献盃


�J100点のものを




セキエイリーグなんて研究者として生きてたら一生来ない場所だろうと思ってた。そりゃ、幼い頃は父の背中を見てたから、ほんの一瞬だけポケモントレーナーの夢だって見なかった訳じゃない。
だから、こんな機会にでもセキエイに訪れる事が出来て大変に光栄に思ってますよ、はい。

周りが四天王とジムリーダーばかりでなければ。

「グレンジムリーダー代理、リトです。本来ニビシティ科学博物館の職員ですが、今日は父が忌引の為、急遽代理として出席しました。よろしくお願いします」

瞬間、ざわっと周りの視線が遠慮なくぶっ刺さってきた。分かってはいたけど、全体的に圧が。圧が強すぎる……!

こ、こ、こわい……。ごめんなさい、こんな処に雑魚なコイキングがいてごめんなさい。

内心、涙目になりそうなのを何とか堪えて、席につき冷静に配布された資料に視線を向ける。タイプ表、各ジムの平均レベル、リーグ挑戦者の人数や手持ちポケモンの傾向など色々書いてあるけど。分析表を見てもだから何だ?としか思えない。本当に畑違いな場所だ。当然だが私の強みは何も生かされない。

「(早く帰りたすぎる……!何かニビ?かハナダの子からちらちら見られてる気もするし)」

左横のトキワジムのリーダーが欠席しているので、その横がニビ、その隣がハナダだろう。何だか視線を感じる。私が何をしたって言うんだ。

ワタルさんの方は……絶対見てはだめだ。私は只でさえ顔に出やすいからそれだけで勘の鋭い奴は気づくかもしれない。部屋の奥の方は見ない。絶対。

すると横からこそりとおじさんが声をかけてくれた。

「皆、驚いておるのよ。カツラ殿も人が悪い、拙者にも同じく娘がいるが、一言も聞いた事がなかった」

「は、はぁ。なんか、父がすみません、いつもお世話になっています」

右横に座るこの人はセキチクジムの人かな。隣の席だし、父も年齢的にも近くて話しやすかったのだろうか。一応軽くは挨拶をしておけば無難だろうと思って頭を下げる。
そこまでは良かったのだが、少し間が空いて、この人は小さく鼻で笑った。

「フフ。珍しい視線が痛かろう」

「?……」

珍しい視線?なに、視線って。視線に珍しいも珍しくないもあるのか?

確かにさっきの自己紹介で痛いほど一瞬だけ視線は浴びたけど、流石に私如きなんか長引く注目でもなく、会議の進行を携わるリーグ職員の声が淡々と説明を施すのみ。私の事なんて誰も見ていない。
いくら部外者とはいえ、あからさまにキョロキョロとする訳にもいかないし、もう一度資料をぼうっと見つめる。段々と眠気を誘われるのを何とか堪えて、2時間半を何とか凌いだ。


□□□□□


終わった……。
やっとジムリーダー会議終わってくれた!
さ、帰ろう。変な緊張したから喉を潤して帰るか、と自販機でコーヒーを買っている最中だった。

「あ、リトさん、ですよね?」

「え、あ……はい」

え、なに。勝負でも仕掛けられるのか。
トレーナー同士目が合うとバトルじゃないかと恐る恐る振り向くと、会議室で遠目から私の事をコソコソ話してたあの二人が立っていた。えっと、確か。

「私ハナダジムのカスミっていいます!カツラさんにやっぱり娘さんがいたって本当だったんですね!」

可愛い、ギャルだ!
明るいオレンジ色の髪だったから目立つ子だとは思っていた。ハナダジムの子だったのか。じゃあ、横の男の子はニビジムの。

「は、はぁ。父がいつもお世話になってま…」

す、と言い終わらない内に今度は何故か凄く怒りながら言葉を被させられてしまう。なかなかお転婆というか、この年頃ならではの元気が有り余ってる。

「ぜーんぜん!カツラさん、喋ってくれないんですよ!こんなに可愛い娘さんがいらっしゃるのなら早く言ってくれればいいのに!ねぇ、タケシ!」

「い、いやおれは……。あ、博物館はたまに行きます。その、実は何度か展示物の説明受けた事もあります……」

はて。見覚えあった顔か?
ニビジムのタケシくん、名前だけは聞いた事はあるけど実際に会ったのは初めてだ。それも博物館に何度も足を運んでくれた事はあると。
ごめん、全く憶えてないとは言えず。持ち前の愛想笑いでその場をやり過ごすしかなかった。

「それはそれは、いつもありがとうございます。つまらない処かもしれませんが、お時間ある時はいつでも歓迎しますよ。カスミさんも、是非博物館へ遊びにいらしてください」

「本当ですか!実は私、今度オムナイト育てたいなぁって思ってるんです!」

みずタイプですし!と目をきらきらと輝かせている。私の大好きなオムナイトの話をしてくれるので、つい研究者目線で話が膨らんでしまった。
あれよこれよと、元気な二人に囲まれて楽しく話している内に、ポケギアでお互い連絡先まで教えて貰う事になる。二人ともいい子で優しくて、ジムリーダーって怖い人ばかりではないのかとホッとしてしまった。

「じゃあ、今度タマムシシティのパフェ屋さん行きましょーね!絶対連絡しますから!」

「おれも、だいたいニビジムにいるんで。今度良かったらバトルさせてください」

「ええ。楽しみにしています、声かけてくれてありがとう。二人とも」

若いっていいなぁ。多分私とは5〜6歳ぐらい下なんだろうけど、それでも流石ジムリーダー張るぐらいだから二人共しっかりしてて。
会議中、ジロジロ見ないでよって悪態ついたのを心中で詫びておく。二人にさよなら、なんて手を振って別れようと思ったらラスボスはいきなり現れた。

「お疲れ様」

「!……お疲れ様です」

にゅ、と横から現れた。咄嗟に崩れそうなポーカーフェイスを貼り直す。まさかここで来るとは思わなかった。何で、どうして。当の本人は此方の気も知らずに、にこやかに話しかけてくる。

「慣れない会議だったろう?カツラさんに今日の会議のこと、報告頼んだよ」

「え、ええ。わざわざお気遣いありがとうございます」

何でここで話しかけてくるのかな……!?
変に背中に汗掻いて、にこりと笑顔で挨拶を交わすも、内心は申し訳ないけど早くどこかに去ってくれないかとばかり願う。
それでなくとも顔に出やすいんだから!私は!

「?……もしかして、チャンピオンともお知り合いですか?」

ほら、気づいたよカスミちゃん。この年頃の女の子の勘の鋭さを舐めてはいけない。平常心だ、この人はワタルさんじゃない。ゴローンだ。ゴローンだと思え。

「いえ?初対面です。じゃあ、私はこれで失礼しますね。またね、カスミちゃんタケシくん」

「はーい!また会いましょうね!リトさん!」

「ええ、また!是非ニビジム来てください」

「……」



□□□□□



大役を終えてホッとした気持ちでリザードンでニビへ帰ってる途中だった。ポケギアが鳴って何事かと確認すると、以前デートしたトキワの森で待っていてくれとメールがあって、ぎくっとまた冷や汗を掻いてしまう。
脳内で勝手にゴローンだと変換してたのバレたかもしれない。いや、冗談は抜きにしても、初対面だと嘘ついたのは流石に失礼だった。とは言っても、リーグ挑戦者でもないのに何処で彼と接点があったかって聞かれたら、まず説明できないじゃないか。
悶々と色んな言い訳を考えながら、待って1時間したくらい。開口一番、お叱りの言葉を受けた。

「公私混同しないのは感心するけど、少しくらいは世間話をしてくれても良かったじゃないか」

彼にしては珍しく不満そうな顔をしていた。明らかに不機嫌さを隠してもいなかったので、申し訳ないと謝りながら正直に言い訳をさせてもらった。

「いや、私すぐ顔に出ちゃうタイプなんですよ。あんな厳かな場所でお花畑気分でワタルさんの事見てしまったら、もう色々とバレちゃうじゃないですか」

あのセキチクジムのおじさんなんて視線がどうたら言っててよく分かんなかったけれど、とにかく勘が鋭いというか、素人から見ても猛者ばかりが集っていたのは明白だった。
そんな中で、父の体裁の為にも色々と醜態を晒したくはない私の努力は無駄ではなかったはずだ。

「確かに、今日の君はまるで別人みたいだったなぁとは思ったが」

「……元々私はこれでもクールタイプなんです。ワタルさんと出会ってからずっと型無しコイキングなんですけどね」

「ふぅん?まぁ、そういう事にしておくよ」

納得したようなしてないような。
カイリューと共に大きな岩場に座った彼は、カイリューのお腹に寄りかかりながら立膝に頬杖をついてる。今日は明らかに機嫌悪いなぁ、ここまで顔に出してるワタルさんも珍しい。

何か違う話題を振らねば気まずいなぁ、と思って今日の事を振り返ってみる。あ、そうだ。

「そう言えば気になったんですけど、元々私の父とどういう関係だったんですか?ワタルさん」

「ん?カツラさんのこと?」

ジムリーダー達と四天王やチャンピオンってどういう関係なんだろう?という単純な疑問もあったし、そもそもどうして父はワタルさんに私の救出を頼んだんだろうか。そんなに親しい仲とも思えないが。

「ロケット団に攫われた父が救出されて、私の救出を貴方に頼むぐらいの関係はあったんでしょう?」

「まぁ、今日みたいなジムリーダー会議やリーグ戦の検証会でも話す機会はあってね。対ほのおタイプ戦についてはよくアドバイスしてもらったよ」

「ふぅん……え、じゃあ私のことも以前から知ってたとか?」

「いいや?知ったのは君を救出してくれと言われた時だよ。君とウインディが映ってる写真を見せてもらってね。まさか娘さんがいらっしゃったとは知らなかったけれど」

「……」

「どうしたの?」

「いや。な、なんでもないです!」

セキチクジムのおじさんやカスミちゃんも言う通り、父は徹底して私の事を他人に話さないタイプだったらしい。それは以前からも私も感じていた事だし、特に疑問は抱かなかったが。
どうしてワタルさんに助けて貰おうと思ったんだろうか。父が怪我していたから父が私の救出に行けないのは分かるとして……他に頼れるジムリーダーとか、四天王とは繋がりはなかったんだろうか。

別に深く気にしなくてもいいような気もするが、何処か釈然としない気もする。あぁ見えて抜け目ない処あるんだよなぁ、父は。
ぐるぐるとウインディの尻尾で遊んでいると、ひょんな事を言われて思わず心臓が止まる。

「君のお父さんにも、一言ご挨拶しないといけないな」

「え?」

「お付き合いさせて頂いてますって」

「いやいや!大丈夫です大丈夫です!そんな仰々しくしなくたって!」

父に伝えてしまったら結婚がどうのこうのなんて話にすぐ変わってしまう。そんな面倒事になってしまえばワタルさんにも迷惑かけてしまうし。他にも色々理由が……。
身振り手振りでいやいやと待ってくれと一生懸命伝えるも、再びワタルさんは眉間に皺を寄せ、心底不満そうだ。今日はずっとご機嫌斜めだなぁ。

「さっきも言ったけど、ジムリーダー会議で話す事もあるんだよ?知らぬ存ぜぬは流石に失礼じゃないか?」

「大丈夫です大丈夫です!そういう処は気にしませんし、ウチの父は!」

「……」

「ワタルさんはほら、結構有名人だし。私の事なんか知られちゃうとファンの子哀しみますよ?」

そう言えばセキエイの廊下で何人かに黄色い声上げられてたな……。普段博物館に籠もってばかりの私には眩しすぎる光景でしたとも。
彼女としてはちょっと辛いけど、仕方がない。これもコイキングの宿命だ。

「……。俺が都合が悪いというより、君がカツラさんに知られたら都合が悪いんじゃないか?」

「……」

正論パンチ。痛い。
はい、そうです。面倒くさいんです、父が。
最近はなくなってきたけど、私が就職してから、ちょっと前までは研究者繋がりで良さそうな男性見つけるとすぐ「会ってみらんか」って誘ってきて、何度かプチお見合いさせられてた事あるんですよ。
口が裂けても貴方には言いませんが。

だからもう、結婚を考えたり憧れるのはもっとこう……先っていうか。楽しい恋愛は恋愛、結婚は結婚って別で考えた方が正直楽で。ワタルさんには申し訳ないが、父にはワタルさんの事を知らせない方がもう暫く平和に過ごせる気がする。

今はまだ、私はこの人とはちゃんと恋愛してたいし、付き合ってまだ1ヶ月ちょっとだし、私はまだそんなにワタルさんの事をよくは知らないし。
だんまりを続ける私に、彼は容赦なくちくちくとパンチを続ける。

「そもそも自分の評判を気にしてるのなら、カイリューと一緒にニビシティの街中を君とは歩かないだろ」

「う……」

続く2回目正論パンチ、痛い。
そうですよね、夜の時間とはいえ堂々とカイリューと歩いて下さいましたもんね。あれ、つい昨日の事だったよなぁ。いやぁ、幸せだった。
何も言えない、反論もできない。それでも構わず彼は遠慮なくちくちくと責めてくる。

「カスミちゃんやタケシくんにも気づかれたくなかったようだしね、あの様子じゃ」

「お、怒ってますか?……」

そろそろ痛すぎて腫れてきそう、涙腺が。
だってあの様子じゃカスミちゃんやタケシくん、父と仲良いのが見てとれた。それってもう右から左に筒抜けすぎて、チャンピオンと何かあるのか?とか聞かれたらもう……。

最後まで明確な理由も言わず、だんまりを続けた甲斐があってか、流石にそれ以上追求はして来なかった。その代わりじろっと軽く睨まれて、少し呆れた顔でため息は吐かれたけれど。

「まぁいいよ。次の機会にはきちんと君のお父さんには伝えるからね」

「は、はい……ごめんなさい」

それもどうか控えて貰えないかなぁ、とも思ったが。
これ以上言うと本当に彼を怒らせそうで流石に自重した。確かにワタルさんの立場を考えたら、仕事上父と話す時に気まずい面はあるんだろう。ロケット団の件で私の事は知られてる訳だし。

……ワタルさん、機嫌直してくれないかな。
後ろにいるあのカイリューも先程から焦ってワタルさんの両肩を一生懸命揉んでいる。ポケモンに気を遣わせたら流石におしまいでは、とも思ったがそれでも信頼関係が成り立っている。彼だからこそ為せる業だ。

じゃあ、私からはせめてもの謝罪の意味も込めて。


「……ずるいな、君は」

「嫌ですか?」

それでも声色からして少しぐらいしか、ご機嫌は良くなっていないのだけれど。まぁ、彼の頬にキスして綺麗さっぱり機嫌が直るのなら訳もない。私が周囲にあまりワタルさんとの関係を漏らしたくはない事は、今のところ事実なのだから。
ちら、とカイリューを見るともっとキスしろと言わんばかり指と指を合わせるようにしてジェスチャーを送られる。

カイリューって知能、高すぎじゃない……?


「生憎だが足りないな。100点のものを知ってるのに、30点のものを贈ってくるなんてそれは誠意とは言い難いんじゃないか?」

つまりあの100点の仕返しキスを遠回しに催促されて思わず顔が紅くなる。
足りない、足りないって。
自分で言うのも何だが、この人は私に飢え過ぎなのではないか。

「よ、よくばり」

「そうだよ?付き合う時に、俺は欲張りだって話したじゃないか」

「〜〜っ……」

確かにタマムシデパートでそんな事を言ってた気がする。あぁ言えばこう言う。いや、ちゃんと彼の言い分は理には適ってはいるんですが。
研究者としては私も口では負けない方ではあるはずなんだけど、この人もなかなか手強い。いや、今はそんな事どうでもよくて。

ええい、もうどうにでもなっちゃえ!


「ねぇ、あそこでイチャついてるカップルいるよー?お父さん」

「こら、お前には早い」


ガサゴソと草むらから掻き分けてきた虫とり少年の純粋な一声で一瞬にしてその場が凍りついてしまった。

私達は脇が甘いのかもしれない。会う場所だって本当に誰にも関係を知られたくないのならば、もっといい場所があるだろうに。そこに行くまで、こうして何点かのキスを交わし続けるのだろう。私にとっては、それは心地の良い彼との愛の語らいであるが、彼にとってはこれはどういう時間だろうか。
知りたい気もするが、いや知らない方が平和なままな気もする。今はまだ恋愛を愉しみたいの、と湧き上がる私の欲に沿って。


「……」

「……。か、帰りますね。では、また」

「あぁ、気をつけて」


100点のものを�J
(存在を認められない下衆)

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