05
裏切りの果実
ファブール王は強くて怖くて面倒くさそうだから先に片づけてしまおう、という俺の進言に従って先に風のクリスタルを奪いに向かったカインだが、懸念を覆してあっさり奪取に成功した。
拍子抜けだ。べつにモンク僧が弱体化されていたわけではない。
確かにファブール王は強くて怖くて面倒くさい上になんと父親そっくりの王女までいて煩わしさ倍増だった。王女が意外と年頃に成長していて過ぎた年月を実感させられたのもショックだ。
しかしカインはもっと強くなっていた。それだけだ。迫りくる拳を適当に往なして彼らの頭上を飛び越え、あっさりとクリスタルを奪って飛空艇に帰還した。槍捌きはもちろん脚力も衰え知らずだな。
『盗賊として生きていくのも悪くないかも』
「冗談は止せ。竜騎士の誇りを捨てるつもりはない」
『クリスタルを奪って得体の知れない小娘にくれてやるのは竜騎士の誇りを傷つけないのか?』
「俺に奪われている時点で、奴らにはクリスタルを持つ資格など無いだろう」
なるほど、そういう見方もあるか。
考えてみればミシディアもトロイアもファブールもダムシアンも、惰性的にクリスタルを守っているだけだ。そこには何の崇高な目的もない。
マイナスの意図によっては彼女の手に渡してしまった方がクリスタルを有効に活用できる可能性さえある。
結局、カイン一人も阻止できなかった彼らにはクリスタルの在り方を語る資格なんて無いのかもしれない。
さて、休息と補給を挟んで次の標的はダムシアン城だ。ファブールで派手にやらかしたが、もう報せは届いているかな?
ダムシアン王は魔物を操る歌を持っているのでファブールのように物量作戦で魔物を送り込むことができない。カインは一緒に飛空艇から降りようとしている兵を制止した。
「貴様らはここで待て。操り人形でも命は惜しかろう」
「承知いたしました。しかし猶予は然程ありません」
「見くびるな。すぐに終わる」
武力はファブールに劣るものの、ダムシアンにはまた違った恐ろしさがある。商人らしい強かさと図太さ、そして勝負勘の鋭さだ。どう出てくるか見物だな。
一人きりで突入する。ダムシアン城はもぬけの殻だった。謁見の間まで突き進むと、見覚えのある金髪の男が立っている。
「貴様は……」
「よもや君が来るとはね、カイン」
ダムシアン王ギルバート。かつてゴルベーザ様の前で腰を抜かしていた青年だ。あの時に恋人が庇ってくれたお陰で今日まで生き延びている。
軟弱そうな顔立ちは変わっていないが、瞳には油断ならない光が宿っていた。臆病がうまく慎重な性格へと成長したみたいだな。
数日の間にファブールでの騒動はしっかりと伝わっていたらしい。やはり風のクリスタルを奪ったその足で来てしまうべきだったか。燃料の補給があるので飛空艇は面倒だ。黒竜が恋しい。
「人払いを済ませてあるのは貴様の浅知恵か」
「赤い翼が迫っているのが見えたのでね」
「いい心がけだ。ならば犠牲者を出さぬ間に火のクリスタルを渡してもらおう」
無意味に命を奪うつもりはないというカインの言葉を受けて、ギルバートは思案げに目を瞬かせた。
「それが君の真意なのかい?」
「目的ではないがな」
「では、その目的とは?」
「セシルを殺すことだ」
さすがにギルバートの表情が硬くなる。しかし、ただ純粋に衝撃を受けていたポロムとは少し様子が違っている。
「セシルに……彼に、会ったのか」
「いや。クリスタルはそのための手段だ」
「なるほどね……」
一瞬、彼はクリスタルをこちらに渡すつもりなのかと思えた。迷っている気配があったんだ。カインをセシルに会わせたいのだろうか。しかし彼は結局、ゆっくりと首を振った。
「悪いが、クリスタルを渡すわけにはいかないよ」
「その命に換えても、か?」
「ああ」
ならば仕方がない。槍を握った左手に力を籠める。ギルバート相手なら苦痛を与えずに殺すのも簡単だろう。
だが、踏み出したカインの足が止まる。彼に近づくことは叶わなかった。
「カイン、やめて!」
ギルバートの前にしなやかな身のこなしで女性が駆け込んでくる。既視感を覚えるような光景だが、あの賢者の娘と違って彼女はギルバートを守るためではなく、カインを止めるために立ち塞がっていた。
「ローザ……」
どうしてここにいるんだろう。いや、何でもいい。彼女がバロンにいなくてよかった。セシルと違ってマイナスの手には落ちなかったということだ。
ローザの視線がこちらを探る。目が合った瞬間、彼女は眉をひそめた。さすがは幼馴染み、長く会わなかったのに一目でカインの変化を感じ取ったようだ。
「あなたは、また……」
「違う。これは俺自身の意思だ」
「本当に?」
「俺は俺の望みのままに行動している。セシルを殺せば、お前は俺のものだ。ローザ!」
「カイン……!」
実際のところ、そうやって手に入れた愛情は虚しいと思うんだけどな。罷り間違ってローザが赦し、愛してくれても一生涯“セシルの二番手”だ。死人には勝てない。
『セシルを殺したいなら止めないけど、それが叶ったらローザは諦めろ』
「何だと?」
『憎しみを解放するか、愛に殉ずるか、どちらか選ぶんだ』
ローザが欲しいならセシルを殺すのではなく、彼よりも愛される男にならなければいけない。セシルを殺したいならローザと結ばれることは諦めなければいけない。
どちらもは贅沢だ。それができないからもう何十年も思い煩ってきたのだろうが。憎まれも愛されもしない。そんなの不毛じゃないか。
ローザの乱入でカインが困惑していたせいか、飛空艇で待機していた兵士たちが焦れて降りてきてしまった。もたもたしていると奴らはローザにまで危害を加えかねない。
「……残念だが、時間切れだ。クリスタルを渡せ」
槍を突きつけて脅すが、ギルバートは余裕綽々で薄く微笑んだ。
「言ったはずだ」
懐から何かを取り出した。小さな箱だ。魔封じの紋が刻まれている。
「断るとね」
火の気配……カインは咄嗟にローザの腕を引き寄せ、背後に庇う。ギルバートが箱を開けると同時に、業火が噴き出した。
「ボムの指輪か!」
「バロンからの手土産さ」
すぐさま肉体の主導権が俺に引き渡された。試練の山で修行を続けていたのはカインだけじゃない。俺だって一応はいろいろやっていたんだ。
たとえば、精神だけで魔法を使う訓練とかな。俺の得意な火属性なら、この体でも魔法に干渉して遠ざけるくらいはできるぞ。
「好都合だ。俺にとってもな!」
指輪から溢れてきたボムは俺の魔力に誘導され、カインとローザを避けて背後の兵士たちに突進していく。
あいつらには悪いが、命が惜しければ待っていろと言ってあったのに来ちゃったんだから仕方ない。というより、いなくなってくれた方がありがたいくらいだ。
ギルバートを閉じ込めるように炎が這う。クリスタルが近くにあるお陰で魔力が増している。曲がりなりにも魔法を学んだ俺がいたのは彼にとって不運だったな。
「これが……君の真意……なの、か……」
「ギルバート!」
火中に突入してギルバートを救おうとしたローザを引き留め、彼女を掴まえたままクリスタルを奪う。これで目的は果たした。
大火事の中へ置き去りにするわけにもいかないので、ローザを連れて飛空艇に戻る。それにしてもギルバートがローザを巻き添えにするとは意外だ。カインが彼女を庇うかどうか試したんだろうか。
操縦係まで降りてきたわけではなかったようで安堵した。離陸を命じ、すぐにダムシアン城が小さくなっていく。
城内のどこかには人が残っていると思うが、焼死しなければいいな、ギルバート。ゆっくり死ぬのは辛そうだ。
おっとそうだ、テレポされたら困るからバロンに着くまでローザには気絶していてもらおう。と彼女に近づいたところで、船体が大きく揺れて宙に放り出されそうになった。
横腹に砲撃を喰らったようだ。ダムシアンに飛空艇はないはずだが……。
「シド!」
ローザの声につられて空を見た。エンタープライズが赤い翼に向かって突進してくる。
「面倒な。速度を上げろ!」
こちらにローザが乗っていることは知らないんだ、追ってくるよりもダムシアンの救助を優先するだろう。案の定、砂漠の上空で速度を落としたエンタープライズは城の方へと旋回していった。
味方が引き返していくのを見送りながら、ローザは安堵の表情を浮かべている。自分の心配よりもギルバートが助かることにホッとしているのか。
そりゃまあ、彼女を物理的に傷つけるつもりなど俺にもカインにも無いのだが。だからといって安全が保証されているわけじゃない。
「俺はセシルを殺しにいく。ついてきていいのか?」
「カイン……あなたは……」
「操られてはいない。俺の意思だ」
少女の面影もなくなり、今の彼女は王妃としての風格が感じられる。毅然とこちらを睨みつける瞳に敵意はない。ただ強固な決意があるだけだ。
「あなたがセシルに害を為すなら、私は彼を守るまでよ」
「もしも君を奪い取ることが可能なら、身を引いたのは過ちだったということだな」
テレポで逃げられる心配はしなくてもよさそうだ。彼女は大人しくバロンについてくるだろう。セシルを守るために。
『そろそろ返すぞ。まあ、やれるところまでやってみろよ』
主導権を手放し、また肉体が勝手に動き始める。この感覚にも慣れたものだが、カインの迷いに決着がついたらその時こそ俺はいなくなる気がする。
「フッ……ハハハ……! セシルを殺してやる……よく見ておくがいい、ローザ!」
セシルたちから離れても解決に至らなかった。今度はいい結果が得られるといいなぁ。