03
ゾットの塔は青き星に降りた同胞の居住空間として大昔から利用されてきた。バブイルを建てた先祖もここで寝泊まりをしたという。
おそらくは伴侶を見つける前のクルーヤたちも滞在したのだろう。その塔の一室に、息子のゴルベーザが暮らしている。なんとも言えない感じだ。
皆がゼムスに殺された今もう人間はゴルベーザと私しかおらず、ゾットの塔は主にモンスターの住み処となっている。
住み処というかむしろモンスターの蔓延るダンジョンかな? 私の性格が大雑把なせいもあるのだろうが意外にも住み心地は悪くない。
そしてゼムスの精神支配を受けて自我が薄くなっているゴルベーザも、モンスターに囲まれる日々に違和感も抱かず気楽にやっている。
こうしてみるとやはり思うのは、べつに私たちが今すぐ青き星に降りちゃってもいいんじゃん? ってことだ。
郷に入りては郷に従えともいうじゃないか。私は館の年寄り連中ほど真なる故郷とその文明に執着がない。月の文明なんて捨ててしまっても構わない。
私たちは滅びた種族なんだ。帰るべきところは最早どこにもない。この青き星に住まわせてもらい、そこで素直に新しく生まれ変わればいいのに。
こうして魔物とでさえも混じり合えるのだから、月と大地が交わる程度、なにも難しくはないだろう。
とはいえ真面目にこの星の人間として生きてゆくのは確かに面倒でもある。
月の館にいた頃はスリープポッドがいつでも私たちを清潔に保っていたし、何も食べなくたってクリスタルのエネルギー波が生命活動を維持してくれていた。
だがここでは自力で生活していかねばならない。人間として当たり前の活動ではあるのだが三十年の眠りから覚めたあとでは煩わしい作業に感じてしまう。
たぶん私たちは進歩しすぎたのだな。それでいつの間にか根っから怠惰になり、生きていくことにも無頓着になっていた。
美味しいものが食べたいとか、風呂に入ってスッキリしたいとか、ふかふかのベッドで眠りたいとか。何かしらの欲求を抱かないことには精神が腐っていくばかり。
私たちの方こそ青き星に学ぶものは多いのだろうとここに来てから思う。なんてったって生まれて始めてまともに“生活”しているからね私。
さて、ゴルベーザが晩ごはんを作ってくれているので私はその間に塔全体と風呂の掃除だ。といっても要所要所にパープルババロアを投げ込んでいくだけ。
基本的に散らかりやすいのは塔の管理者でもあるバルバリシアが住むエリア。彼女は好奇心旺盛かつ飽きっぽいので私室にすぐ物が増える。
一応ゴルベーザが注意すれば配下に片づけさせるけれども、数日後にはまた新しい物を散らかしているのでいたちごっこだ。
ルビカンテも整理整頓が苦手らしい。こちらはバルバリシアと違って凝り性なのだが何かに没頭すると他のことがまるで見えなくなってしまう。
人間の書物を大量に入手してきては読み耽り、新しい本に夢中になっている間に読み終えて積み上げた本が雪崩を起こしても気づかない。
意外や意外、カイナッツォはそこのところ優等生だった。カイナッツォの暮らしている部屋には必要最低限の物しか置いていない。
なんといってもあのカメは変身魔法を駆使して各人の部屋に忍び込み、興味の惹かれるものを勝手に使っているから私物を増やす必要がないのだ。
で、散らかる上に掃除しても掃除しても毎日いつも薄汚れているのがスカルミリョーネの部屋だった。
こやつのかわいいアンデッドたちが歩き回るたびにあちこち腐った肉片だらけになるので困る。パープルババロアは大喜びで食べてるけどね。
そしてスカルミリョーネ自身にも問題がある。アンデッドに清潔感など求める方が無謀なのかもしれないけれども。
「いい加減にそのローブ洗濯させろ!」
「断る」
かなり匂うんだよ。腐臭が染みついて凝り固まっている。このままでは早晩、私の鼻が死ぬ。
そもそもの話として。
「なんでスカルミリョーネっていつもローブ被ってんの?」
バルバリシアは一応、申し訳程度に服を着てるけどカイナッツォとルビカンテは裸だ。甲羅を背負ってたり炎のマントを纏ってたりするけど、要は裸だ。
魔物ってのはそもそも裸で過ごすことが多い。高位ならば精霊に、低位ならば動物に近い存在の彼らは人間のように羞恥心から体を隠すようなことはしない。
まあバルバリシアと彼女の配下たちが服を着ているのはゴルベーザを慮ってのことだろうな。四天王を仲間にしたのは思春期真っ盛りの頃だったそうだし。
だったら、目の前のアンデッドさんはどうして服を着ているのかな? もしやバルバリシア並みに目の毒な“ないすばでー”だったりは、しないだろうけど。
「ねー、なんでスカルミリョーネだけはいつもローブ被ってんの?」
「……」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。ならば死人にくちなし、私はスカルミリョーネのローブの裾を掴んで思い切りめくりあげた。
「えいっ」
同時にげんこつが飛んできた。
いてーな、ケアルできない私に向かって全力で殴るとかなんてことするんだ。ちょっと痛い程度でアレイズ使うなんて魔力の無駄遣いすぎるわ。
ぶつくさ文句を言いつつ高位魔法で回復する私にスカルミリョーネはちょっと引いている。
アレイズをかけて死にかけている隙に脱がすというのはどうだろう。その閃きを察したのかスカルミリョーネはローブを握り締めて後退った。
「……私にちょっかいをかけるな。暇ならバルバリシアとでも戯れていろ」
違うね、こちとら暇で遊んでいるわけではなく、必要に駆られてスカルミリョーネのローブを洗濯しようとしているのだ。
「バルバリシアなら素直に脱いで洗濯させてくれるのになー」
むしろ勢いよくすっぽんぽんになられるので困るくらいだった。もう少し羞恥心を持ってもいいのよ。スカルミリョーネはちょっとバルバリシアを見習え。
「乙女じゃあるまいし何を恥ずかしがってるんだか。ローブが臭い方が恥ずかしいでしょうに」
「……私自身から腐臭がするのだ。ローブだけを洗ったところで無意味だろう」
「じゃあスカルミリョーネも洗えば? 一緒にお風呂入る?」
「馬鹿を言うな! 体が崩れる!」
それもそうか。まあさすがにゾンビーほど柔ではないから崩れはしないだろうけどスカルミリョーネを風呂に入れると後の掃除が大変そうではある。
それにしても、ねえ。ローブが耐え難く匂ってきたのはここ数日だ。スカルミリョーネ自身の腐臭はあまり関係がないように思う。
「……ホールド」
「!?」
がっつり魔力をこめた魔法で動けなくした隙にスカルミリョーネに抱き着いて、首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでみる。
「な……な……アグラーヤ! 何のつもりだ!?」
「うーん。べつにアンデッド臭は平気なんだけど」
「……」
「やっぱ腐敗臭とは違う。ローブが臭い。洗えば解決する」
絶句しているスカルミリョーネは無視してローブを剥ぎ取った。もうほとんど襤褸きれだな。
これが何年モノなのかは知らないけど、いっそのこと新しいローブに取り替えてみたらどうだろうか。こんな雨合羽みたいな辛気くさい布切れじゃなくてさ。
「野暮ったいし、顔が見えないと根暗な感じするんだよねー、これ」
まあスカルミリョーネの場合は見た目だけじゃなく性格も実際に根暗だというのもあるだろうけれど。
とにかくローブはいただいた。洗濯してフローラルな香りにしてやるぜと宣言すれば、スカルミリョーネはげんなりと表情を歪める。
そうそう、やっぱり顔が見える方がいいよね。
ローブをひっぺがされて顔を隠すフードもなく、スカルミリョーネは非常に不機嫌だった。
物怖じする人間ならアンデッドの機嫌を損ねることを恐れてローブを返すのだろうけれども生憎と私はそんなに殊勝なタマじゃない。
この臭いローブはきれいに洗濯して、薔薇の香りとかにして返してくれるわ。ふはは!
「……顔を、晒しているのは落ち着かん……」
「慣れれば大丈夫でしょ。かわいいのに卑屈になるなよ」
「目が腐っているのか?」
そりゃあんただ、アンデッドさん。なるなと言ってもどうにも卑屈なのは今までもらった“好き”が足りなすぎるんだろう。
やたらと突っ張った態度をとるのだって裏を返せば本性を見られて嫌われるのが怖いなんて臆病心でしかない。
まったく、その心を透かして見れば、めんどくさくてかわいくて、仕方のないやつだ。