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限界まで我慢



 今朝まで生真面目に贖罪と修行を続けていたのに、急にセシルを殺そうとするまで吹っ切れるなんて体を共有している俺ですら心境の変化についていけない。
 カインよ、お前は本当にそれでいいのか。……そう尋ねたくても、例の少女がそばにいるので迂闊に会話できないのが困る。正体不明の相手に俺の存在を察知されたくないからな。
 大体この少女は誰なんだ。クリスタルを集めて何をしようと企んでいるのか。不思議なのは、彼女から“何かをしよう”という意思がまったく感じられないことだった。
 たとえばゴルベーザ様やあるいは裏で糸を引いていたゼムスのように、目的があっての行動ならもっと存在感があると思うんだ。野心ってのは隠しても滲み出るものだからな。
 だというのに目の前を歩く少女は、まるで何も考えていない人形のように無機質だった。この空っぽの存在に目的なんてあるとは思えない。

 予想に反してデビルロードにはモンスターが一匹もいなかった。この少女が完全に統率しているようだ。カインは先を行く彼女に尋ねる。
「お前は何者だ」
「いずれ分かる」
『せめて名前くらい知りたいよな』
「名は?」
「マイナス」
 変な名前だ。やはり人間らしさ……というか生物らしさが欠如している。
 なんとなくバブイルの巨人の中にいた機械竜と似ているように思う。あいつらも生物なのかどうかよく分からなかった。自意識はあるのに感情がない、そんな雰囲気だ。
 相性がよかったのか俺に懐いてくれたドラゴンたちに似ていると思うと、無愛想なこのマイナスという少女も多少は可愛く見えてくる。

 意外にも会話に応じてくれる様子なので、カインはさらに質問をぶつけた。
「セシルはどうしているんだ?」
「健在だ。バロン国王として城にいる」
 ああ、やはり無事だったか。この娘に国を掌握されている状態を無事とは言えないかもしれないが。
 デビルロードの封印を破ってミシディアに攻め込むことにセシルが合意するはずもなく、拘束なり洗脳なりされていると考えるのが妥当だろう。
 とにかく生きてはいるようでよかった。知らぬ間に殺されてたなんてことになったら、カインとしてもやりきれないからな。
「何のためにクリスタルを集めている?」
「答える必要はない」
 少女は振り返り、先程カインが尋ねたのと同じ質問を返してきた。
「お前は何者だ?」
『それ今になって聞くのかよ』
 カインが水のクリスタルを取引材料に持ち出してきた時点で聞くべきだろう。なんていうか、ちょっと抜けてる奴だな。警戒心も殺がれる。
「……俺は、元バロンの竜騎士だ」
「そうか」
 その意味を果たしてどこまで理解しているのか、少女は小さく頷いただけで再び歩みを進めた。すぐにデビルロードの出口が見えてくる。

 バロンの城下は平穏そのものだった。世界中でモンスターが凶暴化しているという話はどうなったと思うほどいつも通りに皆が健やかに暮らしている。
 さっきまでミシディアに溢れ出していたモンスターは、ここを通ってきたはずなんだが……。
 もし長老の言う「バロンは魔物の手に落ちた」が真実で、そしてこの平穏もまた真実なのだとしたら、以前ゴルベーザ様に精神魔法をかけられていた城内の者たちのように、町の人々も騙されているのかもしれない。
 また魔物が王のふりをして玉座に腰かけているのだろうか? 元近衛としては、一度ならず二度までも城を支配されるというのは非常に複雑な気分だ。
 城に入るとマイナスが立ち止まり、感情の見えない瞳をこちらに向けてきた。
「もう一度聞く。セシルに会ってどうする?」
「何度尋ねようと俺の意思は変わらん。殺すのだ……セシルを!」
「そうか」
 城内にはちらほらと兵や文官の姿が見えるけれど、誰もが生気のないアンデッドのような顔をしている。俺たちに注意を払う様子がないことからしても、やはり皆してマイナスの支配下にあるのだろう。

 謁見の間に着いたが、玉座は空だった。意外だな。マイナスにも相手を騙すという知恵があったのか。
「セシルはどこだ?」
「お前の真意を問いたい」
 またかよ。本当はセシルを殺されたくないのかと思うほどにしつこいな。俺から見ても、セシルを殺すというのは強がりでも自棄でもないカインの真意に感じられるぞ。
 しかしマイナスとしては効率よくクリスタルを集めるためにセシルを生かして利用したいのかもしれない。……だとしたらなぜカインの取引に応じたのか謎だ。
「言ったはずだ。奴を殺すとな」
「お前にできるのか?」
「当然だ」
 迷いなく答えるカインをじっと見上げ、マイナスは手を差し出してくる。
「クリスタルを渡せ」
「目的を果たすまで渡さんと言ったはずだ」
「やはりクリスタルが大事か」
 あーもう、噛み合わなくてムズムズしてくる。マイナスは取引の意味を理解できていないんじゃないか。たぶん彼女は、カインがセシルを殺そうとしていることとクリスタルを渡さないことの因果関係が分からないんだ。
「こんな石ころに興味はない。俺はセシルさえ亡き者にできればいい……!」
「なぜそこまでセシルを憎む?」
「貴様には関係のないことだ」
 むしろ、どうして彼女がカインの動機なんか気にするんだろうな? 向こうの目的を果たすのに利用価値があるか否か、それだけだろうに。

 何事か考え込んでいたマイナスが目を瞬いた。水のクリスタルを手に入れて終わりというわけでもないはずだ。
 すべてを掌中におさめるために、セシルとカインのどちらを利用するか天秤にかけているのかもしれない。
「飛空艇と兵を貸す。風と火のクリスタルを手に入れよ」
「何だと?」
「果たせればセシルに会わせてやろう」
 二つ……ってことは、土のクリスタルは入手済みか? どうせ行くならむさ苦しいファブールや暑苦しいダムシアンよりトロイアがよかったのに。
『まあ、ミシディアがあんな感じならファブールとダムシアンも手間はかからないだろう。やってみれば?』
 地位を返上して修行に励んでいたカインが現れたところであまり警戒もされないはずだ。
 マイナスの目的は気がかりだが、今こちらが持っている水のクリスタルを無理やり奪おうとしない辺りからしても、大した脅威を感じない。いざとなったらまた奪い返せばいい。
「……分かった」
 カインが交換条件に応じるとマイナスは鷹揚に頷いた。心なしか満足そうな表情に見える。
「待っているぞ」
 素直な態度を見ているとどうにも可愛いと思ってしまう。女らしさが無いお陰だろうか。
 ゴルベーザ様のような臣従したい相手ではないが、マイナスもある意味では気になる存在だな。

 久しぶりに赤い翼に乗り込んで、まずはファブールを目指す。操縦はバロン兵がやってくれるので安心だ。
 それにしても、この見事な洗脳術には感服する。赤い翼の隊員はすっかりマイナスの操り人形と化している。あの娘はゴルベーザ様……いや、月の民をも凌ぐ精神魔法の使い手なのだろうか。
「ヤト」
『ん?』
 貸し与えられた兵士たちを観察していたカインが、目を逸らして空を見上げた。
「俺を止めないのか」
『うーん、どうしようかな』
 俺は彼の精神に直接触れることができるからこそ、その心の動きが手に取るように分かる。
 ローザを諦め、セシルを友として受け入れると決め、贖罪の道を歩むと覚悟した。それがカインの真意だ。しかし恋慕と嫉妬が完全に吹っ切れたわけではないこともまた事実だった。
 この十年迷って得た結論が親友との決別だというならそれもいいだろう。……まあ、いきなり極端な行動に走ったものだとは思うけれど。
『やりたいようにやればいいんじゃないか』
 セシルを殺すのがカインにどんな影響を及ぼすかなんて、それこそやってみるまで分からない。もしかしたらスッキリするかもしれないし、もしかしたら今よりもっと辛くなるかもしれない。
 正直なところ俺はカインにセシルを殺すことはできないと思っている。それでも、誰にも操られてなどいない彼の本音で殺意をぶつけてみればいい。セシルの行動によって何らかの決着は得られるだろう。
『お前たちは一度、盛大に喧嘩してみた方がいいよ。お互い遠慮なんて捨ててさ』
「……喧嘩扱いか。俺は本気で奴を殺すつもりだが?」
『それを望むなら俺は止めない。ま、次の王を見繕う手伝いはもうしないけどな』
 そういえば少し前にバロンで王子が生まれたという噂を聞いた気がするが、その子は今頃どうしているんだろう。セシルはどこかで生きているようだし、息子も無事だといいな。



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