02
冷凍の殺意
もうアンデッドも見納めになればいいな、なんて思いつつ試練の山を降りていると、中腹に差し掛かったところで人間の悲鳴が聞こえてきた。
「誰か登ってきたのか?」
『さすがだな、何かにつけ厄介事の方からやってくるんだから』
「うるさい」
これもある種の宿命か。……せっかく辛気臭い修行生活とはおさらばしようと思ったのに、間が悪いっていうか運が悪いっていうか。
『吊り橋の方から聞こえたな』
面倒はこれで最後ということで、悲鳴の聞こえた方へと向かう。橋のたもとで三人組がモンスターの大群に囲まれているのを見つけた。
白魔道士が二人に黒魔道士が一人か。ミシディアの者だろう。普段ならこの山を登るには充分な戦力だが、あまりにも敵の数が多すぎる。
盾となれる戦士がいないのでろくに魔法を唱える隙もないらしく、嬲り殺されるのも時間の問題だ。
「白魔道士……」
『一応、助けるだろう?』
放っておいたら寝覚めが悪いしな。カインならあの程度のモンスターは瞬殺できる。
まだ見習いかと思われる二人を守ろうと健気に踏ん張っている白魔道士を見て、微かに胸が痛むのを感じた。カインはどうやらローザを思い出しているようだ。
魔物の群れを飛び越えて魔道士たちの前に降り立ち、槍を一閃。復活が厄介だが雑魚は雑魚だ。倒すこと自体は簡単だった。
討ち損ねたアンデッドはすぐに甦らないよう崖下に突き落として始末する。槍にひっかけて薙ぎ倒し、嵐のように暴れまわって少しだけスッキリした。
『強い強い。毎日アンデッド退治に精を出した甲斐があったなー』
「……誇ることじゃない」
難なく掃討を終えると、襲われていた若い白魔道士が駆け寄ってきた。
「カインさん!」
『ん?』
知り合いだったか? 記憶にないが、ミシディアで会っていたかな。
「よかった、まだこちらにいらしたんですね」
その言い様、登山の目当てはカインだったらしい。世捨て人同然の彼をわざわざ探しにきたなんて、更なる厄介事を運んできたとしか思えないな。
どうやらこの若い白魔道士がリーダー格らしい。背後の二人に向き直り、カインを紹介する。
「この方がセシルさんたちの信じたバロンの竜騎士、カインさんです」
セシルの名を耳にした途端、カインの精神がざわつくのを感じた。解放されたとは言ったものの完全に吹っ切れたわけではなさそうだ。
長年煩わされてきた恋心や友情をあっさり忘れてしまうのも難しいだろう、無理からぬことではある。新しく恋人でも作ればいいんだけど。
魔道士たちは困惑している様子だ。国を出たあと、カインの評判はどうなっているのか気になった。セシルが対処してくれているとは思うが、悪名が轟いてたら困るな。
「それで、お前は?」
「私はミシディアの白魔道士、ポロムです。長老の命であなたを探しに来ました」
「何のために?」
「ひとまず……村へお越しください。歩きながらお話しします」
言われるがままポロムに付き従い、群がるアンデッドモンスターを薙ぎながら下山する。戦闘の合間を縫って途切れ途切れに聞かされたところによると、こうだ。
魔導船が浮上し、月に向かった。各地で魔物が活発化している。また何者かがクリスタルを狙う動きを警戒したミシディアは、カインに助力を請いに来た。
「このままではバロンも危ういでしょう」
「そうか。だが、なぜ俺が手を貸さねばならんのだ?」
「え……」
魔導船が月に向かったという話は引っかかる。まさかゴルベーザ様の身に何かあったのではないだろうな。
魔物が増えたことは気になっていた。試練の山だけではなく世界各地で同じ問題が発生したらしい。ゼロムスの復活か、また違う月の民が悪巧みをしているのか。
「俺はとうに国を捨てた身だ」
しかしまあ、十年前と似たようなことが起きたとしても各国で連携を取れば対処は可能だろう。カインが煩わされなければならない理由はなかった。
修行中にもほぼ無関心を貫いてきたくせに、こんな時ばかり頼ってくるミシディアが煩わしい。
無下に助力を断ったカインを前に、ポロムという名の白魔道士はまっすぐな視線を向けてくる。彼女の目に曇りや憂いは見当たらなかった。
「……嘘です」
ミシディアとしてはカインの罪悪感を刺激して世界を守るのに手を貸す機会を作ってやろう、という腹積もりだと思われる。腹黒い長老の考えそうなことだ。
しかしポロムの内心が長老と同じとは思えない。彼女の瞳には純真な敬意があった。バロンの竜騎士であるカインに対して。そして、彼を信じるセシルに対して。
きっと手を差し伸べてくれる。そう信頼しているからこそ、助けを求めに来たんだ。
「あなたは嘘をついています。自分の心に……」
「……」
「違いますか?」
バロンが心配でないと言えば確かにそれは嘘になる。国を出て地位を捨て、繋がりを断ったからといって故郷が故郷でなくなるはずもない。
それにセシルとローザのことも、このまま縁を切ったってずっと心に残り続けるだろう。純粋にカインを思いやってくれているらしいポロムの言葉は真実を指していた。
『行ってみるのもいいんじゃないか。この十年でお互い、何が変わって何が変わらないのか、見極められる』
「……そうだな」
カインの心は未だ解放されてない。己の心に、まだ素直になっていない。
「行こう、バロンに」
修行を終わりにするとして、これからどこへ行くかを決めるにもバロンに行ってみるのはいいことだろう。無人の邸宅をどうするのかも決めなければいけない。
セシルに会ってみて、カインの本心が分かったら、騎士に戻るなり正式にバロンを出奔するなり自由に未来を決められる。
ポロムと二人の魔道士を引き連れて試練の山をおりていく。ようやっと平地が見えてきたところで急にポロムが立ち止まった。
「……!!」
「どうした?」
「パロム……?」
まるで誰かに声をかけられたように背後を振り返り、困惑している。まさかまたあの怪しげな声が聞こえたんじゃないだろうな。
あの声は結局、何だったんだろう。カインは鏡から出てきたもう一人の自分に勝ったようだが、パラディンになれたわけでもないし。
そもそも、この十年間なんの反応もなかったくせにいきなり試練を与えるとは。やはりあれも魔導船が浮上したという話と関係があるのだろうか。
「……急ぐぞ」
「は、はい」
カインが声をかけると、我に返ったポロムが慌てて駆けてくる。
ふよふよと揺れる髪を見て不意に思い出した。彼女は……セシルと一緒にいた双子の魔道士の片割れだ。バロンでカイナッツォに石化させられたと思っていたが、生きていたらしい。
随分と大人っぽくなっているので分からなかった。こうして他の誰かの姿を見ると、十年の月日をはっきりと感じてしまうな。