04
それでも願います
魔導の研究もいいけれど、それよりもまず魔力回復の手段を充実させてほしいと切に願う今日この頃。エリクサーが支給されるのはとてもありがたく思います。でも味に進歩が見られないのが難点です。
決して不味いのではない。その混沌とした液体は不味いかどうかも分からないのだ。いつ飲んでも予測不可能な想像を絶する味が広がる。いやこれはもう味ではなく衝撃、衝動、もはやダメージ……。
そんなことを考えながらエリクサーに噎せていた私のもとに、沈痛な面持ちのレオが帰ってきた。私と目が合うなり彼は言った。
「サウスフィガロに行こう」
「またですか」
「ああ。魔力は回復したか?」
「……してません」
「ではすぐにテレポを唱えてくれ」
回復してないと言っているのに軽く無視されてしまった。やっと帝都に戻ったのに今度はサウスフィガロまでなんて、向こうに着いたらまたエリクサーを飲まなきゃいけなくなるじゃないですか。
年も明けたとはいえたった三ヶ月の間にサウスフィガロとドマを行ったり来たり。随分といいように使われている気がする。彼もだけれど、私もだ。上層部は私を餌のいらないチョコボだとでも思っているのではないだろうか。
テレポなんて修得しなければよかったといつもの愚痴を吐く私を見やり、レオは困惑した表情でため息を吐いた。どうも彼自身あまり行きたくないようだ。
「今度はどんな御命令だったんですか?」
「セリス将軍が我々を裏切った。こちらの情報を反乱軍に漏らしていたのだ。彼女を尋問しなければいけない」
「何を言ってるんですか」
「それが陛下のお達しだ。もちろん、本当に彼女が裏切ったわけではないのだが」
そういう作戦だと彼は苦々しげに吐き捨てる。皇帝の命令に対してこんな態度は珍しい。よほど馬鹿げた話なのだろう。もちろん、あのセリス将軍が祖国を裏切るなんてあり得ない。
反乱軍本部の所在を捜索する予定だった軍がサウスフィガロで足止めを食らっている。これは八年前と同じ工作員が情報を撹乱しているものだと思われた。
「セリス将軍を裏切り者に仕立てあげて彼らのもとに送り込む……」
「何のために? というか、どうやって? 彼女はスパイ任務になど向いていませんよ」
「私よりはマシだ」
「……それは、まあ確かに。閣下には無理でしょうね」
でも将軍自らリターナーの前に身を晒すなんて危険すぎる。良くても捕虜として捕らえられるか、悪くすればそのまま殺されてしまう可能性もあるだろうに。
眉をひそめる私に、レオは「言うな」と首を振った。
「セリス将軍は帝国に反逆心を抱き、捕縛されてサウスフィガロに移送されたことになっている。牢で拷問を受け処刑を待つ身だ。そこに反乱軍の者を誘き寄せる。うまくすればセリスは彼らの一味に加わり、共にナルシェの幻獣のもとへ行くだろう」
「そして氷漬けの幻獣を奪わせる? 無茶なことを……」
ナルシェは中立を気取っていたけれど、フィガロ王が動いている今や三勢力が手を組むのも時間の問題だ。要害の地であるナルシェに軍を送り込んでも幻獣奪還は困難だろう。……もしリターナーに潜り込めるなら確かに有効な手段ではある。
しかし不名誉だ。少なくとも将軍にやらせる仕事ではない。
なんとかして私がナルシェに侵入し、氷漬けの幻獣を抱えてテレポを試みた方がいいのではないかと思うくらいだ。おそらく皇帝はセリス将軍をリターナーに送り込むことで、あわよくばティナも取り返したいと考えているのだろうけれど。
レオは私に予備のエリクサーを持たせ、早く魔法を唱えるよう促した。
「陛下のお考えは分からない。しかし彼女が潜入に成功すれば、ナルシェやフィガロと戦わずとも幻獣を手に入れられるだろう」
幻獣を取り戻しに来るほどの力はない。全面戦争は避けられる。……そのためにはセリス将軍が裏切り者であると敵に信じ込ませなければいけない。
「それなら私が一人で行きます」
彼女にスパイ任務を課すのも気が引けるけれどそれ以上に、拷問なんてレオの仕事ではないだろう。だから彼も乗り気ではないんだ。暴力に走らずともリターナーの目を誤魔化すことはできると思う。たとえば敵の眼前で私がセリスに打ち負かされてみせてもいい。
一人でサウスフィガロに行ってしまおうとテレポを唱える私の腕を、レオは思いのほか強い力で掴んだ。
「部下が工作員の潜入を許してしまったのだ。私も行かねばならない」
この人も、もう少し不真面目になれたら楽に生きられるだろうに。
視界が暗転し、次の瞬間には久しぶりの屋敷に立っていた。金を詰まれて故郷を売った貴族はレオの顔を見てホッとしたようだ。少し町の秩序が乱れていたのかもしれない。
引き継ぎを行うレオをよそに私は一人で地下牢に向かった。勝手に拷問を始められていては困る。しかし……牢にセリスの姿はなく、気絶して縛り上げられた見張りの兵士が転がっているだけだった。
この屋敷には秘密の抜け道がある。彼女は既にリターナーの工作員と合流して脱出しているのだ。敵の行動が早すぎる気がした。ただ反逆の疑いをかけられて拘束されていたというだけで、あの用心深いバナンが帝国の常勝将軍を仲間に引き入れようなどと考えるだろうか。
気配を消して通路を進む。奥から男女の声が聞こえてきた。
「無理だ……この足で、逃げ切れはしない。ならば潔くここで……」
「諦めるな。俺が守ってみせる! さあ、行くぞ」
見知らぬ男がセリスに肩を貸して、彼女は足を引き摺るように歩いていた。腹の底から静かな怒りが湧いてくる。無断で彼女に“尋問”を行ったのは先ほど転がっていた男だろうか。後でたっぷりと褒美をくれてやらなければ。
警戒の姿勢を解いて足音を響かせると、セリスを支えていた男がすぐにナイフを抜いて振り返る。彼女を庇う姿勢を見せたのが意外だった。
「リオ!?」
「敵か!」
「待ってくれ、彼女は……」
痛みに顔をしかめながらも、敵意をあらわにした男をセリスが引き留める。ケアルを唱える魔力も残されていないようだ。おかしい。彼女が裏切り者であると印象づけるためだとしても、貴重な人造魔導士を相手に皇帝がここまでするだろうか?
疑念に首を傾げていると、男にしがみつくように立っていたセリスが困惑して呟いた。
「な、なぜ……あなたがサウスフィガロに? まさかレオ将軍も一緒なのか? ドマにいたはずでは……」
「あなたが帝国を裏切ったと聞いて呼び戻されたのです。ドマでは魔導師ケフカ様が指揮をとっておられるでしょう」
私の言葉を聞くなり彼女の顔面は蒼白になった。……ろくでもない輩に尋問を受けるよりは、私が来た方が安心してくれるかと思っていたのだけれど。どうやら私たちは歓迎されていないようだ。
「あなたほどの人が祖国を裏切るとは。濡れ衣と信じたかったのですが、その様子では真実らしい。とても残念です」
「たとえ祖国のためだとしても……私は、己の正義に反してまで、血と憎悪に塗れた身で生きたくはない!」
それにしても、この切迫した表情はとても演技とは思えなかった。まるで本当に、本心から帝国を捨ててリターナーのもとへ行こうとしているかのごとき切実さを感じるのはどういうことか?
セリスが制止すれば、彼女に肩を貸している青年も私を注視しつつ敵意を向けようとはしない。もしやセリスは本当にリターナーと通じていたのではと疑念が芽生える。彼女にこんな器用な演技は不可能だ。
「反乱軍に情報を流し、この町に混乱をもたらしていたのがあなただというのは本当ですか?」
「何? 私は、そんなこと……」
「サウスフィガロの軍を足止めしていたのは俺だ。だが、彼女とはついさっき初めて会ったばかりだぜ」
「やはりあなたはリターナーの者なのですね」
「“反乱軍”じゃなかったのかい?」
呼称などはどうでもいい。セリスが本当に帝国を捨てるつもりならそれを見逃そうとする皇帝の意図はどこにある? 彼女は容易く失っていい駒ではない。
それとも帝国に愛想をつかした彼女を連れ戻せる算段があるというのか?
「リオ、ケフカはドマの民を毒殺する計画を企てている。あなた方が呼び戻されたのは、きっと……レオ将軍の目を逸らし、奴を野放しにするためだ」
「毒ですか……しかし城内には帝国兵も多く囚われています。そのような策が採られるとは思えません」
「あの男が人の命など気にかけるものか!」
港は破壊され城は包囲され、ろくな補給も行われない中でいたずらに捕虜を増やせばドマは早晩自滅するはめになる。だからレオは長期戦の構えで突撃を控えていたのだ。
でも皇帝はレオを呼び戻した。そして後任は敵どころか味方の命さえ軽んじる魔導師ケフカだ。今回の戦、兵のほとんどはツェンやマランダで徴集された者たち……皇帝が毒を流すことを許したというのか? 短期決戦のために?
手紙は皇帝陛下直筆のものだった。あれが毒の使用など許さぬレオ将軍をドマから遠ざけるための謀略だと? 確かに、ケフカを残した意図は明白だ。
セリスを裏切り者に仕立てあげ、反乱軍に潜り込ませるために。だから……毒を使ったということか。彼女に演技はできない。“本心から”リターナーに身を寄せる決意を固めさせるためにわざと非道な真似を。
「リオ……陛下は、もう、変わってしまわれたのではないだろうか」
私はそうは思えない。ケフカの毒もセリスの裏切りも皇帝の意図を孕んだものならば、その先にあるものは依然として変わりないはずだ。これは理想に辿り着くまでに流れる血の一部に過ぎない。
「この人は、リターナーの者だという。私はそこへ身を寄せるつもりだ。……あなたも共に来てくれないか」
「馬鹿なことを言わないでください」
私が反旗を翻せばツェンはどうなってしまうというのか。彼女が正義のために祖国に尽くせぬというならば私は逆だ。祖国のためならこの身がどれほど汚れようとも構わない。
ドマが滅びるならば、陛下が痺れを切らす前に勝利を捧げられなかった私たちの責任だ。それでも帝国を離れることはできない。
どれほど多くの人々が血反吐を吐くことになったとしても、私には守らねばならないものがある。
剣帯を外し、鞘を掴んで二人に差し出した。戸惑いながらも受け取ったのはリターナーの青年だ。セリスは呆然とそれを見つめている。
「誕生日の贈り物です。本当はもっと、別のものを用意したかったんですけど」
「リオ……」
「剣を構えて。魔力を回復しなければ」
言われるがままに私の剣を抜いたセリスが刀身に意識を投じる。私がヘイストを唱えると、魔法は発動することなく純粋な魔導となって彼女の中に吸い込まれた。これで傷を癒すこともできるだろう。
「私は何よりも故郷の繁栄を願っています。断じてリターナーに与する気はありません。あなたも帰る場所を失う覚悟はしておくことです、セリス将軍」
「皇帝の欲望に際限がないのなら、ツェンだってどうなるか分からないわ! お願いリオ、私と一緒に……」
「ナルシェ方面に向かってディッグアーマーが派遣されているそうです。どうか、ご武運を」
未だ懇願しようとする彼女に背を向け、来た道を戻る。レオが降りてこないよう足止めをしなければ。鉢合わせればきっと彼はセリスがスパイなどではないと気づいて余計なことを言うだろうから。
……皇帝の欲望に際限がないのなら、彼が肥え太るほどに民もまた潤うことだろう。少なくとも私の故郷は帝国の旗のもと恩恵を授かっている。
結局のところ、仲間を守りたければ敵を殺すしかないのだ。それでも私は、きっとその先に理想があると信じたい。