03



誇り高き騎士



 ミシディアの近くまでやって来たところで異変に気づいた。村のそこかしこから魔法の煙が立ち上ぼり、悲鳴が響く。魔物の襲撃を受けている。それもかなりの大群だ。
「どうやら一足遅かったようだな」
 カイン、なんだかやけに冷静だな? ミシディアに対して特に悪感情があるわけでもなし、もうちょっと焦ってもいいようなものだが、どうしたんだろう。
「長老のもとへ急ぎましょう!」
 平静を装いつつもポロムは青褪めた顔で駆け出した。見習いの二人もその後を追っていく。
『アンデッドじゃないといいな』
「あれだけ倒しているのだから、ここまで溢れてはおらんだろう」
 焦りの見えない足取りでカインも三人のあとに続く。妙に……何だろう、違和感があるのはなぜだ。いつものカインらしくない気がする。
 隠居生活で人間が苦手になってしまったのか?

 魔道士たちの足はそう速くないので駆け足ですぐに追いついた。家々の陰ではミシディアの民が重傷を負って倒れている。しかしさすがと言おうか、応戦して倒したらしい魔物の死骸も多かった。
 襲ってきたのは試練の山のアンデッドモンスターではなかった。白魔道士たちが修行も兼ねて常に結界を張っているので、奴らはあまり村に近づきたがらないのだ。
 実は俺もさっきから居心地が悪かったりする。悪霊になりつつあるのかもしれない。
 祈りの館の前には多くの魔道士が倒れ伏していた。まだ息のある黒魔道士のもとにポロムが駆け寄る。
「しっかり! すぐに回復魔法を……」
「ポロ、ム……長老……が……」
『抜けられたか』
「先に行くぞ」
 怪我人をポロムに任せ、見習い二人を連れて館に突入する。クリスタルに祈りを捧げるための大広間では長老が魔物と対峙していた。
 フロータイボール……じゃなくて、あの真っ赤な体色はブラッディレッドだ。ミスト渓谷の辺りに棲んでるはずだがこんなところまで飛んできたのか?
 ともあれ、白魔法のサポートに黒魔法もあることだし、三人もいれば大した敵ではない。さっさと倒したところでポロムも追いついてきた。

 もともと臥せっていたようで、痩せ衰えた体でブラッディレッドを食い止めていた長老は満身創痍だった。彼をベッドに運び込み、ポロムが回復魔法を唱える。
 二人の見習い魔道士は外にいる他の者たちを救うため出て行った。まだ攻勢は止んでいない。あまり悠長に話している暇はないだろう。
「長老、いったい何が?」
「あの魔物たちはデビルロードから現れたのじゃ……。おそらく、バロンは既に……」
「そ、そんな!」
 悲痛な声をあげたポロムをカインが一瞥する。セシルやローザが殺されたとは思えないが、彼らが健在ならデビルロードを明け渡すはずもない。
 長老は居住まいを正してカインに向き直った。
「かつてのごとく月が二つとなり……時を同じくして、そなたの祖国バロンは魔物の手に落ちた。そして、ミシディアが狙われたとあらば……」
「敵の狙いはクリスタルか」
「そのようじゃ」
 確かに、気味が悪いほどあの時と似たようなことが起きているな。今回ミシディアを攻めてきたのは赤い翼ではないけれど。
「ゼロムスは月に封じられていたはずです。いったい何者が、こんなことを……」
「分からぬ。しかし放ってはおけん」
『何にせよ、ここでは大した情報が得られないな』
「ああ」
 不安そうなポロムたちに背を向け、カインはそれ以上の話を聞く必要もないと扉に向かって歩き始めた。
「カインさん! どちらへ?」
「決まっているだろう。バロンは俺の祖国だ」
 セシルの守るバロンがそう易々と落ちるとは考え難い。単にデビルロード内で魔物が大量発生してるだけじゃないのか、と思いたいところだが……。
 先程のブラッディレッドなんかは、ミスト渓谷からデビルロードを渡ってこの大陸までやって来たと考えると納得だ。とにかく一度バロンに行って、様子を確かめなくてはいけない。

 館の外では今もまだ襲撃が続いている。魔道士たちは数人で援護し合いながら祈りの館に集まろうとしているようだ。
 あまり人数もいない村だ、外で迎撃するよりも一所に集合して全員で結界を張る方が賢明だろうな。
 で、デビルロードはといえば中からモンスターが溢れ出し続けているので近づくのはかなり困難な状況になっていた。
『バロンが敵の手に落ちたなら、ゴルベーザ様のように赤い翼を使うはずじゃないか?』
「ならばヤトはこれが偶発的なモンスターの暴走だと思うのか」
『いや……そうとは言わないけどさ。バロン城がそんなあっさり魔物の手に落ちるなんてこと、』
 あってたまるかと言おうとしたら、あったね、十年ちょっと前にそんなこと。しかし本当にそこまで同じことが起きているとしたらセシルの身が案じられる。
「セシルの心配などしていない。そう簡単に死なれては困る」
『まあ、カインがそう言うなら俺も信じよう。それじゃあどうやってバロンに行こうか?』
「クリスタルを奪う。バロンを襲ったのが何者であれ、目的がクリスタルなら交渉材料になるはずだ」
 すごく危険な賭けだな。しかしクリスタルと引き替えにモンスターとの戦闘を避けられるならありがたい。ミシディアの防衛は魔道士どもが自力でなんとかするだろう。
 ……って、いやいやちょっと待て。
『クリスタルを敵に渡しちゃっていいのか。また誰かの悪事に荷担することになるかもしれないぞ』
「悪いか?」
『いいけど』
 開き直られると何も言えない。まったく、この変わり様は何なんだろう。あの試練の祠で切り捨てた移し身はもしかしたらカインのお人好しな人格だったのか?

 弱っているとはいえ長老がいてポロムがいて、続々と魔道士が集まっている祈りの館に正面から乗り込んでクリスタルを奪うのはモンスターの跋扈するデビルロードを突っ走る以上の自殺行為だ。
『ってわけで、裏に避難通路がある。そこからクリスタルルームに忍び込もう』
「……詳しいな」
『留学時代にいろいろ嗅ぎ回ったからね』
「何のために?」
『座学が嫌いだったから暇潰し』
 呆れて黙り込むカインの気配はいつも通りだった。変だなとは思うけれどその違和感もだんだんと消えていく。たぶん、過去に打ち克ったというあの試練で少しばかり性格が変わったんだろう。
 隠し扉を開いて埃っぽい通路を抜ける。クリスタルルームに侵入するのは驚くほど簡単だった。というか、館の中に人の気配がしないぞ? 長老たちは外に出たのか?
 カインがクリスタルを手にした瞬間、ぞわりと怖気立つような気配を感じた。
「どうした」
『誰か召喚魔法を唱えてる。たぶん幻獣ラムウを……』
 言い終えるのを待たずに館の外で凄まじい雷鳴が轟いた。一瞬リディアがミシディアの応援に駆けつけたのではと思ったが、この殺気は絶対に違う。

 クリスタルを懐に入れて外に出てみると黒焦げの魔道士たちに紛れて長老も倒れている。その脇にうずくまるポロムはなんとかまだ無事でいたようだ。
 そして彼らの前に立っていたのは、見知らぬ少女だった。あいつがモンスターどもの親玉か。ゴルベーザ様と違ってえらく可愛らしいな。
 しかしその一見すると愛らしい少女が今、ポロムを殺すべく新たな呪文を紡いでいる。
「待て。貴様の欲しいものはこれだろう」
 カインが水のクリスタルを差し出せば、少女は呪文を停止して無防備な足取りでこちらに近づいてきた。
「本物のようだな」
「くれてやる」
「か、カインさん!?」
「賢明な選択だ」
 驚愕するポロムを無視して少女は手を差し出した。さっさと渡せということらしい。この娘……誰かに操られているのだろうか。精神が感じ取れない。
「だが、条件がある」
「なんだ?」
「バロン国王に会いたい。その目的を果たすまで、クリスタルは渡さん」
 相手はラムウを召喚できるほどの術師だ。こちらの取引に応じる可能性は低い。カインは愛槍を構えたが、少女は感情のない瞳でそれをただ眺めていた。
「会ってどうする」
 交渉の余地があるのか、意外だな。
「殺すのだ……!」
 意外……。
『えっ?』
 あれ、おかしいな? もうセシルやローザのことは忘れて、過去から解き放たれて自由に生きる決心がついたんじゃなかったのか? 俺が勘違いをしてた?
「ならば、ついて来るがいい。クリスタルと共に」
 少女が姿を消すと同時にモンスターの噴出も止まった。カインは彼女の後を追ってデビルロードに向かう。
「カインさん!」
 悲鳴じみたポロムの声に振り返ることすらせず、迷いのない足取りからは確かな殺意が感じられた。
 十年以上も迷って、結局は友を殺すことにしたのか。嫉妬ではなく友情の方を吹っ切っていたとは。ずっと引っかかっていた妙な違和感はそれが原因だったんだな。



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