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笑える惨劇
ベイガンはただいまゴルベーザ様による洗脳を受けている真っ最中だ。すでに忠誠を誓っている者を魔法で支配することを洗脳と言えるのかは分からないが。
敵の支配力が勝つか、ゴルベーザ様の魔力がそれを越えられるか。
しかし向こうはクリスタルまで使って蘇生した者の精神を縛っている。いくらゴルベーザ様が魔力に秀でていても、今のベイガンの精神を完全に掌握するのは難しいらしい。
ましてこの先にも戦闘の機会は多々ある。ゴルベーザ様のような魔道士には魔力を温存していただかなければならないからな。
だからできるのは、破壊と暴虐を求める魔法を阻害するための、ちょっとした抵抗の手伝いだけだ。それでも自分の力だけで耐えるよりは随分とマシだろう。
正気を失うのは困るが、クリスタルのエネルギーを利用すれば死者に新たな肉体を与えて甦らせることができる、というのは喜ばしい発見だった。
そこらに散らばっているクリスタルの破片を集めておくとしよう。絞りカス程度の魔力しか残っていないが、俺の復活に役立つはずだ。
他の先行している仲間たちはどこまで進んだだろうか。斥候をかって出たエブラーナの忍者衆がしばらく戻ってきていない。そろそろ月を止める手がかりでも見つかっていればいいんだが。
……敵が何を企んでいるにせよ、奪っていったクリスタルをすべて破壊してしまえば何もできなくなるのではないかと思ったりする。
ミシディアの魔道士やトロイアの神官に、ファブールとダムシアンの王まで来ているのでそんな無茶は許されないだろうな。
不穏なことを考える俺の傍ら、セオドア王子が神妙な顔でベイガンの方を見つめていた。
「本当によかったんでしょうか。死した者を無理やり現世に留めるなんて……」
「俺も死人なんですけどね」
「そ、それは、……すみません」
「いやいや。魔物ってのは生や死にあまり執着がないんで、現世へ甦ることに不安はないと思いますよ」
見た目だけは一時的に人間の姿に戻っているが、ベイガンの本質は依然として魔物だ。あんまり気にしなくていいんじゃないかな?
いつの日か蘇るのが幸運にも今日になったというだけだろう。
モンスターになって困ることといえば何だろう。考える限り、自我を失う可能性があるという以外に大した代償はない。
それに黒竜や四天王に幻獣たちを見てきたので、魔物であっても知性と理性を備えたものが多数存在するのは分かっている。
生前は魔物となってまで生きていたいなんて考えたこともないが、いざ死んでみるとどうせなら魔物になって生き続ける方が得だと思えた。ベイガンという先達もいることだし。
ただ俺もまだ一応は人間なので、それが異端であり普通の人間には疎まれる思考だというのは理解している。
「ヤトさんと……あのベイガンという人も、バロンの近衛兵だったんですよね」
「そうですよ」
「でも、先代の陛下ではなく“黒い甲冑”に仕えていた?」
なるほど、本当の懸念はそちらか。同郷ではあるがセオドア王子にとって俺たちは国の仇でもある。ゴルベーザ様の配下だからといって仲間と認識するのは迷うところだろう。
なんせ俺たちは“ゼムスに操られている時の”ゴルベーザ様についたのだから。
「セオドア様は両親に似てないなぁ」
「ええっ?」
「警戒心を捨てないのはいいことだ」
もしもセシルなら、一度許した人間を疑うことはしないだろう。彼は優しい。かつては王に言われれば暗黒騎士にだってなってしまうくらい、盲目的でもあった。
他人の正義に流されてしまうのは、親がなく家もなく幼い頃から城で孤立気味だったセシルの弱味だ。軍人としてはそれでよかった……が、それも今や過去の話だ。
この子を見ているだけでも、セシルが王に相応しい自立心を得たのだと分かる。だって彼は孤独ゆえ陛下に盲目の信頼を捧げていたんだ。王のやることならすべて正義だと疑いもしなかった。
セオドア王子は自分の正義を自分で考えることができている。これはセシルたちが真っ当に愛情を注ぎながら教育してきたお陰だろう。
王子が若き日の父親と似ていないのは素晴らしい。セシルは息子に自分の轍を踏ませていないのだ。
ゴルベーザ様がベイガンに魔法をかけ終わったので、そちらに近づいていく。セオドアも後ろからついてきた。
カインが先行部隊の様子を見に行ってしまったので自分がしっかり俺を監視しておこう、というつもりなのかもしれない。
「懐かない猫の信頼を得るべく頑張ってる気分だ」
「い、いえ、僕もカインさんの保証を疑うつもりはありませんが……。でもやっぱり、その……正直に言うと、完全には信用できません」
「責めてはいないよ。むしろ疑って当然だと思うぞ。あなたがしっかりしてるので嬉しいだけだ」
寄ってきた俺を見てゴルベーザ様は狼狽えたように目を逸らす。やはりセシルの体で接するのにまだ気まずさがあるらしい。今はセオドアも横にいるので尚更か。
そしてベイガンもまた、こちらを胡乱な目つきで俺を見つめる。
「ベイガン、もう大丈夫か?」
「ええ、まあ……。己の衝動を信頼しなければ、耐えることはできそうですよ」
俺たちへの殺意は相変わらず健在だが、そんなものは錯覚だと思い込んで強引にやり過ごしているらしい。
無理やり引き留めた俺が言うのもなんだけど、危なっかしいな。
ゴルベーザ様が伯父の手によってゼムスの洗脳から目覚めたように、ベイガンが己の肉体の支配権を取り戻せれば理想的だった。
しかしそうはならなかったので、やはりクリスタルを使って彼を甦らせた張本人を倒さねばならない。
聞くところによるとマイナスは一人ではなく複数の個体がいるそうだが、人形染みた彼女たちの黒幕というべき存在がいると思われる。
封印を破って復活したゼロムスだったら嫌だな。
というようなことを話し合いながら、先行部隊を追って更なる地下へと降りていく。殿は任せろと言いつつゴルベーザ様にさりげなく距離を取られたのがショックだ。
些か顔色の悪いベイガンがまたしても胡散臭そうに俺を見た。
「何ですか?」
「……中身がヤトでも外見がセシル殿では扱いに困る。早急に自分の体を手に入れていただきたいものですな」
ゴルベーザ様、後ろで深く頷くのはやめてほしい。セシルが目覚めないのは想定外だったにせよ、俺をこの体に導いたのはあなたでしょうが。
「俺は居心地がいいけどね。セシルの体にいれば、誰かさんに雑な扱いをされることもないし!」
ベイガンは唇の片端を吊り上げて笑っている。分かるぞ、ぶん殴りたい欲求を必死に抑えているって顔だ。
久しぶりに気楽なやり取りを交わしていると、セオドアが心配そうな顔で見上げてきた。
「お二人は仲が悪いんですか?」
「いや、すごく仲良しだよ」
「私も彼のことは家族同然に思っておりますよ」
「……」
うーん、思いきり疑ってる。まあ確かに、ファブール王女やエブラーナの忍者少年との会話を見ていた限り、セオドアの知る“友情”は俺とベイガンのそれに当てはまらないんだろう。
どっちかといえば腐れ縁みたいなものなんだけどな。
「兄弟みたいなもんだから、遠慮がなくなっちゃうんだよ」
「実の弟であればもう少し礼儀と気品を学ばせられたのですがね」
「訂正。兄弟ってより、親戚のおばさんみたいなものだな、ベイガンは」
ありがた迷惑なほど世話を焼いてくれるし、口喧しいし、親しい分だけ容赦がないし、今も近衛流の“教育”が飛び出しそうになっているし。
「暴力はまずいなー、近衛兵長。これはセシル陛下の体ですよ? バロンを統べる御方で、しかもゴルベーザ様の弟君ですよ?」
大袈裟に怯えて見せるとベイガンは凄惨な笑みを浮かべた。なんかちょっと気配が魔物に戻ってる。
「ヤト……お前が自分の肉体を手に入れる時が楽しみだよ」
……そういえばそうだ。あんまり調子に乗るとまずいことになる。
「セオドア殿下。俺ずっとセシル様の中にいてもいいですか?」
「嫌です」
即答って。そんな殺生な。
大人数に飽かせて皆が掃討してくれたらしく、月の中心核に近づいてもあまりモンスターの姿はない。
ところどころで大きなクリスタルの破片が散らばっていたので魔力の残っているものは回収しておく。
ベイガンのように、他にも蘇生させられたものがいたのだろうか。
「敵があなたを甦らせた目的は何だ? 俺たちの足止めにしては効率が悪すぎるよな」
妨害が目的なら一人の復活にクリスタル一つなんてもったいないことはせず、その辺にいる雑魚どもを強化した方が簡単だし戦力の増強にも繋がる。
「目的も正体も私には分からないが、一つ言えるのは甦ったのは私だけではないということだ」
そう言ってベイガンは背後のゴルベーザ様を振り返る。
「おそらくは四天王の皆様も、どこかにおられるでしょう」
「……そうか」
それでは他の仲間たちが既に戦っている可能性が高い。これまでに拾ったクリスタルは彼らを復活させて砕けたのかもしれない。
モンスターとはいえ、ゼムスに洗脳されていた時期のこととはいえ、かつての仲間だ。ゴルベーザ様は沈痛な面持ちだった。