献盃


�L大空の王者※




「(あれはクロだ…)」


昨日、ワタルさんはきっと私を騙せたと思っただろう。あ、この女、俺の言葉を信用したなって絶対気を緩めていたはずだ。じゃなければ用心深そうな彼の事だ、もっと色々と尋問してきてもいいのに案外呆気なく解放してくれた。わざわざご丁寧に私を自宅まで送り届けて。

友人が言ったように所長は既に死亡しているのかもしれない。だがそれはプテラの洞窟まで行ってみないと決して分からないことだ。

馬鹿正直にワタルさんにまた調査に行きたいとお願いしても、所長がいた痕跡を徹底的に消しているか、あるいはもはやプテラの腹の中どころか土となり塵となりしで何も残ってないのかもしれない。彼は素知らぬ顔してまた洞窟を案内するんだろう。

昨日の夜、ワタルさんと話して決定的に分かったことは、ただ一つ。

『“ひみつのコハク”は無事だよ。所長さんが盗もうとした処をプテラ達が追いかけてね……辛うじて洞窟からは逃げたようなんだけど、行方知れずなんだ』

『まさか。俺は所長さんが洞窟から出ていく処を見たんだよ?逃げ足が速くてね……流石にそれはないよ』


「ワタルさん、私を助けた時に言ってた事と昨日言ってた事、違うのよね……」


“逃げたようで行方知れず”と、“洞窟から出ていく処を見た”は全く違う。

何故最初はぼかすような言い方をしたんだろう。そして何故、今になって所長ははっきりと“逃げた”と言える?
2か月も前の事だから単純に言葉にした事を忘れたのか、あるいは、私を試しているのか。

ーーー分からない。
とにかく、ワタルさんに絶対に知られずにあのプテラの洞窟に違う経由から潜る必要がある。2か月前の事だ、正直証拠が残っているかどうかも分からない、運良く洞窟に入れても出れずにプテラの餌になって最悪死ぬかもしれない。
 
「……」

……でも。もう恋人を疑いたくない。
疑い続けるのは真実を知るより辛いことだ。そして一人の研究者としても、恋人としても、彼を止めたいと思っている。大好きだからこそ、たとえ過ちを犯したとしても、真正面から受け止めて罪を償って欲しい。

ついこの間まで、事情があるにせよロケット団にいた私が偉そうに言える立場ではないが、私にできる事はこれぐらいしかない。彼が本当の意味で目を覚めるまで。



□□□□□



「ダグトリオ」

化石発掘の際のお供を呼び出す。この子は私が大学時代に独自で捕まえたポケモン。とても賢い子だ。

「この先にプテラの住処があるの。できるだけ掘ってる音で周りに気づかれたくないし、慎重に進んで欲しい。注文多くて申し訳ないけど、できる?」


真夜中の真っ暗なフスベシティ。まさかこんな形で再び訪れるとは思わなかった。ワタルさんに案内された正規ルートの入口とは真反対の場所で、鬱蒼と雑木林に囲まれている。時々、ホーホーの鳴き声が聞こえるだけで心の内はビビりまくり。でんきタイプは持ってないから、懐中電灯だけが頼りだ。
入口との高低差を計算しても、この場所から真っ直ぐ掘り進めばプテラの洞窟のどこかにはぶつかるはずだ。ダグトリオは一生懸命静かに慎重に掘り進めてくれる。

いつでもリザードンを出せる準備はしてる。ワタルさんもいないんじゃプテラ達に“格下”と見られるのは確実だけど、とにかく所長の痕跡一つでもいい。何か手掛かりさえ掴めれば私の勝ちだ。

どんどん掘り進めてくれるダグトリオの後ろからついてきて、5分くらいした頃。急にダグトリオが動きを止めて、此方を見る。奥を覗くと、なんと既に穴が拡がっていて暗い道は奥へ続いていたのだ。


「ん!?……此方にも入口はあったってこと?」


最近掘られた跡のようで、人工的な手は全く加えられていない。つまり直径1mの丸いこの穴は、ポケモンの仕業だと見るのが自然だろう。ダグトリオに気にせず進んでみてと言い、私もその穴に入った。

「こわい……なぁ」

アーボックの巣とかだったらどうしよう。やっぱり引き返してしまおうか、なんて弱気な事を考えていると。ゴソゴソと奥の方から音がしてきて身構える。ダグトリオもきりさく攻撃の準備をしてて。

「ひ!」

ぴょんと出てきたのはハリネズミ……ではなくて。

「?…な、なんだ……サンドパン……!?何でこんなところに」

咄嗟にポケモン図鑑を取り出して生息地分布を確認しても、サンドパンなんてフスベシティに一匹も住んでるはずはない。

「(確か所長、サンドパンを手持ちに持ってたはず……!まさか……!)」

一度だけ、化石発掘時に所長がサンドパンを出して、穴を掘らせていたのを憶えている。これこそ動かぬ証拠だ、やっぱり所長はーーーー。

ポケギアが鳴った。
しかもこんな真夜中に。恐る恐るポケットから取り出し、番号も見ずに受け取った。多分相手は分かっていたから。

「いけない子だな、リト」

「ワタルさん!?」

開口一番、私がしている事なんてお見通しのように言うからその瞬間冷や汗がだらだらと流れてくる。どうして、何で。

「プテラの洞窟に行きたいのならどうして俺に言ってくれないんだ?わざわざダグトリオを出して掘らせる事なんてないだろ?」

「いやっ、あ、あのっ……」

どこ!?どこから見てるの!?この人!
キョロキョロと周りを見回しても洞窟が奥に続いているだけ、見慣れたあの黒いマントも赤髪もいない。目の前でダグトリオとサンドパンに何を騒いでるんだ?と不思議そうに見つめられる。

「それとも?お得意の化石調査でもしてるのかな?俺に内緒で?どうしてだ?」

なんか、よく分からないけれどさっきから鼻もムズムズする。別に強烈な匂いがすると言う訳じゃないけれど、段々と瞼が重たくなって体から力が抜けていく。
そして目の前にいたダグトリオとサンドパンもその場ですやすやと眠り始めて、やっとそこで察した。彼がここにいない理由を。

「あ……」

そうか。
きっとねむりごなだ。やられたと思った時には地面に顔がついてしまった。蟀谷につく砂の感触が地味に痛いのに、瞼が閉じる方が早かった。



□□□□□



遠くから聞き覚えのある鳴き声と、凄くひんやりとした風が全身を撫でる。ぞくっと背中まで凍るような寒さもあって、そっと目を開けた。

そこは真っ暗な闇の中で、見慣れた彼が自前のランタンに照らされながら私の左横から見下ろしていた。

「ん……ここ、は?……ひ!」

「ギャイーーーン」

暗闇にいる不気味なワタルさんだけでもビビったのに、私の右横にはプテラが大きな鳴き声でおはようと言わんばかりの挨拶をされて二度驚く。
びっくりした。こ、こんなに近くまでプテラに近づいたのは初めてだ。

「起きたかい?ここは、プテラの洞窟だよ」

記憶を喪う前の事をようやっと思い出す。確か、フスベまで来てダグトリオに穴掘らせて……。
そう言えば私のリュックや腰につけていたモンスターボール達がない。自分の持ち物が不自然になくなっているのに気づき焦る。

「え?え?……なんで」

そう。確か目の前のダグトリオとサンドパンが眠ってしまって……。ついでに私も眠くなって……。

そこまで記憶をなぞって彼の方をもう一度見やる。あれから何時間経ったのかは知らないが、彼はまるで先程のポケギアでのやり取りなんか忘れたように、ランタンの明かりを少し上に持って、嬉々として私に告げた。

「お望み通り、君はここに来たいだろうと思ってさ。せっかくだからプテラの洞窟に連れて来てあげたんだ」

「え、あ………」

怖すぎる。
彼の声色はいつものように変わらないのに、そうすればする程得体の知れない恐怖が私を縛っていく。この状況でどうしてこの人はこんなにも、冷静なのか。

「ほら、これが無事だった“ひみつのコハク”だ。プテラ達は今も大事にしてるよ」

「……わ、ワタルさん。貴方」

「ん?」


ーーーもう言ってしまおう。

いつまでもここで笑顔で殴り合ってても埒があかない。私はこんな危険な場所まで来て呑気に彼と世間話をしに来た訳ではないのだ。

ここがプテラの洞窟で、彼もいるというなら、もう正々堂々ぶつかるしか他ない。所長を闇に葬ったのは貴方ではないかと。

「逆の事してますよ。だって貴方に後ろめたい事がなかったら、昨日の今日で用心深くフスベに来たりしません。私が、貴方を疑ってる事………っ!?」

「ギャイーーン!」

「イーーーン!」

お分かりでしょう?と伝えようとしたところで、左右から耳鳴りがしそうなくらいのプテラ達の大きな鳴き声が聞こえて掻き消される。途端、恐らく2匹の個体が私に目掛けて襲ってきた。


「きゃああっ!!」


怖い……!
思わず震えてその場でしゃがみこむ。羽根が風を切る音、牙と牙が掠る音、プテラ達の速い息遣い、そして獰猛な鳴き声。

こんな暗闇の中では、音と気配でしか判断のしようがない。唯一の明かりであるランタンは彼が持っていて、私から離れてゆっくりと奥の方へ歩みを進めていた。
プテラから喰われるかもしれない恐怖で、情けなくも私は彼の後ろについていくしか出来ず。すると、ぴたりと何処かで止まって此方を向く。私が予想していたよりも、彼は至って冷静に話し始めた。

「あんまり真実を言いたくはなかったんだけどな。まぁ、仕方ない」

「?……」

「前も話したけど、このプテラの洞窟はね、竜の巣とも呼ばれてる。俺達の一族が長い年月守り続けた大切な場所さ。昔から“ドラゴン使い”と認められる実力者のみがここに入る事を許される、神聖な場所なんだ」

「え、ええ」

そりゃ、もうこの間からご存知でしたよと肯定すると。ワタルさんはランタンを左手から右手に持ち替えて、とある一点を意図的に照らし始めた。そこには2匹のプテラが重なり合うように何かを隠しているようにも見える。

「この竜の巣ではね、プテラ達を傷つける愚か者はこうなるんだよ。プテラ、見せてやってくれ」

「?……ひっ!」

2匹のプテラがワタルさんから命令されて、その場所から退いた。一体何を隠しているのかと思いきや、目に入ってきた人骨に驚愕してしまった。そして、人骨に纏わりつく所々破れて腐っていた衣服の模様と汚れた靴から見て、あの時の所長のものだとすぐに分かる。

「こ、れは。まさか……所長!?」

「そう。所長さんだよ……“ひみつのコハク”を無理矢理取ろうとして、プテラ達の逆鱗に触れたのさ。これがその成れの果てだ」

骨までプテラ達が……!?むしゃぶり尽くして……!

今になって感じたことも無い大きな恐怖に飲み込まれて、私はその場にへたり込んでしまうしかなかった。
別の入口を掘っていたあのサンドパンも、主人を求めてニビシティまで自力で来たカメックスも、やはり所長のポケモンだったのだ。そして友人の言う通り、所長はプテラに喰われてしまったと。

最悪の可能性だって予想して来たのに、いざ目の前でそれを目の当たりにすると何もできない。ただ怖くて、怖くて。



ダメだ。こんな処、一刻も早く出なければ!!



「問題はここからだ。君はどうしたい?」

「え……!?」

座り込みながらもそこで後ずさる私の顔に、ワタルさんはランタンの光を宛てる。当然、眩しくて手で目を庇うと、ほんの少しだけ下げてくれるもそれ以上は微動だにしなかった。

ワタルさんは、彼は、私が初めて会ったあの時と同じ、あの刺々しくどす黒い冷徹なオーラを纏っている。これこそがきっと、彼の二面性の一つなんだろう。刺してくるような視線が痛くて、泣きたくなる。


「所長さんの死を、このプテラ達の逆鱗を、自然の脅威と見なすか。それとも人間の世界で言うポケモン達の非道な殺人として見なすか。君はどっちだと思う?」

「……」

「俺はね、自然の脅威と見なしてる。ポケモンを人間の私利私欲の為に傷つけるから所長さんは殺されて当然なのさ」


ーーーそうして今、やっとわかった。

初めて会ったあの時、私に対して向けられた敵意は普通の人間のそれじゃなかったんだ。

この人はポケモンを傷つける人間は死んで構わないとさえ思っている。ロケット団で研究物を作っていた私の事も、憎むだけでなく、あわよくば殺そうとしていたのかもしれない。しかしそこまで至らなかったのは、たまたま知り合いである父から救出を頼まれ、彼で言う“一目惚れ”をしたからってだけで。

だから、ロケット団からおとなしく足を洗えと言われて差し伸べられたあの手も、違和感が拭えずずっと汚く映っていた。正義とはまた違う、何か危うさを感じた私の勘は決して間違っていなかったんだ。

彼は、何というか……動物的というか。獣?
ううん。ここにいるプテラ達と何ら本質は変わらない。
大切な宝(コハク)を隠しながら、人間を“格”で見做し、傷つけてくる愚か者は徹底的に食い潰す。気位が高く、その鋭い牙で罪を重ねている事すら何とも思わない。

私はここに来るまで、彼が過ちを犯したなら償って欲しいと思った。しかしもはやそんな話で片付くレベルではない。というか、そんな話をしてたとえ言葉は通じたとしても、彼には話は通用しないだろう。最悪、ここで殺されるかもしれない。

私がここに来てできることなんて、最初から何にもなかったんだ。

「……一人のしがない研究者として、言わせて貰っても?」

「勿論」

問題は、この洞窟から出る方法だ。
ここで私が死んでは、何も立証できない。生きて、無事帰る事だけを考えねば。

「どちらも同じく、成立します。私は所長は殺されて当然とは思っていませんし、かと言って、ポケモンに殺された大変哀れな人間とも思っていません。ただ」

「……」

「“ひみつのコハク”を強奪しようとした所長は、自業自得と言わざるを得ません。つまり、人災とも言うべきかと。私達研究者としても、人としても、恥ずべき所業でしたから」

所長が欲さえ掻かなければまず死ぬ事はなかったのは事実だ。決して、ワタルさんみたいにプテラに殺されて当然とは思ってはいないけれど。

「私も、このプテラ達や貴方を混乱に招いたのなら何度でも謝罪します。ただ、同じ職場で働いた所長のその後が知りたかったんです。ただ、それだけなんです」

深々と頭を下げる。
自分でも、正直頭の中が混乱していて理路整然と考えを言えたか自信はない。ただ生きて帰りたい。今はそれだけが私を動かすのみ。


暫しの沈黙が続くと、彼は私を見下しながら鼻で嗤っていた。


「……はは、なるほど。俺に言わせれば、随分甘ちゃんに育てられたからこその答えだよ。生きるか死ぬか、自然の脅威を目の前にして呑気なものなんだな」

「……」

「でもまぁ、それが君か」

「ええ。世間知らずで生きてきたのは否定しません。この件については、もう、何も言いません。どうか、他言無用にさせてください」


馬鹿にされようと、どうこう非難されようとも、彼の求める答えはこれでしかない。この一件のすべて、口を封じること。それか私を殺す……のならば、もうとっくにやってるはずだ。
すると、近くで照らされたランタンが引いて彼が持ち替える。低く相手を抑えるような声で言われた。

「当然だ。それを聞かなかったら、ここから君を帰す気なんて更々なかったよ。俺も手荒なマネを使う処だった」

「……」

この人はいったい、どこまで。
だが我慢だ。今はまだこの人の言う事を大人しく聞かねば、私は命すらも危ない。ここを、とにかく無事に出たい。心なしかプテラ達の鳴き声がまた大きくなって、寒気が走る。

お互い声を荒げた訳じゃなかったが、私が彼と敵対していた雰囲気は伝わっていたんだろう。プテラ達は基本的にワタルさんの味方だ。これこそ四面楚歌ってやつなのか。

どうやらプテラの異変は彼もとっくに感じていたようで、ランタンで上へ続く階段を照らす。


「しかし困ったな。階段を上ろうにも、今のでプテラ達が君に対してえらく不信感を持ってる」


真っ暗闇の中、上を見上げて深刻そうに彼はいう。
鳴き声の数やトーンの低さからして流石の彼もこの状況はまずいと判断したらしい。
たったそれだけの言葉でビビってしまって縮こまり、青ざめる。え、私ワタルさんにここに置いて行かれたらもう……。

「ど、どうすれば……?」

「……」

「……あ、あの」

聞いても一言も答えてくれないと心細く思ったら、左手を取られて立ってくれと言わんばかり引っ張るのでおとなしく立つ。
所長の亡骸があった場所から少し離れ、比較的大きな岩場まで連れてこられると、彼はランタンを下に置き、自分のマントを外して私に着せてきたわけだ。

マントって意外と重い…。じゃなくて。

いや、何事ですか!と聞こうとしたらそのまま後ろの岩場に押し倒されてしまった。

「なにを!?」

咄嗟に彼の胸を押して抵抗したら、ランタンの僅かな光でしか照らされてはなかったが、何処か苦虫を噛み潰したような表情をしていて。
先程の冷徹な雰囲気とは打ってかわり、申し訳なさも含めた声色もあってか辛うじて聞く耳は持てた。

「しっ。別にここで最後までしないよ。ただ、プテラ達に君を俺の“番”だと思わせたいんだ。だから……すまないが少しの間“フリ”をしてくれないか」

言葉の端々から分かる通り、一応はいつもの彼に戻ってくれたらしい。
しかし内容はなかなか物騒である。“番”とは、“フリ”とは……。まさか最後まではしないと念を押されるも、じゃあどこまでするつもりなんだとも聞けず。

「“番”って……んっ」

だ、ダメだ。
先程まで怖いってこの人の事を思っていたはずなのに、こうやって抱き締められたりキスされてしまうと一瞬で絆されてしまう。
深いキスをしたのは何度目だろう。舌と唾液が絡み合うだけで、蕩けた気持ちになる。私はどうしようもなく、この人が好きで仕方がない。

大好きで、愛しくて。また好きになる。

本当は考えなきゃいけない事が山程あるはずなのに、馬鹿みたいに何にも考えたくなくなってしまう。どっちにしろ、今の状況は彼に従うしかないと言い訳するしかないのをいいことに。

「ン、んんっ……は、ワタルさんっ…なんかっ」

「?……」

「あ、当たって……」

ただ、いつもと違うのは。
彼が柄にもなく凄く興奮している事だ。今までも抱き締めた時、たまにお腹に当たってるなぁって思った事はあったが察して指摘はして来なかったけども。
今日は何か、凄く……。硬いというか。主張してるというか。
暗いながらも、私を見つめる瞳は物欲しさを隠さず、はっきり言って欲情していた。

「当然だろ?普段どれだけ我慢してると思ってる?」

いや、そりゃそうなんでしょうけれど…!
包み隠さず当たり前だとまで言われると、何にも言えなくなる。

「えっと……はっ…んんっ」

「こんな場所でなければ、俺だってもっとゆっくり君を味わいたいよ」

正直、暗闇でほとんど見えないし。
と付け加えながらも、服の上からしっかりと胸も揉まれる。彼の指が喰い込むくらいの強さはあって、ワタルさんも少し息遣いが荒くなっていた。

今更ながら恥ずかしい。
真夜中にこんな処誰が来る訳でもないし、真っ暗闇で、プテラ達にギラギラと見られる以外は誰もいないはずなのに。
それでも言いようのない羞恥心が駆け巡ってしまい、耳を澄ますとあと数匹のプテラの鳴き声だけを聞き取って、私はなけなしの抵抗を図る。

「あの、プテラ達!……もう分かってくれたんじゃ」

要は私とワタルさんが“番”に見られればいい話で、キスをしたり胸を揉まれたり、ワタルさんに押し倒されたこの状況をプテラ達が早く判断してくれないかと請うのだが、無情にもドラゴン使いからは私の意見は却下される。

「まだだよ。君を敵と見做さない合図は一切鳴き声が消えるんだ。前もそうだったろう?」

確かにそうだった。前回来た時、歓迎してくれたプテラ達のあまりの静けさにびっくりしたのは忘れない。どの個体一匹とて、鳴き声を発さなかったのだから。
しかし私の懇願を察してくれてか、別の案を考えてくれたようで、胸を揉んでいた手がピタと止まる。

「少しだけ、痕をつけてもいいかい?痛いけど、プテラ達は血の臭いに敏感なんだ」 

プテラの生態研究でそれは知っている。大昔から人間の血液臭に敏感で、それを探って人間からは遠い処へ巣を作るという。なるほど、その習性を利用すれば。
彼が早速首に噛みつこうとしてきたから、流石にそれはやめてほしくて制止した。

「く、首は目立つからその……」

「…あぁ。少し、ボタン外すよ」
 
胸元のボタンを上から2つ外されて、キャミソールを少し下に下げられる。ブラと谷間までしっかり見られて恥ずかしくて死にそうだったが、構わずこの暗闇の中、感触だけを頼りに彼の鼻先と唇が首筋から胸元へ弄ってくる。擽ったさとお互いの熱に飲まれながら、されるがままを受け入れた。

「あっ」

ぺろりと痕をつける場所を定めて舐めたのか。
ワタルさんは遠慮なく、胸元に歯を立てた。それも結構、痛くて思わず顔がゆがむ。

「いっ!」

「っ…ごめん。あと2、3個付けさせてくれ」

この体勢による変な気持ちもそうだけど、地味に痕をつけられる痛みの方が勝った。3個目の痕を付けられてしまう頃には、胸元のひりひりに苦い声を漏らしてしまう。痕がどうなっているか気になるが、結構な酷い傷になっているだろう。

「う、うぅ。……」

「痛かったよな?すまない」

頬に優しくキスをされて、頭を撫でられる。



ーーー本当に、この人は先程のワタルさんなのだろうか。


初めて会った時と、全く同じ。
心が凍る程冷徹かと思いきや、驚く程穏やかで優しくしてくれる時もある。誰にだって両方の一面は持っているだろうが、彼は特に落差が激しい。何でこんな難儀な性格になってしまったのか……。

「い、いえ。大丈夫、です。あ……」

いつの間にか、プテラ達の鳴き声がおさまった。

凄い、全く聞こえなくなった。
それでも聞こえるとしたら、バサバサと鳴る羽音や岩から岩へ飛び乗る足音ぐらいで。

正気がやっと戻ってきて、急いで胸元を隠し始めると彼も私の上から退いてくれた。
とてつもなく気まずい雰囲気が漂うが、この機を逃してはいつまで経ってもこの洞窟からは出られない。足元に置いておいたランタンを手に取った彼も、罰が悪かったのか私に背を向けたまま。
何か、何か話さないと。

「な、何で“番”に見られるとプテラ達は襲って来ないんですか」

「……俺がプテラ達より“格上”だと思われてるからだよ。“番”を攻撃すると俺から報復を受けると思ってるんだ」

つまり、プテラ達はワタルさんと私を“番”と見てくれたと。
前回も手を繋ぐ事でそう見られていたかもしれないが、今回は不穏な雰囲気を感じさせてしまってか、プテラ達の私を見定める目は厳しかったのだろう。

「そんな生態が……。つまり、貴方がプテラ達の親玉みたいな扱いなんですか」

「そう。あと、長老様がね。さ、行こうか」

ワタルさんから被せられていたマントを返し、マントを着直すワタルさんを待つ。階段の方へ行こうかと彼から出された手を取って歩き出した。

その時だった。

「わっ!?」

「!……どうした、プテラ」

突如、左横から何かが通り過ぎる気配がして、ワタルさんが咄嗟に私を一匹のプテラから庇うように遮ってくれる。

やはり私はプテラ達から許されないのかもしれないと震えていると、ワタルさんに制されながらもぐいっと私の目の前までプテラは顔を剥き出してきて止まる。別に私を食べようとしている訳ではないらしい。一体何事かと思いきや、牙と牙の間に挟まる一つのコハクを見つけた。

「これは、“ひみつのコハク”?」

「!……」

どうしてーーーーー。

このコハクを巡って貴方達は人間に対してきっと嫌な思いをしただろうに。

「プテラ、“ひみつのコハク”はこの間一つ頂いたから大丈夫よ。これは貴方達の大事なモノなんでしょう?貴方達が持ってなきゃ……」

「ギャイーーーーン!!」

言葉を遮られてその一匹の大きい鳴き声に驚かされる。いいから受け取れ、と言わんばかりまだ私の目の前から去ろうとしてくれない。

「せっかくのプテラから君へのプレゼントだ。貰ってやってくれ」

「え?……で、でも……」

あんな酷い事があった手前、正直躊躇する。研究員としてはサンプルが増えて大変嬉しいけれども……。これはもしかすると、所長が欲しがっていただろう“ひみつのコハク”かもしれない。それを私が手にする事をプテラ達は許してくれると。

何だか、この“コハク”にはプテラ達にとって意味ありげな物に思えて、ワタルさんに聞こうと思ったけども。

「プテラ自ら“コハク”を授けようとしてるんだ。敵意があったらまずそんな事はしない、大丈夫さ」

穏やかにそう言われてしまえば、私も受け取らない選択肢はないわけで。

「は、はぁ。……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、プテラ」

牙の間にあるその“コハク”を受け取ると、その個体は闇の中へ去って行ってしまった。



大空の王者�L
(地獄からのお土産)

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