15-男の子


「あっ、ヤベ!また星になったアル!」

ちょっと探しに行ってくるネ!と言って神楽ちゃんは定春君に飛び乗り、猛スピードでその場を去ってしまった。土煙がすごい。
まあ、前ほど飛んでないからすぐ見つかるだろう。なんて楽観的に考えながら二人の後ろ姿を見送った。
最近はまたあのお兄さん見かけなくなったなぁ、なんて思いながら眺めのいい場所に腰を下ろす。欠伸を一つして、穏やかな流れの川を見つめた。あ、鳥が泳いでる。

「おねえちゃん、わんわんは?」
「え」

何だか薄汚れた着物を纏った男の子が一人ぽつんと立って此方を見ていた。
知らない子だ。幽霊なんてオチだったら気絶安定。

「わんわんって、さっきまで此処にいた白くて大きいわんこの事?」
「うん。いなくなっちゃったの?」
「うーん……」

すぐ戻ってくるだろうとは思うけど。
でも前みたいに誰かに先に拾われていたりしたら、そうもいかないかもしれない。

「今、ちょっと探し物に行ってて……よかったら、ここで一緒に待ってる?」
「うん」

男の子はちょこんと私の隣に座り込んだ。
剥き出しの膝は何故か擦り切れていて、血が滲み出している。見ているだけで痛い。

「転んだの?」
「うん。わんわんのとこいこうとしたら、そこでころんだ」

指差した先には急な斜面。
もしかして走った?そりゃ転ぶよ。ちょっと落ち着きのない子だな。昔の私みたいだ。

「大丈夫?痛い?」
「いたい」
「だろうね……」

ふと、自分には治す事が出来るのを思い出した。次いで、坂田さんの言葉も。
……何処で誰が見ているか分からない。子供だからと言って内緒ね、で済まそうとするのは軽率極まりないだろう。
私は男の子の手を引いて立ち上がらせると、川の傍まで連れて行った。

*****

「いたい……」
「我慢我慢。綺麗にしておかないと、もっと痛くなるよ」

幸い、この川の水は綺麗な方だ。着物の袖を濡らして傷口をそっと拭っていく。
よし、血や土はあらかた取れた。後は家に帰ってからちゃんと消毒してもらって下さい。応急手当て代は三千円です。がめついわ。

「怪我した所は、乾いてるより濡れてる方が早く治るからね」
「へー」
「なんてどうでもよさそうな声……」

血や土で汚れた袖口を川に浸して揉み洗いをする。うん、すぐ洗えば結構落ちるものだ。
お婆さんは川で洗濯を……大きな桃がどんぶらこ……お婆さんに衝突してどっかんこ……ブチ切れたお婆さんはその場で桃を……。
脳内で何か違う気がする桃太郎を音読していると、背後で土や石を踏む音がした。
神楽ちゃんたちが戻ってきたのかと思ったが、それはいつぞやの栗色の髪の男の子だった。

「…………」
「おや。誰かが川でザリガニでも取ってんのかと思ったら、いつぞやのねーちゃんじゃねーですかィ」
「……どうも、お久しぶりです……」

私も神楽ちゃんたちのように土煙をあげて走り出したくなった。怖い。黒髪の人にボールぶつけて苛めてたよねこの人。
一応頭を下げて挨拶すれば、向こうも「どうも」と軽く腰を折った。

「いやァ、意外ですねェ。こんなでけーガキがいるなんて」
「いや、産んでません」
「そうなんですか?いけませんよ。誘拐は犯罪です」
「いや、盗んでもないですね」

ふらふらと歩き出した男の子を目で追いながら、いい加減な事を言い続ける警察の少年に適当な返事を返す。
この人、真面目な人を混乱させるタイプだな。真面目じゃなくてよかった。
辺りを見渡しても、神楽ちゃんたちが戻ってくる気配はない。少し心細くなった。

「あ、ちょっと……また転んだらもっと痛くなるよ。じっとしてなよ」
「わんわんまだ?」
「……うーん……」
「わんわんって何です?アンタが雌犬になってあげてんですかィ」
「定春君って知ってます?神楽ちゃんが飼ってる、大きな白い犬なんですけど……」
「あァ、あの馬鹿でけー犬ですかィ」
「またボール行方不明になっちゃって。中々戻って来ないんですよ」
「しゃあねェ。俺が遊び相手になってやりまさァ」
「やめたげて下さい」

懐から藁人形を取り出した少年を止め、ふらふら歩いている男の子の手を掴んだ。

*****

はしゃいだ声をあげる男の子を見て、私は小さく笑った。沖田さんに肩車をされて、何とも楽しそうにしている。
何だ、ちゃんとまともに遊んであげられるんじゃないか。どうして真っ先に藁人形を用意してたんだ。最近の若者は何を考えているか分からないってやつか。違う気がする。

「アンタ、この辺に住んでんですかィ」
「……ええ。だから、神楽ちゃんたちとはよく会うんです」
「ふーん……どっか遠い所から来たんで?」
「……どうして?」
「いやァ、何となくですけどね。そんな風に見えたもんで」
「はぁ……」

どんな風に見えてるんだ。さて、どう答えたものか。
内心軽く焦っていると、男の子が沖田さんの肩から手を伸ばしてきて、無造作に私の髪を引っ掴んだ。

「あっ、いたたた……」
「おねーちゃんもかたぐるましてー!」
「コラコラ、やめな。土方って奴の髪ならV字ハゲになるまで引っ張っていいから離しなせェ」
「えー……」

不満そうな声を上げながらも、男の子は私の髪から手を離した。
ふぅ、と息を吐きながら髪を整えていると「大丈夫です。どこもハゲてません」と真面目な顔で告げられる。反応に困るねその無表情。

「で、どっかから越してきたんで?」
「……んー……」

困った。流されてくれなかった。
いや、諦めるな。話題をこう、ぐいっと逸らすんだ。スプーン曲げか?ってくらいに。

「えぇ、まあ。江戸は賑やかですね。初めて見たときはびっくりしました。真選組なんて聞いた事もありませんでしたし。どんなお仕事なんですか?」
「まァ、ケーサツと似たようなもんですよ。攘夷浪士どもの取り締まりもありやすけど。しっかし、相当な田舎から来たみてーですねェ。一体何処から来たんですかィ」

やべぇやべぇ。真選組の事を知らなかったと言ったのが不味かったのだろうか。助けて坂田さん、神楽ちゃん、新八君の眼鏡。
脳内SOSが届いたのか、ドドドドドと工事現場のドリルのような轟音と共に神楽ちゃんたちが戻ってきた。

「わんわん」
「……うん、わんわん来たね」
「オイテメー、何休日の親子みてーなツラしてやがんだァ!何時の間に産ませたんだ、言ってみろコラァ!」
「フン。帰ってくんのが遅すぎたなチャイナ。この通り、既成事実までこぎつけちまったィ」
「二人とも昼ドラ見すぎだね」

*****

怪我の痛みなんて吹っ飛んだようで、男の子は大はしゃぎで定春君と遊んでいた。
子供って、強いのか弱いのかよく分からない。私だって昔は子供だった筈なのにな。
小一時間程経った頃、沖田さんは男の子をおぶって川原を後にした。そのまま家まで送っていってあげるらしい。
ちょっと感動してしまった。ちゃんと警察してるんだな。意外と。

「今日は何処まで飛んでったの?」
「前程遠くなかったヨ。でも何か、グラサンかけた刺青のオッサンが怒ってて、ギャーギャーうっせーから一発入れて黙らせてきたアル」
「いやああああああ」


20160107


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