11-総督


「いい天気ですね」
「寝ちまうのかい。折角久しぶりに会えたってェのに」

確かに久しぶりだけども。日当たりのいい斜面に寝転がって太陽に照らされれば眠くなるのは仕方ない。
ふぁ、と欠伸をしてから横目でお兄さんの顔を眺めた。

「最近はどんな所に行ってたんですか?」
「……そうだな。京に長ェ事いたぜ」

京都の事だよね?……え、違わないよね?どちらにせよ京にも京都にも行った事ない。いいな。

「へぇー……」
「行った事は?」
「ないです」
「連れてってやろうか」

えー……と微妙な心境を反映した声を漏らした。
何の仕事をしているのか相変わらず教えてくれないし、名前すら未だおあずけなのに。
流石にそんな状態でホイホイついて行けない。……行ってはみたいけど。

「気持ちだけもらっておきますね」
「そうかい?……興味あるんだろう」
「……な……な、いです」

顔を背けながらもごもごと否定する。
ま、まあ、ない事もないけど?なんてツンデレだか何だか分からない思わせぶりな発言でもしようものなら、即座にがっしと腕を掴んで京まで連れて行かれそうな気がした。このお兄さん絶対有言実行タイプ。

「素直が一番だと思わねェか。なァ」
「あっ、ちょ、え……」

急に陽が陰ったのかと思ったが、そうではなかった。
隣に座っていた筈のお兄さんがいつの間にか両脇に腕をついて覆い被さってきている。こんな事をされると流石に色んな意味で意識せざるを得ない。

「……ど、どいて下さい」
「なァ、今日も駄目かい」
「……駄目です。私だけが住んでる訳じゃないんですから」

この間もさりげなく家に入れて欲しいと言われたが、万事屋には今や坂田さんだけではなく、新八君や神楽ちゃん、それに定春君もいるかもしれないので断る他ない。
いつの間にか、随分と賑やかになってしまったものだ。みんな優しくて、当たり前のように一緒にいてくれる。嬉しいようなくすぐったいような、不思議な気分。

「じゃあ近くの旅籠にでも部屋を取るか」
「……一旦どいて下さい」

肩を軽く押しながら真剣な顔で言えば、お兄さんは少し不機嫌そうに目を細めた。渋々と言った様子で隣に腰を下ろす。
ふぅ、セーフ。何事もありませんでした。この人は女百人斬りにでも挑戦中なのか?

「お前の親はあんまり外出しねェのか」
「……え」

一緒に住んでいるのは親じゃない。少しだけ顔が引き攣った。
何故だかいつも通り「親戚の家に居候させてもらっているんです」と言えない。……どうしてだろう。

「家族と住んでるんじゃねえのか」

視線を少しばかり彷徨わせた後、観察するような視線に耐えかねて「親戚の家に……」と呟いた。

「親戚?……女かい」
「あ……んー……男ですね」
「……ほォ。そいつといい仲だから、俺は拒否されてる訳かい」
「違いますよ……!」

こういう誤解をされるのが嫌だから、言わない方がいい気がしたのだろうか。
どうしてだか、やけに焦っている自分がいる。

「別にそういう関係じゃないです……。それに、この間出稼ぎで江戸に来た女の子も一緒に住み始めたんですよ」
「ふぅん……そりゃ賑やかなこって」
「ほんと……」

賑やかと言えば本当に、その通りだ。坂田さん達の会話を聞いているだけで楽しくなってくる。
でも人数が増えた分、生活費を前より切り詰めなくてはならなくなったのは事実で。定春君の餌代だってぱねぇのだ。
まあ、タクシーいらずだからそのぐらいかかって当然って感じだけど。可愛い上に長距離の移動のお供にもなります。お電話はこちら!いや、売らねーよ。

働いていないのは私だけなので、最近はそういったお財布事情が少し心苦しい。
万事屋の仕事を手伝おうにも、さりげなく危険な事をさせようとする人もいるらしく、余程安全な場合でないと連れて行ってもらえない。そして殆どお留守番。
家事してお昼寝や散歩コース。これでいいのか私。

「お兄さんの仕事について行っちゃおうかな……」

働いてさえいれば、何も気負わなくて済むだろうか。
……ああ、そうだ。戸籍とかもないんだった。何かこの人その辺誤魔化すの上手そうだとか思ってないよ。

「構わねェぜ。雑用にくれェ使ってやるよ」
「嬉しいです。……いやまあ、冗談なんですけどね」
「チッ」

あれ、今舌打ちした?……こ、怖い。
この人はきっと怒るとヤバい。静まりたまえ。何故その様に荒ぶるのか。ビビりすぎだろ私。

「あの、使ってやるって……そんな事決められる立場なんですか」
「そうなんじゃねェか。一応総督だしな」
「…………」

新事実。お兄さんは何やら偉い人だった。
ちょっと待て私今まで何か失礼な事しなかった?いかん、心当たりがありすぎて……誰か助けて。

「手前もどうせなら、一番上目指せ。どんな小規模な組織だろうと、上に立つってのはそれだけの価値がある。気苦労も絶えねェがな」
「……参考にさせていただきます」

いや、無理。組織どころか世界からドロップアウトしたヘタレな私には絶対無理です。今のままで十分でございます。気苦労とやらに開始十秒で押し潰される。
もしかして、今迄何の仕事をしているのか教えてくれなかったのは、芸能人が自分の事を知らない人ばかりの土地に行きたくなるのと同じようなものだったのかな。

「大変なんですね……」
「まァ、そうだな」

あまり大変そうに見えないが一応労わっておいた。
もし本当に大変で疲れているのなら肩揉ませて下さい。三百円ぐらいならくれるかもしれない。たかる気か。

「お兄さんこの川原好きですね」
「手前と一緒にすんじゃねえ。俺ァそこまで暇じゃねェ」
「え……えー……?」
「手前が一人で黄昏てやがったから、またくだらねェ事で落ち込んでんのかと思って来てやったんだろうが」
「……そ、そうだったんですか」

ごめん。お兄さんも暇なのかと思ってたよ。だからこそ、総督だなんて聞いて驚いたのに。

「別に黄昏てなんてないですよ。……いい天気だったから、昼寝しようと思って横になってただけです」
「呑気な奴だな、おめぇは」

少しムッとしたが、呑気で構わないじゃないかと思い直した。
だって、何だか幸せな人みたいじゃないか。……頭がだけど。



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