08-内緒


結局、お兄さんが選んだものを二人分注文してもらう事にした。
目の前に置かれた見るからに豪華なそれを、ちまちまと口に運んでいく。
……ん?と首を傾げたくなるようなよく分からない物もあれば、こりゃすげえと思う程美味しい物もあった。
とりあえずこの中で名称が分かるものは寿司と刺身くらいだ。ごめんなさい名前も知らない料理たち。今の私には理解できない。

「お前さん、何処に住んでんだ」

お冷やをちびりと口に含んでいたら、同じく酒を飲んでいたお兄さんがそう尋ねてきた。
住んでると言っても、居候なんだけど。少し迷ったが、正直にかぶき町のどこそこですと伝えた。

「あァ……確かその辺りにゃ、万事屋なんてのがなかったか」

言葉より先に肩がぴくりと跳ねた。
あるというか、まさにそこに住まわせてもらっている。詳しい事は訊かれたくないので、自分からそれを言うつもりはないけれど。

「ええ、ありましたね。坂田さんって人が経営してる……」
「白髪で天パのだらしねぇ男だろ」

あ、この人坂田さんの知り合いだったんだ。
そう言えば、お兄さんは坂田さんと同じくらいの歳に見えなくもない。

「知り合いなんですか」
「まァ、ちっとな」
「へぇ……」

どういう仲なのか是非知りたい。教えて。
そんな事を思っている私を見透かしたように、お兄さんは顔から笑みを消した。

「あいつに会っても、俺の話はしねェ方がいいぜ」
「え?」
「俺たちはあんまり仲がよくねェからな。機嫌を損ねちまうだけだろうよ」
「…………」

なんだ、つまらない。
昔あんな事があったとかそんな事があったとか、色々話してほしかったのに。

「食い終わったんなら、酌してくんねえか」
「しゃく?」

首を傾げながら復唱した。
何か時代ものの番組で聞いた事があるような……何の事だったっけ。お○ゃる丸が盗んだアレ?絶対違うな。

「酒がなくなったら注げって事だよ。……なんだ?お前、いいとこのお嬢様か?」

とんでもない勘違いをされている。慌てて手を振って否定した。

「いや、まさか。世間知らずなだけです。……えーと、そっち行っていいんですよね」
「そっからどうやって酒注ぐんだ。……来い」
「……はい」

確かにその通りだ。いや、超能力とかあったらここからでも……そんなものはない。ミスターマ○ックが来い。それは超能力じゃなくて手品。
お兄さんのすぐ傍に腰を下ろし、零さないよう慎重に酒を注いだ。
少し注いだだけで「もういい」と言われ、慌てて傾けていた徳利を元に戻す。

「そういえば、お兄さんは何をしてる人なんですか」

この人こそ、いい所のお坊ちゃんに見えなくもない。
こんな昼間から酒飲んでても何だか違和感ないし。それにしては帯刀していたり目を怪我していたりと少しやんちゃなようだけど。……やっぱり、お坊ちゃんではないかも。

「そうさなァ」

お兄さんが目を瞑って静かに酒を啜った。
これも出し惜しみされるのかなと思うと、少しばかり可笑しい気分になった。

「それもまだ内緒ですか」

くすくす笑いながら言えば、お兄さんもつられたように口角を上げた。

「色んな所に行く仕事さ」
「……じゃあ、江戸に住んでる訳じゃないんですか」
「あァ」

なんだ、じゃあ気付かない内にいなくなってしまうのだろうか。
あからさまにしょげた顔をする私をお兄さんがじっと見下ろす。

「何だ。寂しいのかい」
「……まあ。知り合いが少ないんで」

一緒に食事したりする仲なのは、坂田さんとこのお兄さんくらいだ。
……あちらの事は、数に入れなくてもいいだろう。

「お前さんはあんまり、江戸っ子って風にゃ見えねえなァ。どっかから越してきたのかい」

うお、鋭い。引きこもりだと思われるかな、ぐらいに考えていたのに。どうしよう。
ちょっと未来らしき所から越してきたんです。言えるか。

「……ええ、ちょっと遠くから。だから世間知らずで迷惑かける事もあると思いますけど……あんまり怒んないで下さいね」

愛想よくへらへら笑いながら言えば、お兄さんもくつくつと笑った。
……そう言えば、この人の事、最初は苦手だったっけ。川原で気不味い思いをしたのが随分昔の事のような気がする。
その内仕事でいなくなっちゃうのかな。……嫌だな。ちょっと寂しい。



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