09-ここにいる


「ありがとうございました」

店を出てすぐにお礼を言えば、「あァ」と手短に返された。
もうあまりしつこく言わないでおこう。本当は後十回くらい頭を下げたいのだけど。

「そう言えば此処って何処なんですか」

きょろきょろと辺りを見渡しながら尋ねた。
ぐいぐい連れて来られた所為で迷子状態だ。普通に心細い。お願いだから置いていかないで下さい。

「こないだの川原まで行けば分かるか」
「あ、はい。そうですね」

背を向けて歩きだしたお兄さんの後を慌てて追った。何となく半歩遅れて隣を歩く。

「すいません。助かります」
「まァ、引っ張ってきたのは俺だしな」
「……そうでしたっけ……あはは」

いや、だから自覚あるならそもそも……。
責任は取るけど自重はしない。そんなお兄さんを遠い目で眺めた。
それもまあ個性だと納得しておこう。どんな個性だ。

「あれから何か嫌な事はあったかい」

川原と聞いてあの時の私を連想したのだろうか。
いい加減忘れて下さい。まさかあれから何度も出くわす事になるとは思わなかったんだよ。
やっぱり、昔の夢を見たり思い出したりして泣いてしまう事もあるけれど。
坂田さんがいないと、どうにも寂しくて不安な気持ちになるけれど。それでも今の私は、きっと。

「……大丈夫みたいです。今の所は」

無理のない笑みを浮かべて言った。
このまま幸せが続く保証なんてないけれど。それはきっと、この世に生きている人達全てにも言える事だ。
でも今この瞬間は、そして思い出は嘘じゃない。もしいつか忘れてしまっても、決してなかった事にはならないから。
今の私があるから、これからの私がある訳で。そういう意味で本当に、万事屋に拾われてよかったと思っている。願わくば、これから先も。

「そうかい。まだ何か言われてんなら、少しぐれェ手助けしてやろうと思ったのによ」

じゃあ、あっちまでついて来てくれるんですか。すごい心強いな。
でも、あんな惨めな自分は正直言って見られたくない。

「あはは……じゃあ、また何かあったときはお願いしますね」
「先ずは手前で何とかしてみな」
「……そうですね。本当に、そう……」

どうすれば私は助かったのだろう。
転校や引っ越しをするにもお金がいるし、親が将来の為に残してくれたお金を使ってまで引っ越しをするのは気が進まなかった。
バイトをしようにも、あの時の私は心身共に弱りきっていて、学校に行く以外の事をする余裕などなかった。面接に受かる自信もなかったし。辛い時に笑おうとすると逆に泣けてくるのはどうしてなんだろう。
親戚や小学生、中学生の時の友人の家に遊びに行く気にもなれなくて。気付けば極力苦しくない死に方ばかり考えていた。
……弱かったんだ。本当に、ただそれだけの事。
また不安な心地になってきて、お兄さんの後ろを歩きながら自分の腕をもう片方の手ですりすりと触った。
……生きてるよね、私。どうしてかも分からないけど、今ここに存在してるよね。
頭の上に勢いよく手を置かれ、ぼんやりと揺蕩っていた意識が一気に引き戻される。
目を丸くしながらお兄さんの顔を見上げた。

「お前はちゃんとここにいるぜ。また変な心配してんのか?」

くしゃくしゃと髪を撫で回され、私は心地良さに目を瞑って小さく笑った。
温かい。自分じゃない誰かの温度は、どうしてこんなにも鮮明に感じられるんだろう。
あの時既にこの温もりが傍にあったなら、きっと私は。



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