�B謝罪
うだうだ考える、もやもやと悩み続ける。
けれども日常は待ってはくれない。
目の前で大笑いしてる友人は心底楽しそうだった。
「そんなに笑うことなくない?」
「いや、もうごめんごめん。多分こんなに笑うこと一生ないかも」
久し振りの出勤で職場の皆々から「大丈夫だった?」だの「怪我は?」だの心配されて、あぁ私がいたあの環境下は非日常な日々だったのかと痛感する。そもそもここには私の研究の様子を24時間監視する人間もいないし、随分平和な日常だ、いやこれが普通の生活なのだ。あれが異常なだけ。
昼休み、職場の同僚で一番親しい友人に正直にこの間の事実をぶっちゃけると、珈琲をむせて凄く驚いた顔してた。更には私が悪党のボスに浮ついてた話を始めてからずっと、笑いが止まらない程面白いらしい。
「休職してたから体調でも悪いのかなって心配してたらロケット団?何よ、それ。あんたどんな人生送ってたらそうなるの」
「それはもうお父さんが攫われてなきゃ全く関係なかったわよ」
「でもイケオジにソッコー振られた挙句に……ぷぷ!」
ドラマすぎて最初は作り話かと思っちゃったと散々な言われ様。笑ってくれて案外、良かったかもしれない。言語化すると事の重大さや自分の浅はかさが浮き彫りになってきて段々恥ずかしくなってきた。
「ま、何はともあれ。あんたのお父さん助かったんだし、そのままイケオジボスに喰われる事もなく終わったっていう、いい話じゃない」
「……ほんとそれ」
今となってはやっと冷静に誰かに話した事で、私の中での黒歴史として昇華していく気がする。私はどうしてサカキ様だなんて浮ついてたんだろう。多分あの男は人を惹きつける天才的なカリスマなんだと思う。団員の下っ端ですら盲信してた姿を思い出すと、不可抗力だったんだと言い訳したい。
ただ、それはそれとして。唇に残る妙な感触は未だ釈然としないままだけれども。
「まぁまぁ、キスの一つや二つ、減らないわよ」
「減るから。いいわよね、最近入籍した新婚さんは」
にんまりとからかってくる友人に嫌味の一つぐらい言わせて欲しい。おめでたい事に、彼女は予てから付き合っていた恋人と結婚し、今や幸せの絶頂期であった。
「えへへ、ごめんね!私、今が一番楽しいからさ」
この友人は2週間後にタマムシシティのホテルで挙式する予定で、勿論私も出席する。そう言えばロケット団に拉致されたお陰で、フォーマルドレスや美容室の予約をしてなかったんだ。早く予約しないとなぁ、なんて思っていたら休憩室に所長が入って来て声をかけられた。
「復帰早々申し訳ないけど、リトさん、午後から館内の案内係お願いね」
「あ、はい。わかりました」
友人は通常業務の研究室に残ったままだったので、そこで別れることとなった。週に2〜3日のペースで回ってくる博物館案内も私達研究員の仕事ではある。
□□□□□
「数十年前、プテラの化石の一部が見つかったのは大発見なんです。現在、オツキミ山でも残りの化石を発掘の最中でして……」
16時30分、閉館時間まであと30分。
今日は世間一般は休日だからか親子連れが多く、この時間になってもちらほらとお客さんはいる。館内の案内係は勿論展示物の説明の補足もあるけど、お手洗いや休憩所の案内も含めると結構忙しかったりする。
ちょうど、一人のお婆さんにお手洗いの場所を聞かれて答えたところで、黒いキャップに黒いサングラスをかけた男性がプテラの模型近くにいるのが目に入る。一見怪しくは見えるが、まぁ博物館でわざわざ窃盗しようとする人間なんか普通いないので、スルーしようと思ったのだが。
「……(え)」
此方の視線に気づいたのか、振り向いたその顔に何となく見覚えがあった。帽子から少し出てる赤髪、整った鼻筋と見覚えあるあの口の形。
ーーーまって、何であの人いるの。
「(ねぇお母さん。あの人チャンピオンだよ、テレビで観た事あるもん)」
「(こら。人に指をさしてはいけません)」
子どもにさえバレてる変装ってもはや変装ではないのでは?
突っ込みたくなる気持ちを堪えて取り敢えず冷静さを保とうとする。別に博物館はどんな一般客でも受け入れてる施設なんだから何も問題はないはずなのに、相手が相手だけに妙な緊張感が張り詰める。
あの人、博物館を見学するなんて柄なのか。というか、何でこんな処に。
ぐるぐる思考を巡らせても納得のいく答えが見つからない。
「すみません。この化石ってプテラとはまた違うんですか?」
「あ、はい。それはですね……」
そのうち通りかけの女性に声をかけられ、対応がそちらに向く。一通りの説明を終えてその女性が立ち去ると、またあの人と視線が合った。
「……」
「(………)」
“園庭へ”と書かれた矢印看板に指を刺され、まるで“そこで待ってる”と口が動いてた気がする。これはあれか、行かなきゃちょっと面倒臭い話かもしれない。
昼休み話した友人は全ての事情は知ってるけれど、所長や他の職員は私とこの人の関係は全く知らないのだ。根掘り葉掘り聞かれる前に応対せねば。
□□□□□
「博物館を混乱させに来たんですか、貴方は」
「まさか。君に会うにはここに来るしかないだろう?仕事の邪魔にはなりたくなかったし、今日は謝りにきたんだ」
閉館時間間際に来館してきたり、一応一般人っぽい装いなのはこの人なりの気遣いなんだろう。しかし流石有名人、速攻他の親子にバレてたし周りから直接声はかけられなくともチラチラ見られていた。
既に園庭も閉園の時間だったが、所長に私が閉館の戸締まりをすると頼んで暫く開けて貰って、何とかこの人を園庭の中へ誘導した。
やっと人っ子一人いない静けさの中で、開口一番に嫌味を言えば、申し訳なさそうに答えて、更にこの男は、帽子を脱いで頭を低く下げてきたのだった。
「この間は本当に酷い事をしてすまなかった。怖がらせたと思うし、申し訳なく思ってる。ごめん」
「……。(普通に謝れるんだ、この人)」
そう素直にごめんなさいと謝られると途端に何も言い返せなくなる。
あの時、この人の事を下衆だの何だの罵ったけれど、目の前にいるこの人は本当にあの時と同一人物なのか?と問いたくなる程別人のようなのだ。
何か刺々しい感じも形を潜めてるし、あのどす黒い冷徹なオーラが全くなくなっている。あれは確かに捕食物を目の前にした面だったとは思うんだけど。暗闇も相まって、私が怖がりすぎたせいなのか……?
それに、どうしてあんな事をしたのか、と聞いてみたくはあったけど。何だかそこは野暮な気がして、敢えては聞かなかった。
「貴方だって、父には私がロケット団から足を洗おうとしなかった事やその理由を伝えてないんでしょう?」
「?うん、勿論だ」
「だったらお互い様です。父は余計な心配しなくていいし、貴方の名誉も損ねていない。別に気負う必要はありません。もうお互い、忘れる事にしましょう」
「…あぁ。ありがとう」
何だか拍子抜けたなぁ。
唇から消えないあの感触が嫌で、毎晩ごしごしとお風呂で拭うぐらいだったんだけど、心理的なものなのか。今は少しだけ、必要以上に気にしなくてもいい気がしてきた。嫌悪感が一番に来たのは、あんな状況下だったからだろう。
やっと頭を上げたこの人を連れて、私は園庭の門を締めて、暗くなりつつある館内の入口へ誘導した。長い長い廊下を一緒に歩く時、妙な緊張感がまだ拭えない。別にもう、蟠りは消えたはずなのに。
すると、ぴたりととある模型の前でこの人の足が止まったので振り返ると。
「そういえば、俺の手持ちポケモンにプテラがいるんだ。オツキミ山でも発掘中らしいね」
「え、持ってたんですか。プテラ」
てっきりこの人の手持ちはカイリューハクリューのオンパレードかと。たまにギャラドスを見たことあるような気はする。テレビ中継も飛び飛びでしか見なかったからそこまで憶えてなかったのだが、確かにプテラはタマゴグループがドラゴンなので納得はいった。
「あぁ。故郷で人から貰ったタマゴから育てたんだけどね。この展示台は興味深かったよ、トレーナー目線じゃ知らない知識だらけさ」
「タマゴ!?え……それは一体どういうルートから……」
プテラのタマゴの存在も勿論知ってはいたが、あまりにも希少すぎて既に手に入らないと聞いた事がある。そもそもプテラは既に現代では生息していないポケモンだし、タマゴともなると希少価値は尚更だ。
思わず声が上擦った私に少し笑ったこの人は、若干目を細めて聞いてきた。
「興味あるかい?」
「あ、いえ。その……」
つい燥いでしまった自分が恥ずかしい、が。
研究者としては今後の化石の研究には是非とも協力して欲しい話であるし、ドラゴン使いのこの人ならではの貴重な情報も持っているかも。いかん。研究意欲に負けて喰い付いてしまうとは。
だけど、こんな経験は二度はない。素直に引くにも引けず、もはや好奇心の方が勝っていた。
「け、研究者としてはそりゃあもう」
「ハハ。じゃあ、これは俺のお詫びだよ。プテラに関して知りたかったら、俺の故郷フスベシティに来るといい。本当は研究者でも立入禁止にしてる区域があるんだけど、長老様には俺が事情を話すから」
「あ、貴方……」
フスベシティの立入禁止区域、勿論ご存知ですよ。所長も何度か見学のために頼みに行ったけれど、里の長老様に伝統だの歴史がどうの言われて立入を断られたって言ってた、多分その区域の事だ。そんな神聖な場所に許可が下りるだなんて……!
「案外良い人だったんですね!」
「……下衆からは少しは上がったかな?」
「いやぁ、本当に毛が生えたぐらいですが」
「ハハ、痛いとこつくなぁ……」
“下衆”と呼ばれた事が相当ダメージだったんだろう。本人は気にしているらしかったが、私にとってはそれとこれは別。ともかくこのチャンスを掴み取れた事実の方が嬉しくて、早速職員室で残業してるであろう所長に伝えてあげたかった。
「あ、ウチの所長に一応話を通しても大丈夫ですか?」
「あぁ。ただ、タマゴは持って帰る事はできないし、今回一度限りの見学って事にしておいてくれ」
「わかりました」
今日はわざわざ、ありがとうございます!
なんて興奮してしまってお礼を言うと、この人は少し驚いたように目が大きく開いたが、また軽く笑った気がする。夕陽の反射でまたはっきりとは見えなかったが、きっとそうに違いない。
「あぁ、それは良かった」
謝罪�B
(釣る下衆と釣られる下衆)
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