19-ティッシュ


「ぬがあああァァ!また負けたアルぅぅぅ!」

がっしゃーんと景気よく引っくり返された盤から白と黒の丸いプラスチックが飛び散る。
もう慣れたので「わーい勝ったー」と喜びながら、そこかしこに散らばったそれを拾い集めていった。

「おい、乱暴に扱うんじゃねーよ。壊れちまっても買い直す金なんざねーぞ」
「金はないけど内臓があるから大丈夫ヨ」
「ざけんな。オセロなんぞの為に犠牲にしていい臓器なんざ持ち合わせてねェよ」
「金玉なら問題ないアル」
「え?そうなの?」
「そんな訳あるかァ!子孫残せなくなんだろーが!」
「金玉の有無は関係ないアル。どうせ残せねーヨ」
「んだとコラ!」

子孫と聞いて少し寂しい気分になってしまった。
親戚のお姉さんに子供が出来てしまって、あまり構ってもらえなくなったっけか。
色んな所に出かけるのが好きな人で、私をよく誘ってくれた。……まあ、赤ちゃんが出来るまでの話。
あの赤ちゃんは今、何歳になったのだろう。もうとっくに歩き出しているかもしれない。
どれだけ成長したのか、見てみたい気もする。無理だろうけど。
見れたとしても、それはこの幸せとのさよならとイコールで繋がっているのだろう。

「う」

何かが頭に向かって飛んできたが、全く痛くない。何だろう。
……丸めたティッシュだった。

「……え、誰?坂田さん?」
「ちげー」

坂田さんがずっと鼻を啜った。風邪かもしれない。
神楽ちゃんが私の持っているティッシュを指さして口を開いた。

「銀ちゃんが鼻かんで丸めたティッシュヨそれ」
「うわわわわ!」
「あ、何その反応」

思わず、握り締めていたそれを明後日の方向へと投げ飛ばしてしまう。
てっきり箱から出してそのまま丸めたのかと思ったよ。罠だ。

「……坂田さん、風邪引いてるの?」
「だらしないアルな」
「うっせー、こんな寒ィ時期に風邪一つ引かねェ馬鹿共は黙ってろ」
「んだとゴラァ!私が本気出せば風邪の一つや二つ余裕だかんな!今は本気出してないだけだからな!」
「……二人も風邪引いたら大変だろうな……」

摘まみ上げたティッシュをゴミ箱へナイッシュ……出来なかった。落ちた。切ない。

「お前は大丈夫なのかよ」
「私?」
「おー」
「大丈夫。昨日はちょっと喉痛かったけど、もう治ったよ」
「ずるいアルなお前ら!」
「馬鹿だろ、オメー馬鹿だろ」

ティッシュを捨てに行くついでに、ゴミ箱の近くで丸まっていた定春君の体にくっ付いて凭れ掛かった。
少し獣臭くて温かい毛並みに頬を寄せれば、じんわりとした温もりに瞼が重くなった。

「具合悪いんならちゃんと言えっつーの」
「……うん」

そう言ってチーンと鼻をかむ坂田さんの方が、昨日の私より具合が悪そうだ。
今日は依頼がこなければいいのに。……今日も依頼が来なければいいのに、ではありません。

「神楽ちゃん、定春君が起きたらスーパー連れてっていい?散歩がてらに」

スーパーの近くに繋いでおいたら、また子供を襲いそうな気もするけど。一人で袋を持つのはちょっと辛い。……そうだ、猛犬注意って張り紙しておこうかな。
この無邪気そうな顔に騙されて、何人の子供や動物好きな人が犠牲になった事か。冥福を祈ります。……いや、まだ死者は出てねーよ。

「おい、原チャリ出してやんぞ」
「駄目だよ。安静にしてないと」
「私が荷物持ってやるヨ」
「おい、絶対酢昆布買わせんなよ。……いや、やっぱ俺が行く」
「怪我人は黙ってるヨロシ。雪、私がついてってやるヨ」
「怪我人って何だよ。病人の間違いだろ」
「でも頭怪我してるヨ」
「え、なに?天パの事?喧嘩売ってんの?」
「……早く起きてね、定春君」

耳の後ろをわさわさと撫でれば、定春君は心地よさそうにぷぅぷぅと鼻を鳴らした。当分は起きそうにない。……まあいいか。


20160209


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