11
ここにある理想
どれくらい降りてきたのか既に分からなくなっていたが、二時間ほど歩いて先を行く仲間たちと合流できた。
ここまでの道中でやはり四天王たちが甦っており、ファブールの父娘がスカルミリョーネと、ミシディアの魔道士たちがカイナッツォ、ダムシアン王とシド技師たちがバルバリシア、そしてエブラーナの忍者衆がルビカンテと対峙したという。
他にもルゲイエやバルバリシア配下の三姉妹までクリスタルの力で復活した、と……。ますますもって敵の目的が分からない。死者を蘇生するためだけに青き星のクリスタルを集めていたのか?
他の幻獣たち同様に操られていた召喚士リディアの育ての親である幻獣王と王妃もリディアの呼びかけによって目を覚ました。彼らによると幻獣神がまだ敵の手に落ちたままだそうだ。
月をぶつけて青き星ごと破壊しようとしているわりに、幻獣や死者を集めて何がしたいのか。
セシルの心の中で見た光景を思い出した。バハムートを連れたマイナスがバロン城を襲撃し、セシルと対峙して……。
「ゴルベーザ様。あの娘はセシルを襲った時に『所詮は半分の血か』というようなことを言ってました。あと『貴重なサンプルだ』とも」
「我らの月も襲撃を受けた。では敵の目的は月の民なのか?」
ゴルベーザ様を凌ぐほどの魔道士がごろごろいるらしい月の民を、殺すなり支配するなりが目的だとしたら。青き星にいた強力なモンスターを甦らせる意図としてなくはないか。
だが、ゼムスの行動を真似ているとしか思えないのが気にかかる。
バロンがクリスタルを集めるところから始まり、強大なモンスターと戦って、黒幕を探すため月の深部を目指す……。
「己の過去と向き合う、か。まるでパラディンの試練だな」
敵は俺たちを試しているのではないだろうか。
思い返してみるとカインがクリスタルを餌に取引を持ちかけた時も、マイナスには……カインを試しているような様子が見られた。
過去の戦いを再現し、その試練を乗り越える力があるか、観察している。試練の山の祠にいた光とやり口が似ている。
パラディンになり得る者、あるいはそれに相当する某かの力を与えられるに値する者を、選定している?
マイナスは終始に渡って無感情で、かつて月に昇ることを求めたゴルベーザ様のようながむしゃらな様子が見られなかった。
世界中のクリスタルを集めて何かをするのが目的なのではなく、それを奪い返しにくるものを見極めることこそが目的なのだとすれば。
間違いなく言えるのは、ものすごく鬱陶しい敵だということだな。
随分と深くまで潜ってきたが、急に景色が様変わりした。モンスターの影は一切見えなくなり、静謐な空気が辺りを満たしている。
磨き抜かれた石灰岩の床が続き、長い廊下の向こうには階段が。その頂点に備えられた玉座に、暗黒騎士が立っていた。
ローザたちが凍りつく。彼がゆっくりとこちらを振り返り、一歩を踏み出した瞬間、視界が揺らぐ。
「ヤト」
俺を呼ぶベイガンの声が遠い。暗黒騎士の視線を感じると身を焼かれるような心地だった。なくした半身を見つけてセシルの意識が目覚めようとしている。
慌てて辺りを見回せば、皆の姿は消えていた。先程までの玉座には暗黒騎士ではなく正装を纏った王の姿がある。
ここはセシルの心の中だ。ようやく声が届くようになった。
ぼんやりと俺を見つめる彼は自分の置かれている状況を理解できているのだろうか。
「セシル、そろそろ起きた方がいい。自分を取り戻すチャンスだ」
「君は……見覚えがある。もしかして、近衛のヤトか?」
おや、自分の精神世界に見知らぬ他人が入り込んでいるなんて驚くだろうと思っていたのに、意外と冷静どころか俺の名を知っていたとは。
「ベイガンからでも聞いてたのか?」
「ああ。亡くなったと知らされた時はショックだった」
「なんでまた。俺とあなたに接点はなかったはずだが」
「……赤い翼が実用化されなかったら、僕は近衛の道に進むつもりだったんだ」
ほう、それは意外だが納得できる話だな。彼は学生時代から卓越した剣技を持っていたが、王の強い勧めを受けて暗黒剣に鞍替えしたんだ。
何もなければ俺の同僚になっていただろう。ベイガンも彼のことはそれとなく目をかけていた。
昔のセシルは自分を拾ってくれたバロン王に入れあげていた。王が望むならどんなことにでも手を染めようと思い詰めるほどに。
カイナッツォが王に成り代わって人格が豹変するとようやく疑念を抱き始めたが、それでもギリギリまで王のやることなら間違いはないと信じていた。
この肉体に取り憑いて知り得たことがある。家族という拠り所のない彼だからこそ、王の寵愛に縋っていたのだ。
セシルは己を苛む孤独の根源を知らなかった。ゴルベーザ様の正体が暴かれるまでは。セシルがずっと一人だったのは、兄が彼を捨てたからだ。
暗黒騎士が姿を現したことからしても、マイナスが奪っていったのはセシルの憎悪、負の一面だったのだろう。カインやローザに心を開く前の、拠って立つ地が見つからずに苦しんでいた彼の心だ。
「ゴルベーザ様を憎んでいるか?」
「……」
仮に憎んでいるとして、それだけではないとセシル自身が一番よく分かっているはずだ。もし過去のすべてが後悔と憎悪だけで成り立っているのなら、目の前の“彼”は跡形もなく消え去っていたはずだから。
あの人がどうして弟を捨てたのかは俺も知らない。ゼムスに操られていたせいなのか、それともせめてセシルだけは守ろうとしたのか。
確かなのは、今の彼が昔捨てた弟を守るために目覚めて戻ってきたということだ。
耳をすましてみればいい。セシルの心が消えてしまわぬようにと、ずっと語りかけ続けるあの人の声が聞こえるだろう。
「兄さん……」
愛すべき妻がいて、誇るべき息子がいて、頼るべき友がいる。邪な魔法にそそのかされた兄君も、今はセシルの帰還を願い、罪を償おうとしている。
今この幸せを築き上げたのは彼自身だ。セシルの身に流れる半分の血、月の民らしい強靭な精神が輝きを取り戻しつつあった。
「まあ、どうしても憎みたければ憎んでもいいと思うぞ。実際ゴルベーザ様は“世界の敵”だ。彼を殺せば泣いて感謝する者も多いだろう」
「でも君は……“ゴルベーザ”に仕えているのでは?」
「俺の事情など関係ない。あなたはどうしたい? 彼のせいで不幸な目に遭った、ムカつく、許せない、そんな怒りや憎しみだって素直な感情だ。結局……」
「結局、大事なのは心、か」
そう。バロンでの地位を捨て、陛下に逆らってまでも己の信念を貫き通したように、歩むべき道を定めるのは自分の気持ちだ。
「自分の心に素直に生きればあまり後悔しなくて済む。人生を振り返った時に挫折や失敗があったとしても、最後に俺は好きなように生きたと言えるならそれでいいんだ」
俺は近衛になって後悔なんかしていない。負け惜しみだと嘲笑う者もいたが、竜騎士になっては得られなかった多くのものと出会えたからな。
近衛の皆もそうだし、今となってはカインたちも同じだ。もし竜のいないまま竜騎士団に残っていたら俺は、カイン殿の才能に嫉妬していただろう。
いろいろ煩わしいことも多い人生だったが、俺は結局「魔物と化してもまだ生きたい」と思える日々を過ごしてきたわけだ。
「……ゴルベーザを憎んだこともある。孤独に生きた過去は忘れられない。それでも……僕は、また家族として兄さんと生きていたい」
きっとセシルも、自分の中にある負の感情を受け入れたカインも、他のどんな者たちでも。葛藤に悩まされながらそこにある幸せを探して生きていくんじゃないか。
視界が霞む。俺の意識は表面化していないが、今頃セシルの肉体は暗黒騎士と対峙しているはずだ。暗黒剣によって精神が刈り取られているのだろう。
セシルの迷いは消えていた。今なら過去の憎悪に負けはしないはずだ。自分の心を取り戻し、闇へと誘う声になど惑わされない。
「捨てられてよかったな。お陰で幸せになれた。ゴルベーザ様を見てみろ、未だに独身だし、いばらの道を歩んでる真っ最中だし、そのうえ独身だぜ」
ああならなくて済んだのは幸運だと笑えばセシルもまた苦笑を返してくる。
「君も独身だったと思うんだけどな。お見合いをすべて断ってたんだろう?」
「それは女性が苦手なので……って俺の話はどうでもいい」
危うく余計な話までしてしまいそうになった。世の中には絶望的なまでに結婚に向かない人間もいるのだ。
「一つ、いいかな。ヤト……君は、僕が目覚めたら消えてしまうのかい?」
「いいや。この肉体から離れるだけだ。ベイガンのように魔物となって甦るつもりだから、討伐しないでいただけるとありがたい」
ゴルベーザ様がそれを望まない限りバロンと敵対するつもりもない。セシルは徐に頷いた。
「魔物の近衛兵というのもいいんじゃないかな?」
……えっ? それはかなり、斬新だな。