�C一目惚れ
「あんた、それいいように釣られてるんじゃ……」
「え?でも所長からはよくやった!って褒めてくれたけど」
フスベの立入禁止区域の話を所長にしたらそれはもう嬉し涙付きで大層喜んで頂き、是非とも調査に行って欲しいと頼まれる事になった。本来なら複数人で行きたい処だが、博物館は所長を入れて計5名しか勤務しておらず、研究にも案内係にも人員を割かない訳にはいかないので私一人で行く事になった。
友人はそれを聞いてからずっと釈然としないようで、何か裏があるのではと疑心暗鬼な様子だったのだ。
「研究に関してはそうだけど。あんたコイキング並みに簡単に釣られてんじゃん!何でもっと疑わないの!?」
「いや、ちゃんとあの件に関してはきっちり謝ってくれたし……。それに今度はれっきとした仕事なんだよ?それ以上でもそれ以下でもないんじゃない?」
「仕事ねぇ……それだけで済めばいいけど」
どうもあの人に言いくるめられたと捉える友人の言い分も分からない訳ではない。が、だったらあんなきっちりした謝罪もしないだろうし、多分私がチャンピオンの不評を周囲に言い触らさないように念を押して恩を着せようとしているのかもしれない。
どちらにせよ、貴重なプテラの資料やデータがこれ以上入るならばニビシティ科学博物館研究員としては行かないという選択肢はない。今後のプテラの化石の出土が順調とも限らないし、研究の成果もある一定は出ないと職を失う事もある厳しい世界だ。掴めるチャンスは掴んでおかないと。
調査バックにはカメラや軍手、懐中電灯を入れ、あとはヘルメットを被って如何にも調査員の服装を心がける。
「よし」
「とにかく気をつけなさいよ。ドラゴンポケモンの巣窟なんだから怪我がないとも限らないし」
「大丈夫だって!調査出張の間、代わりに案内係よろしくね」
でもまぁ、心配してくれる友人がいるってのは幸せな事だ。
私はリザードンを呼び出し、所長にも一言言ってフスベシティへ飛び立った。
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フスベシティのその立入禁止区域とは、竜の穴とはまた別物で、山の奥の方にあるかなり広い洞窟の事を言うらしい。今回赴くのはその一部だと。
そこは長老様とチャンピオンのみだけが出入りを許されているらしく、ドラゴン使いとして訓練する門下生もあのジムリーダーのイブキさんでさえその洞窟に入った事はないらしい。とんでもなく神聖な場所を今回調査できるとは、私はきっとツイているに違いない。気が引き締まる。
立入禁止区内とでかでかと書かれた大きな扉の前で、お馴染みのカイリューとお馴染みのスーツとマントを羽織ったチャンピオンが待ってくれていた。私も軍手やヘルメットを身に着けていると、早速注意点を受ける。
「え?手持ちですか?」
「あぁ。君が今一番懐いてるポケモンを常に出してて欲しいんだ。プテラはそれで、人間の“格”を見るんだよ」
「なるほど。じゃあ」
ウインディにするか迷ったが、タマゴグループではドラゴンにも属するこのポケモンに頼んでみよう。
「リザードン、頼むわね」
「うん、いいチョイスだ」
それでは行こうか。と厳重に仕切られた扉の鍵を開けるチャンピオン。ギィっと開けられた扉の向こうから、少しひんやりとした空気が待ち受けていた。
先にカイリューとチャンピオンが薄暗く長い階段を下りていき、私とリザードンもそれに続く。どこにであるような洞窟のような気もするが、刺々しい岩の造りだったり天井にある藤壺のような黒い穴が一面に見える。何となく鍾乳洞に近い形なのかな、とキョロキョロしながら思ったり。
少し滑りそうだな、慎重に行かないと。
足元に注目していると、急に後ろを振り向いたチャンピオンに少し驚く。
「先に言っとくけど、万が一プテラが襲いかかってきても君もリザードンも基本はノータッチで、俺とカイリューに任せて欲しいんだ。混乱はさせたくなくてね」
「はい、わかりました」
チャンピオン自体はこの洞窟に訪れるのは月に一度あるかないからしく、普段は長老様が管理されているらしい。ここは大人しく慣れてらっしゃる方に従うが無難。しかしまぁ、やっぱり滑り易そうだなぁ、ここ。
「う、わぁっ」
「!……大丈夫かい?」
「ごめんなさい。大丈夫です」
ありがとう、リザードン。
案の定滑って転びそうになった私を後ろからぎゅっと抱え込んでくれた。お礼を言うと、しっかりしろよと言わんばかり唸られてしまった。スパダリすぎるぞ、私のリザードン。
やっと長い階段が終わろうとした処で、かなり洞窟の下の方まで来た気がする。もはや冷蔵庫とまでは言わないが地表よりは幾分か低い気温ではなかろうか、寒い。
広めの平地となった場所まで来ると、所々にある隆起した岩の陰から少しだけガサッと羽根と羽根がぶつかるような音がする。いよいよプテラにご対面か?と期待大にしてカメラの用意をすると。チャンピオンが5m先にある大きめの岩陰を指差していた。
「あ、プテラの親子……」
その方向に視線を向けると、大と小なりの二匹の親子と思われるプテラが岩の上にいた。此方に気づいているのか否か。実際のプテラでさえ珍しいものなんだから、これだけでも感動は大きい。
「待ってくれ」
早速遠目からでもその御姿を写真に納めようとしたら、彼から待ったがかかる。
「あの親子は既に俺達に気づいてはいるよ。だけどもう少し近くで見たいだろ?」
「え、ええ。でも、可能でしょうか?」
そりゃこんな遠目からより激近くから写真に納められるのならそうしたい。
だがプテラは生来の性格は獰猛で、復元された際に大暴れして死傷者を出した事故も報告されているほどに気性が荒い。いくらカイリューやドラゴン使いの末裔がいるとて、無事で済むのだろうか。
疑問を呈してチャンピオンに視線を向けると、目の前に無骨な手を出されてしまった。
「手を繋ぐよ。君が俺の敵ではないと理解させる必要があるからね」
「え。あ、はい……」
一瞬驚きはしたものの、言われるがままにその手を取ってしまった。この人の敵はプテラにとっても敵と見做される可能性があるというなら、その手を取らない理由もない。安全第一、研究第二。
手を引かれて臆せずどんどん進むこの人についていく。すると、何の躊躇もなく親プテラの頭を撫で始めたのだった。親プテラもこの人に目を向け、嬉しそうに羽根をバタつかせていた。
「久し振りだな、プテラ。元気だったかい?」
「ギャイイン!」
ーーー凄い。
あのプテラが人間に易易と頭を触らせるなんて。
やはりドラゴン使いとして里で認められた優秀な人だったんだと感心しながらも、その撫でられるプテラの様子を逃す事なく写真に納める。手を繋がれてるから片手での撮影はきついけど、我慢だ我慢。小さいプテラも希少すぎる。化石ではなかなか出土しないもんなぁ、子どもは。可愛い。
「なぁ、後ろを見てごらん」
「……え!?」
後ろと言われて今まで来た階段があった方向を素直に見ると、信じられない光景が目に入った。
高い天井まで連なる隆起した岩の一つ一つに、此方の様子を静かに窺うプテラ達が何匹も佇んでいたのだった。今チャンピオンに撫でられているプテラの鳴き声以外、どの個体一匹とて鳴き声すら響かせてもいやせずに、だ。
「!?…まさか。絶滅したはずのプテラの群れが……こんなにも」
岩陰に潜んで隠れていたのだろう。見るだけで10、12……いや、20匹以上はいる!
その個体達全て、私達が入口から降りてくるのをじっと静かに見てたというのか。そう思うと寒さも相まって怖くなって背筋がぞわりときてしまった。怪しい事してたら、いつの間にかぱっくり食べられてましたなんて事もあったのかもしれない。
それでも、カイリューやリザードンがいてくれるおかげなのか?プテラ達にとって私という新参者は目にどう映ってるんだろう。随分おとなしく此方を見ているだけで済んでいる事に少し疑問はあるものの。
とにかく、折角ドラゴン使いがいる安全地帯にいるんだからと撮影をする手は停めない。遠慮なくプテラ達のその勇姿や洞窟の様子を撮り留めていく。
「ここにいるプテラたちは多くても30匹程度。残念ながら、年々数は減っていてね。化石で復元するぐらいでしか数は増やせそうにないんだ」
「凄い……。じゃあ貴方の手持ちにいるプテラはここで?」
「あぁ、そのとおり。手に入れた経由は絶対教えるなって幼い頃から言われて育ったよ」
なるほど。
こんな貴重な場所を誰かに教えてしまっていたら、必ず窃盗や乱獲の被害に遭う事は目に見えてる。博物館の所長から調査願いが出ても、長老様が簡単に首を縦に振らなかった理由が分かった。
それに、これだけ多くのプテラに一斉に襲いかかられたら命の保証はまずない。限られた実力者のみがこの真実に辿り着けるという事か。
「それと、これを見てくれ」
「あ。綺麗……」
親子プテラの近くにあった、掌より少し大きめのサイズの石を渡される。色は薄暗くてよく見えないが、赤か橙色にも見えるようだ。
「“ひみつのコハク”と言ってね。何故か、プテラたちが好んで守っているんだ」
「これは………」
「これは一つ持っていっていいよ。此方としてもその石の正体を知りたいんだ。何か分かったら是非教えてくれ」
「ええ。では、お言葉に甘えて。一応、証拠の写真撮っておきますね」
パシャリとまた一枚撮って、“ひみつのコハク”をまじまじと見つめる。どうしてこの石を好んで守っているんだろう。またプテラについて知りたい事が増えていくばかり。
そもそも絶滅したはずのプテラが、少数にしろまだ生息していた場所があったとは。
「まさかこんな場所があったなんて。私は無知すぎました」
「大発見だろう?」
所長に報告したらきっと喜ぶだろう。だが、そこまで考えてみて改めてこの場所を世間が知ってしまったら、の後までを心配してしまう。
「ええ。でも、報告は所長までとして、博物館での情報公開は控えさせていただくよう伝えるつもりです」
「……いいのかい?」
「はい。ポケモンの中でも希少価値の高すぎるものは乱獲や転売防止の為、博物館でも敢えて展示してないものも多いんです。世の中、悪どい事を考える人間は多いですから」
プテラに限らず、博物館で展示する化石ポケモンの数々は野生のポケモンと違って希少価値が高い。弱かろうが強かろうが、売れば高くつくものばかり。そこに付け入る悪い人間はいくらでもいる訳で。我々研究員はそこまでを考慮して研究に勤しまなければならないのだ。
そう答えると、少しホッとしたようにこの人は柔らかく目尻が下がった気がする。
「流石だね……それは助かるよ。実は、長老様を口説くのも結構苦労したんだ。そう言えば君もロケット団にいたし、悪どい事は想像の範疇なのかな」
「過去の話ですよ。いじわるですね貴方は」
きっと私が是非博物館で公開させて下さい!なんて言っていたら全力で止めていたんだろう。研究員としてはそこは恥をかかずに済んで良かったものの。
しかしまぁ、ロケット団にいた黒歴史をいつまでも突かないで頂きたいものである。というか、そろそろ手を離してはくれないだろうか、この人。
「まぁ、でも。本当にありがとうございます。貴方が言って下さらなかったら、私は少数とはいえプテラの群れが実はこの世に存在していた事すら知らなかった。研究員なんて名ばかりで、お恥ずかしい……」
「お詫びとしては十分かな?」
「そりゃあもう。というか、あの謝罪だけで十分ですよ。もう忘れてくださいあれは」
こんな素敵な場所を教えてくれたんだ。研究の進捗としてはかなり進んだ一歩だったし、私がどれだけ井の中の蛙で化石の研究していたかを思い知らされてしまった。
もっと世界を知らねば。帰ってからまたレポート作成が大変だなぁなんて思って撮った写真を眺めていると、ぎゅっと握られた手にほんの少しだけ負荷がかかる。
何事か?と思ってチャンピオンの方を見れば、瞳を閉じて子どもプテラを撫で続けたまま。
「俺は忘れないでいたいけどね」
「……え」
「忘れられなかったよ、俺は」
大事な事は二度言う人らしい。忘れられない、って言うのはまさか。
頭の中でそこまで思考が回るとつい、カァァっと背筋から頭の天辺まで火花が駆け巡るように熱を帯びる。折角この間の謝罪の後はその件について思い出さないでいられたのに、この人がまた根掘り葉掘りつついてくるから妙な緊張感がまた走る。
「えっと……あの」
「……」
何て言えば?
至極反応に困ってしまった私は、必死に次の言葉を探す。
「以前からお聞きしたかったんですが、どうしてあの時あんな事したんですか?酔っ払ってた訳でもあるまいし、貴方らしくもなかったような」
貴方らしい、と決めつける程付き合いは長くはないが。これは純粋に疑問に思っていたから、素直に問いかけてみたかった。
この人が父から依頼されたのは私の救出だけであって、別にキスまでして無理矢理悪の組織から改心させるとか、研究物の内容を今すぐ割り出さねばならなかった状況でもなかった。
何なら、足を洗わないと駄々こねる私をそのまま警察に引き渡したって父から文句を言われる事もなかっただろう。それなのに、何故。
そして私の問いは彼にとっては意外だったのだろう。此方を振り向き、少し怪訝そうな顔をしたのち。
「……。あー……それは」
すぐに答えが出ず、口元を押さえながら顔を紅くしてしまっていた。あぁ、変なこと聞かなきゃ良かったかなと後悔先に立たず。
しかし意を決したかのように繋いでた手を放され、真正面から言葉にされてしまう。
友人が確か、コイキング並みに簡単に釣られてんじゃないわよ。って言ってくれてたのを今更思い出すなんて。
「君に一目惚れしたからだよ」
一目惚れ�C
(男が下衆になった理由)
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