯定感も低いんだろう。コイキングに喩えてつらつらと自己分析をしていたが、よく当たっていた。ここまで自他共に認めるコイキングのような女性もいないんじゃなかろうか。
だがこれはいい傾向だ。彼女は他人に染まりやすい人間なんだ。本当の俺を受け入れる器は十分にあるし、盲目になれる素質もある。ますます俺は彼女のことを気に入ってしまった。
そして、晴れて彼女の恋人にはなり得たわけだ。
見え隠れするようにあの日の俺を小出しにすると、彼女は息を飲んで戸惑っていたように思えた。いけないいけない、まだ付き合ったばかりの関係では早まる事はないだろう。
とはいえ、付き合えた嬉しさのあまり、早く本当の俺を知ってほしいとせっつく自分も何処かにいて困る。彼女が目の当たりにしたら、凶と出るか吉と出るか、今から楽しみで仕方がない。
「ウインディ。ほら、カイリューとも仲良くして」
「リュー」
「ガウ!」
次に会う時はお互いのポケモンを交流させよう、という名目でニビシティから下ってトキワの森の前に俺達は集合した。彼女はニビシティのアパートから近所だと言うので、トレーナーもポケモンも鉢合わせしないような拓けた場所を案内してくれる。確かに、適当にくつろげそうな岩がいくつかあって、風通しがよくポケモン達も気持ちよさそうにしていた。
ここには虫ポケモンが多いが、レベルの高さもあってかいたずらにバトルを仕掛けてくるポケモンはいない。たまにはカイリューやハクリューをのんびり過ごさせてやるのもいいな。
彼女の相棒であるウインディは、当初俺を見た途端若干歯を剥き出してはいたが、彼女の宥めのお陰で徐々に警戒心は解かれていく。最後はこうして俺が頭部を撫でても歯を向く事なく、少しだがすりっと頬張りはしてくれた。
ほのおポケモンもドラゴンポケモン程ではないが、なかなか気位が高いポケモンが多いのか。勉強になるものだ。
「最初は警戒してたけど、人懐っこいようだね。君のウインディは」
「ええ、比較的ウインディはまだ優しいので。でも、リザードンはワタルさんを見ると突っかかってしまうので……すみません、ほんと」
「いや、いいんだよ。主人を取られたくないのはどんなポケモンだって一緒さ」
プテラの洞窟でも彼女のリザードンに俺は警戒心を抱かれていたのを憶えていたからか、彼女は今回敢えてリザードンをボールから出さなかった。
その代わり彼女の手持ちのモンスターボールから出てきたのは、他にキュウコン、ダグトリオ。
キュウコンは何となく分かるが、何故ダグトリオ?と首を傾げていると、カイリューの頭を撫でる彼女が感心の声を上げる。
「カイリューは、ほんとよく育てられてますね。流石、賢いなぁ」
「リュー!」
「あぁ、人間の言葉だってほとんど分かるらしいんだ」
自慢の相棒も彼女には問題なく慣れたらしい。遠慮なく触り始めて、彼女も擽ったそうに目を細めながらも受け入れてくれる。髪や耳、肩や頬。
……だめだ、相棒にさえ嫉妬したら俺は終わりだ。自重しろ。
和やかにお互いのポケモンと触れ合うこの一時、誰にも邪魔されずに過ごすこの時間は端的に言って楽しかった。リーグにいるとどうしても次のバトルでの戦術や、回復に努める事が多いためポケモン達とゆったりと話し合ったり触れ合う事も少ない。
研究員の彼女はそもそもバトルとは無縁で、躍起になってトレーナーとして切磋琢磨!なんて雰囲気から縁遠い。だからこそ落ち着けるし、肩肘張らずに過ごせるこの空間はどこか特別だった。
そう、カイリューと楽しく触れ合う彼女を見て、そういえば、以前から彼女に聞いてみたい事があったと口を開く。
「ひとつ聞きたいんだけど」
「はい?」
「君、プテラを手持ちに入れようとは思わないのかい?」
あれだけプテラに関して研究しているのなら一匹ぐらい手持ちにいたっておかしくはないと思ったんだ。百聞は一見にしかず、とも言うし。
「え!あぁ……確かに研究員なら持っててもおかしくないとは思うんですけど」
「うん?」
「研究対象としてる化石ポケモンには、あまり愛着を入れすぎたくなくて」
意外だった。なるほど、そういうところは混同しないタイプなのか。
今はボールから出してはいないが、俺にも手持ちにプテラがいる。勿論あのプテラの洞窟でタマゴから孵化したプテラから育てて、このレベルになるまで随分苦労した。タイプはドラゴンではないものの、言うまでもなくあの獰猛さだ。
もし彼女が本気でプテラを育てたいと言うなら、色々とアドバイスできる事もあるかもしれないと思ったんだが。
「なるほど。客観的な視点を持ち続けていたいとか?」
「ええ。プテラに限らずですけど、出土するカセキ達ってのは言うまでもなく大昔のポケモンの骨……つまり遺物なんですよね。だから、私って変に感情移入しちゃうタイプなので……それに」
少し自信満々そうに彼女は胸を張る。
「手持ちに関してはこれでも一応、ほのおタイプが専門なんですよ。まぁ、ダグトリオは化石発掘でよくお供してるんですが」
ダグトリオの存在理由がやっと分かった。華やかなほのおポケモンであるリザードン、ウインディ、キュウコンときて何故じめんタイプかと思ったがそういうことか。
彼女の足元でダグトリオが誇らしげに喜んでいる。なかなか愛想があって可愛いな。
「そっか。カツラさんの娘だもんね。あれからカツラさん、怪我は治ったのかな」
「まだ、ギプスはしてますが松葉杖には頼らなくてよくなったみたいで。元気ですよ、相変わらず」
「リュー!リュー!」
そんな世間話をしていると、相棒が比較的大きな岩場を指差しながら俺に物申してきた。正確に読み取れはしないが、ポケモンフードが欲しいか、単純に岩場に横になりたいのか。とにかく、岩場の方に行きたいらしい。他のハクリュー2匹も同じく、カイリューに従ってついていく。
「少しあっちで休もうか」
「ええ、そうですね」
□□□□□
相棒はどうやら眠たかったらしく、大きな岩場ででんと我が物顔で横になるといつの間にか眠りの世界へと旅立ってしまった。ハクリューも一匹はカイリューに寄りかかって眠り、もう一匹は俺の近くでフードに食らいつく。
一方の彼女はダグトリオとキュウコンにポケモンフードをあげて、岩場近くでくつろいで伏せるウインディの腹に体操座りで寄りかかった。俺がその横にお邪魔すると、彼女は少しだけ驚いた様子ではあったが敢えて気付かないフリをした。
俺だって、相棒とまでは言わないがあわよくば彼女と触れ合いたい。そう思うのは、傲慢だろうか。
「…そう言えばご友人の結婚式はどうだった?」
「え!ええ、もうめっちゃ感動しましたよ!ドレスも凄く綺麗だったし、友人も幸せそうでした」
この間の休みにご友人の結婚式はあったらしい。タマムシデパートでは結局、彼女は俺が選んだワインレッドのフォーマルドレスをレンタルしてくれて心底嬉しかった。あの格好を一番に見れたのは満足だったが、結婚式でも出来れば見てみたかったな。
「そっか。それは良かった。君のドレス姿、可愛かっただろうなぁ」
「え!いや、私が言ってるのは友人のウェディングドレスであって……」
またまたもごもごと口籠る。ご友人のウェディングドレスに俺が興味あったら逆に怖いだろ?と内心突っ込みつつも、いちいち恥ずかしがる仕草が可愛い。
「はは。やっぱり君は、可愛いな」
「っ……」
彼女の顔を隠す髪を少し掬って頬に触れると、分かりやすく紅くなって擽ったそうにする。そのまま掬った髪を耳にかけるように撫でると、耐えきれなくなったらしい彼女が俺の弄ぶ手を掴む。嫌がられたかと思って咄嗟に謝ろうとしたが、俺の手を放す訳でも拒む訳でもなくそのまま自分の手を添えて頬に擦り寄せるものだから、思わず火がついてしまう。
ーーーー好きだ。
いつの間にか口に出してて、もっと彼女を近くに寄って見つめ続ける。とろりとした彼女の視線に吸い寄せられるようにして、いつか既に奪った可愛いらしい唇を重ねようとした時だった。
牙を剥き出す彼女の相棒が、間に割ってその先を阻んできたのだ。
「グゥ……!」
鋭く此方を睨みつける様は明らかに敵意のみ。彼女にそれ以上触れるなと言わんばかり、断ればかえんほうしゃでもお見舞いさせられる勢いだったので、素直に離れる。
「……。君の主人を奪ったりしないよ、安心してくれ。ウインディ」
「う、ウインディ!もう……!」
参ったな、主人よりウインディやリザードンの方が俺の事を正しく警戒できてるようだ。しかし、他のキュウコンやダグトリオは俺に突っかかってくる気配は特にないのに、ウインディとリザードンは俺が主人に近づこうとするとヤケに嫌な顔をする。
随分主人に懐いている、にしてはどこか忠誠心にも似た雰囲気も感じる気がする。昔、相棒のカイリューも俺に対してはそんな風に思っていた節があったが(現在は改善はしてるが)。
相棒の前で罰が悪くなったらしい彼女はウインディに一言溢して、モンスターボールに戻した。
「ごめんなさい、ワタルさん。ウインディまで……やっぱり元は父のポケモンだったからかな」
「?……元々カツラさんのポケモンだったのかい?まさか、リザードンも?」
だったら説明がつく。2匹とも彼女に完全に懐いている訳ではないということだ。
「ええ、そうなんです。私が生まれた時から、2匹とも長い付き合いで。私がグレンじまを出てタマムシ大学に入学する時に、父が変な奴に絡まれないように持っていけー!なんて言われて譲ってもらったんです」
「……」
なるほど、そいつは英断だ。流石はカツラさん、ほのおポケモンを上手に躾けられている。どおりでウインディやリザードンが必要以上に彼女を警備する訳だ。
現に今、俺の事を変な奴だと認識してるからこそウインディは突っかかってきた訳で。恐らくカツラさん自身も、彼女の事を心許なく思っている節が垣間見えて妙に納得できた。2匹を譲ったのも親心といったところだろう。
しかし哀しいかな。
ボールに入ってしまうと助けなければならない主人をさえ、黙って見てるだけしかできないとは。
ウインディにはすまないが恨んでくれるなよ、と思いつつ、もう一度仕切り直して彼女をじっと見つめると。慌てふためいた彼女は後ずさる。
「あ、あ、あの……!」
「ん?」
彼女の後ろは岩だ。今更逃げ道なんかないよ?と暗に伝える。しかし、もじもじと言いにくそうではあるが、言いたい事があるそうで。まぁ、話ぐらいは聞いてあげてもいいかと思って、待ってあげる。
「わ、私から!……でもいいですか?」
「というと?」
殊勝なことに、彼女の方から“何かを”してくれるらしい。この状況でまさかの彼女からの提案に、俺は少し嬉しくなって興味が湧いた。いつも振り回されっぱなしの彼女から、積極的になってくれるなんて。
「目を……瞑っててくださいませんか?」
「?…うん、わかったよ」
お望み通り、瞼を閉じて目の前の彼女を映さなくなった。その代わり森の色々な音だけがダイレクトに耳に響く。
相棒カイリューの大きいイビキ、ハクリューやダグトリオ達のフードを食べる咀嚼音、風に揺れる草木が霞む音、何処かで虫ポケモンが鳴く音等など。雑音はいくらでもあるのに、目の前で彼女が屈んだ時に衣服が擦れる音だけよく聞こえてしまう。
「絶対、開けないでくださいね!」
「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても」
だいたい、頬やおでこにでも可愛いくキスをしてくれるんじゃないかと思った。まぁ、此方としては物足りないが、それだけでも及び腰の彼女にとってはよく出来たほうであろう。
そんな淡い期待を抱いていたのだが。不意に両頬に添えられた彼女の手の感触で予想は全て覆される事になってしまう。
「!?……っん!?」
ーーーー予想外だった。
遠慮なく重ねられた唇同士に歓喜する暇もなく、それだけでなく小さな彼女の舌が俺の口内をこじ開けてきたのだった。呆気に取られた俺は捩じ込まれた舌がザラリと自分の舌と絡みつかれるがままで、気持ちよさにくらりとする頭が事態を追いついて処理出来なかったんだ。
なんて大胆な。
驚きと戸惑いが重なってしまい、遅れて彼女をしっかりと堪能しようと後頭部を抑えようとしたらその瞬間に俺から離れていってしまう。
お互いの荒れた息づかいと、口端から少し垂れるどちらのとも分からぬ唾液。当然、彼女の顔は言うまでもなく真っ赤っ赤で。でも、口を手で拭いながらも、どこかしてやったりと言った顔でもあったのが印象的で。不意にあの時、俺の事を下衆呼ばわりして蔑んでくる彼女と重なって、背筋がぞくっとした。
「いっ、いつかの、仕返しです!ずっとしたかったんです……!ワタルさんに!」
「……。君は」
ーーーーこんな事されたらもう。
爆発しそうな欲求を一身にぶつけてやりたい。正直、理性なんか吹き飛んでここで押し倒してしまおうかと思ってしまったぐらいには、揺らがされてしまった程強烈な煽りを受けた。とにかく抱き締めようと手を伸ばしたがそれは叶わず、代わりに目の前を毛だらけにされてしまった。
「ウインディ!出てきて!」
「ガウガウ!」
再び彼女と俺の間のこの狭い空間に、ウインディを無理矢理出されて吠えられてしまう。勿論ウインディは俺には敵対心を持っているから、もっと彼女から下がれと言わんばかり身体ごと大きく押し返されてしまった。
……ずるいな。こんな時にポケモンに頼るとは。
「そ、それじゃ!また次のお休みにでも会いましょう!」
「……あぁ」
ちゃっかりダグトリオやキュウコンもモンスターボールにしまって、ウインディに乗って颯爽と逃げていってしまった。自分から仕出かした事なのに、耐えきれなくなったんだろう。一瞬追いかけようとも思ったが、後ろから未だぐがぁと煩い相棒のイビキを聞いてそれはやめた。
彼女の性格は優柔不断で情けない。……は間違いだったかな。意外と大胆、も付け足しておこう。
俺が思うよりもよっぽど、彼女は逞しいのかもしれない。と思えば尚更、欲しくて堪らなくて。あぁ、早く手中に堕としてやりたい。
大胆不敵�H
(釣った魚に飛びかかられる下衆)
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