献盃


�K疑惑




「コイキングさーん、もう美味しく頂かれた?」

「しーっ!声大きいから」

仕事帰りの19時半、今日は珍しく残業が長引いてしまって職場には友人と二人きり。さぁ、そろそろ帰ろうかなと支度を整えていると、あっけらかんとした声で聞かれてぎょっとする。コイキングと呼ばれるのはもう慣れてしまった。慣れていい、のか?

友人と二人きりとはいえ、誰が聞き耳立ててるかは分からないので大きな声で話して欲しくはないと伝えると、友人からは今更すぎるわと突っ込まれた。他の同僚にも私がワタルさんと付き合ってるのは薄々知られてるらしい。だからっておおっぴろげにしたい訳ではないんだけど。

「まぁ、その……キス止まりで幸い」

「うわ、なんか逆にいやらしいわね」

いやらしいとは心外だ。むしろ比較的清らかな交際だと褒めて欲しいぐらいだ。

「何でよ。てか、何でもかんでも許しちゃいけないってそっちが忠告してくれたじゃんか。むしろ誠実でしょ!」

「それよ、それ。“誠実”を今更仮面被って演じてるのがいやらしいのよ」

そりゃ、初対面は誠実から程遠い人ではあったが。

あれから度重なるデートではショッピングに行ったりカフェの人気店に行ったり、この前はミニリュウが釣れるらしいサファリゾーンに行ってみたりと(結局は釣れなかったが)、それなりに楽しんではいた。
というか、そもそもの話。私達はキス以上にできる場所を選んでいないというのが本音の部分であって。いやワタルさん自身の本音は知らないが、私が行きたいと言う場所を彼は優先してくれるから、それを“誠実”という仮面で演じてるのかと思うと哀しくなってくる。
以前から友人はワタルさんに対してかなり懐疑的だ。一体ワタルさんをどういう目で見てるんだと聞いてみる。

「ワタルさんの事なんだと思ってるの」

「裏表激しい男」

迷いなくピシャリと言い放つとは、なかなかの言いようである。
友人の毒舌っぷりは大学時代からの付き合いだが、他人の評価でここまで辛口が酷かった事があったか。しかし逆に言えば、裏表なく言いたい事ははっきり言ってしまう友人だからこそ、遠慮なく聞いてしまう自分もいる。
彼女は彼女で、私の事を想って辛くも甘くも言ってくれる人間だというのはよく分かってるつもりだが。

「何て言うかなあ……私の勘でしかないけど。こう、正義の為なら少し常識からはみ出しても厭わないって言うか……ぶっ飛んでる気がするのよね。感覚が」

「ぶっ飛ん……そんなに?」

最近でこそ殆ど見なくはなったが、私も度々彼から感じる得体の知れぬ怖さはあったから何も言えなくなる。以前それについて聞いたら、彼は「一応あれも俺だから」と否定しなかった。それって、自分には二面性がある事を認識していると言うことよね。そしてそれを彼は直したいとも思っている風でもない。
いや、別に絶対直してほしいとまで、烏滸がましく思ってる訳ではないんだけど、さ。

「ちょっと変な事聞くけどさ。あんた昨日、前の所長の家にカメックスが帰ってきてた事、知ってる?」

「え?カメックスが?」

友人の声が急に低くなるから、身構えてしまう。

カメックス。所長が若い頃にゼニガメから育ててきたって言ってたのをよく憶えている。かなり可愛がっていたようで、休日はカメックスと一緒に散歩している処を見た人もいたぐらいだ。

「それがもう、野生のポケモンとして登録されててね、主人がもういないのよ。今日、保護団体に保護されたわ」

「?……そのカメックス、本当に所長のポケモンなの?」

「ずっと所長の家の前に佇んだままだったの。どう考えたって所長のカメックスでしょ?そもそも、この付近でカメックスなんて野生で生息してないわよ、普通」

「……」

確かにカメックスが野良で彷徨いている事はまずない。所長の家の前で佇んでいるのなら、正真正銘所長のポケモンなんだろう。しかしあれだけ可愛がってたカメックスを野生に帰すなんて、加えて所長の手持ちとしても登録されてない事を不審に思う。

でも、所長は確か、ワタルさんが言うにはロケット団に逃げ込んだんじゃないかと言ってたけれど。

「所長がロケット団に逃げ込んだなら一番可愛がってたカメックスを手放す理由って何?……で、これで一つの仮説が浮かび上がると思うけど」

どこか、嫌な予感がして手に汗を握る。

「プテラの洞窟の事を世間に知られたくないから警察には通報するなって言ってたのよね?チャンピオン」

「うん。所長は自分が捕まえるから任せてくれって」

私が拘束されていたあの時、確かにワタルさんは言っていた。
只でさえプテラの生息地が存在していた事は化石研究学からしても大発見となるニュースだから、大事にはしたくなかったんだろうとその時は思ったし、再び所長みたいな欲のある人間に“ひみつのコハク”を標的にはされたくなかったんだろうなって。

「でもさ。コハクを盗もうとした処をプテラに襲われて、洞窟から逃げたって言ってたらしいけど。変じゃない?」

「変って?」
 
「そもそも、チャンピオンが言うにはプテラは人間の“格”を見るんでしょ?ウチの所長がプテラ達から“格上”だと見られる可能性は何%よ?そして無事にプテラの洞窟から出られる可能性は?」

「……でもほら、明らかに“格下”だった私だって洞窟から出られた訳だし」

「それはチャンピオンと手を繋いでたからでしょ?あの状況でよ?所長と手を繋ぐようなそんなお花畑な話ある訳ないじゃない。大前提として、チャンピオンがみすみすそんな卑怯な男を逃がすタイプとも思えないわ。となるとさ……最悪…」

「……まさか」


ーーー所長はもう、この世にはいないのかもしれない?


所長を“格下”だと判断したプテラ達に襲われた?もしくはワタルさんが所長を……?

そうすれば、未だに主人を求めるカメックスとロケット団に逃げ込んだはずの所長の行方が分からないのも辻褄は合う。私もあの後、ワタルさんの口から所長の名前なんて一切聞いてない。
でも、まさか。いや、そんなはず。

「……いや、まぁ。これは憶測にしか過ぎないけどね。チャンピオンが言う通り所長は本当にロケット団に逃げ込んだのかもしれないし。でも、カメックスがフスベシティからこのニビシティまで地図も分からず自力で来るのに、約2か月かかってるとしたら」

辻褄が合う、と。
そこまで友人が言葉にして、しんと部屋の中で沈黙が響いた。
あまりにも信憑性が高くなってきて、正直混乱してしまう。嘘だ、ワタルさんに限ってそんな事はしない。カメックスだって、ロケット団の悪に染まった所長が理由があって手放したのかもしれないし、第一本当にそのカメックスが所長のポケモンだという確たる証拠だって……。


「……そんな。そんなわけ!」

「いや、だから可能性の話よ?全部私の憶測にしかすぎないから鵜呑みにはしないで欲しいんだけどね」

「いやいや。絶対ワタルさんはそんなことしないよ!私が直接聞いてくる!戸締まり頼むね!お疲れ!」 

「あ、ちょっと……!」

ワタルさんに直接聞いてみよう。
それしかない。

通勤バックを片手に私はすぐ自宅のアパートに向かった。手持ちのモンスターボールを持っていかなくちゃ。絶対、絶対そんな事になってないって私が証明しなければ……!


「やっぱり、ヤバそうな男に捕まったかなぁ……リト」


後になって、余計な事を言ったかもしれないと友人は心底後悔していたらしい。

私達は研究者の立場だからこそ、立証できない事象は信用に値しないのでそこを追求し続けるのだが、世間的には追求する事が全て正解で正義とは限らない事もあると口酸っぱく私達に教えてくれたのは、他でもない所長だった。

私も友人も、この時はただ真実が知りたかっただけ。そう、ただ知りたかっただけ。


 
□□□□□



「どうした?こんな夜遅く。君から会いたがるなんて、珍しいね」


夜も21時を回った後に君から連絡が来たのはこれで2回目だった。それでも今度は恋人になった後なんだから可愛いらしいお誘いでもあると思いきや、話したい事があると真剣な声で言われてしまう。

しかも場所を指定されたここは、俺と彼女が初めて出会った場所、ロケット団の壊滅した支部だった。こんな物騒な場所に呼び出してまさか、甘い雰囲気が待っている訳もない。

待ち受けていたのは、初めて会ったあの時と同じく。ウインディと、それにリザードン、加えて今回はキュウコンもいる。いざ、炎ポケモンのオンパレードで彼女を囲ってガードし、臨戦態勢でいつでも戦いができるような覚悟を決めた顔つきだった。彼女も勿論そう。
となると、まさかここで俺と楽しくバトルしよう!なんて呑気な展開にもなるとは思わない。まぁ、一度くらい戦ってみて完封してやりたい気持ちもあるが、それはまた今度の楽しみにしよう。

つまり彼女は、気づき始めたって事だろう?
思ったよりも気づくのが早かったが。

「ワタルさん。ひとつ、お聞きしてもいいですか?」

「ん?なんだい?」

「ウチの所長の捜索って、まだされてらっしゃるんですよね?」

「あぁ。当たり前だろう?警察には言ってないからね、俺が独自でやっているよ」

「そ、そうなんですか……」


まぁ、当然ながらあの愚か者の手がかりなんか、ロケット団からあるはずもないが。

彼女は少しだけ声を震わせながら横にいるウインディを撫でる手を決して離さない。本当は真実を目の当たりにするのが怖くて怖くて、仕方ないのが見て取れる。臆病で小心者、だから3匹も同時に操れもしないポケモンを囲わせて俺の出方を見てる。

でも君はそうまでして、確かめられずにはいられなくてここまで来た訳だ。一体何がきっかけだったのかは分からない。君をここまで来させた理由とはなんだ?


「どうしたんだ?急に」

「い、いえ。ちょっと友人と話してて気になって……ま、まさか、所長……プ、プテラに、食べられちゃったなんて事ないよなぁって!」

「……」


流石だな、君の友人は。
少し舐めてたな、俺もまだ脇が甘い。彼女をコイキングと称したその友人は、彼女から話を聞いてるだけで恐らく俺の本性にも気づいてるんだろう。

しかし、鋭い勘といってもそれはあくまで勘でしかない。確固たる証拠もない、まさか俺が“見殺しにした”という証拠は何一つ残っていないんだ。慌てる事もないが、何故彼女が疑い始めたかだけは知っておきたい。

「まさか。俺は所長さんが洞窟から出ていく処を見たんだよ?逃げ足が速くてね……流石にそれはないよ」

「!……で、ですよね!良かったぁ……!もうウチの友人が変な事言っちゃうから……!」


俺の答えに少しホッとして胸を撫で下ろしたのか、彼女はウインディから手を離す。彼女を守る3匹の騎士は俺に未だ警戒を解いていないのに、もうリザードンとキュウコンをモンスターボールに戻し始めた。

そういう処が甘いんだ。だからサカキや所長さんにも利用されるんだと親切心で言ってやりたいが、種明かしはもう少し後にしよう。

足早で向かってきた彼女を抱き留めると、一筋の涙が流れていた。恐怖心から解放されたからか、それとも俺が罪を犯さなくて良かった安堵感か。
良心の呵責という言葉が一瞬だけ頭の中に浮かんだが、すぐに打ち消す。元々俺にそんなものはなかったはずだ。それに、これはプテラ達だけでなく、“彼女の為”でもある制裁である。彼女は何も知らないから、まだ呑気に無垢でいられるだけだ。


「俺もびっくりしたよ、君が凄く深刻そうな顔で言うから何事かと思った」

「ごめんなさい……!実は昨日、所長の家にカメックスが戻って来てたらしくて……」

「カメックス?」

「ええ、恐らく所長のカメックスじゃないかって言ってて……」


疑惑�K
(可愛い無垢な下衆)

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