04
すごい発見をしてしまった! 風を司る魔物であるバルバリシアの体は宙に浮いている。彼女は常日頃から歩くということを知らない。
また決して低くはないその身長の更に数倍ほどもある長い髪の毛も、常にそよそよと浮かび地面に引きずられることはない。
つまり、彼女の周りにはいつも心地好い風が吹いているのだ。
お風呂上がりにバルバリシアの近くにいると、すごく気持ちいいのである!
「あー、素晴らしい。天然ドライヤー」
「なんだかよく分からないけれど雑な扱いを受けている気がするわ」
「いやいやいや、バルバリシアの能力に感謝と畏敬の念を捧げているところでして」
「……腑に落ちないわねえ」
そう言いつつもバルバリシアは私の髪がふわふわと風に舞うのを面白そうに眺めてはたまに摘まんだり引っ張ったりしてじゃれついている。まるで猫だ。
それにしても、ちょっと髪が伸びてきたな。三十年間、止まっていた時間が急に動き出したので急いで大きくなろうとしている気がする私の体。
爪も伸びるのが早いんだよなー。切るのが面倒だからゆっくり成長してほしいものです。でも爪はともかく髪は、短くしたらバルバリシアが怒りそうだ。
涼やかな微風を浴びつつ髪を乾かしていたら、もう寝る前だというのにビシッと決めたゴルベーザが通りかかって眉をひそめた。
「リオ」
「やあゴルベーザ。えーと……」
こういう時のあいさつってどうすればいいんだろう。おはようでもなくおやすみでもなくこんにちはでもない。青き星には適切な言葉があるのだろうか。
バルバリシアの風に身を任せる私に顔をしかめていたゴルベーザは、そのままどこかへ立ち去ったかと思うと、すぐにタオルを持って戻ってきた。
「きちんと水分を拭き取ってから風に当たらねば冷えて風邪を引くぞ」
ちょっと怒った口調でそんなことを言いながら私の頭を拭き始める。お前は私のお母さんか!
彼が親元、つまりクルーヤのところで暮らしたのはほんの幼い頃までだが、教育はしっかり行き届いていたようだ。
ゼムスの精神支配で記憶があやふやになっている今でもゴルベーザは自立した生活を送っている。自堕落な月の民にない性質は母親譲りのものだろうな。
お母さん……お母さん、か。文化として理解しているだけだがきっと私にもそれに類するものがいるんだろう。
もしかしたら今も月で眠っているかもしれないし、でなければ大昔に死んでいるかもしれない。その存在に対して然したる感慨はなかった。
私たちには元々、家族と他人の区別があまりない。古くから近親交配を繰り返しているせいでもあり、眠りのお陰で家族といえど共に過ごす時間がほぼないせいでもある。
起きている時間を長く一緒に過ごしたゼムスやフースーヤの方が、私の兄弟といったような印象が強い。
そんな彼らとでさえ私の眠りで三十年の差が開いた。いちいち“家族”なんて思い入れていたら心が持たないんだ。
でも、共に命を育み、共に時間を過ごすそのシステムは、私たち月の民の強い憧れではある。
普段なら少し強すぎるかと思うくらいの力が入っているはずなのに、がしがしと頭を拭くゴルベーザの手の感触が気持ちいい。
マッサージを受けて微睡む私をじっと見つめていたバルバリシアが不意にぽつりとこぼした。
「……あたしも風呂に入ろうかしら?」
「え、何のために?」
人間とは肉体のつくりが違うのだからバルバリシアが発汗や排泄物で不潔になることはない。基本的に魔物は匂いなんてしないのだ。
アンデッドたるスカルミリョーネは腐敗臭がするけれどもカイナッツォ、ルビカンテ、そしてバルバリシアは無味無臭。特に入浴の必要はない。
しかしバルバリシアの発想は斜め上から落ちてきた。
「風呂に入ればゴルベーザ様に髪を拭いてもらえるのでしょう?」
「……」
名を挙げられてゴルベーザが呆然とバルバリシアの髪を眺めている。ざっと5m近くはあろうかという美しい金髪を。
これが水に濡れているとして律儀にタオルで拭いていたらその作業は何時間くらいで終わるだろう。私の頭を拭く手も止まった。
「あー、でも雑魚モンスターならともかくバルバリシアは風を司っちゃってるからね。拭くまでもなく、水は弾いちゃうと思うよ?」
反属性でこそないものの、自分の力に類するものではないからバルバリシアの体は水を拒絶する。雨の中を飛んでいても濡れないのがその証。
すると今度はバルバリシアがショックを受けて固まってしまった。
よほど私が気持ち良さそうに見えたのか、単にゴルベーザとスキンシップをはかりたいだけなのか、バルバリシアはどうしても髪を拭いてもらいたいようだ。
まあ、力が漲っている時なら水なんて弾いてしまうだろうけれど、弱っていれば普通の生物のように濡れそぼることも可能だろう。
「自分の力を抑える特訓でもすることだねー。ルビカンテに付き合ってもらって」
それは日頃の戦闘にも役立つはずだし、やって損はない。バルバリシアは半ば納得しつつも不機嫌そうに眉をひそめた。
「仮に特訓をするとしてもルビカンテには頼まないわよ」
そうか。でもルビカンテなら容赦なく鍛えてくれそうだからいいと思うけどな。
あとは、この超長髪が乾くまで何枚ものタオルで拭き続けなければいけない未来に思いを馳せて帰ってこれないゴルベーザを救い出さなければ。
さっきから私の髪を掴んだままずっと固まっている。
「バルバリシアが無事お風呂に入れるようになったら、私も一緒に髪を拭いていい?」
「ええ、リオなら触れても構わないわよ」
上機嫌で私の助力を承諾したバルバリシアに、ゴルベーザが安堵の息を吐いてようやく動き出した。
心配しなくても、どうせ髪を拭ききるまでもなく途中で飽きてバルバリシア自身がどっかへ行ってしまうと思うよ。
早速配下と共に力を抑える特訓をすべくバルバリシアは飛び去っていった。後に残されたゴルベーザは私の髪を拭くのをやめて今度はブラシをかけ始める。
犬になった気分だ。気持ちいいから、べつに犬でもいいけどね。
こうしてのんびり過ごしているとゼムスの封印を解くのを手伝ってやるという約束をついつい忘れそうになる。
クリスタルは地上に四つ、地底にも四つ。モンスターをかき集めて軍勢を増やしても一ヶ所ずつ攻め落とすのはなかなか難儀なことだろう。
特に面倒なのは抵抗の激しそうな水と土のクリスタル、そして地底の闇のクリスタルだろうか。
特に魔道士の村を相手に真っ向勝負を仕掛けるのは被害が大きくなるから避けたい。といってこのゾットの塔を動かして空から攻めるにも大変なエネルギーを要する。
ゴルベーザは侵略に備えてドラゴンを集めているようだけれど、バロン王国には飛空艇部隊があるというから、きっと邪魔しに来るはずだ。
そう、バロン王国……クリスタルを持たず、技術で発展してきた武力国家。青き星の文明がどれほど進んだかを見るには最適だった。
「まずバロンに潜入するのがいいかもね」
髪をブラシに引っ張られて頭をかくんかくんさせながら言うと、ゴルベーザは手を止めた。
「バロンは最初に攻め落とすつもりだ。そして飛空艇部隊を使って各国のクリスタルを奪う」
飛空艇を奪えるなら、こっちの戦力が高まるうえに横っ腹から不意討ちを食らう心配もなくなる。
「もう一手ほしいところだね。最初にバロンと戦争してしまうと得るものが少なくなるし、他国を警戒させてしまう」
しばし思案に耽ってから、ゴルベーザは何かを思いついたようだ。
「国王を支配すればいい。王が私の操り人形になれば、戦わずともバロンの武力がまるごと手に入る」
「うん。よさげな案だ」
問題はどうやって王宮に入り込むか、だな。ゼムスなら簡単だろうけれど私とゴルベーザには遠く離れた見知らぬ他人を支配するほどの術がない。
王のそばに張りついてじっくり洗脳しなければいけないだろう。王宮で働けたら手っ取り早いのに。
「近々、私がバロンに行ってみるよ」
国王とは接触できなくても要職にある者を何人か支配できればかなり楽になる。でもゴルベーザはあまり乗り気ではなかった。
「……危険ではないのか?」
「大丈夫、まだ動き出してないんだから警戒されようがないって」
心配そうな顔ができずに不機嫌になっているゴルベーザに苦笑して頭を撫でる。
「リオさんに任せておきなさい」
頑張ってクリスタルを手に入れる。ゼムスの封印を解いて、ゴルベーザの支配も解かせて、きっと二人とも自由にしてあげるから。