05
今夜は満月なのでマジックアイテムの精製に励むとしよう。俗にソーマの雫と呼ばれる、飲めば魔力が上がる逸品だ。
月ではありふれていたのだけれど青き星では珍しいようでほとんど見かけなかった。
原料になるハーブがこの大地では育ちにくいのだろう。太陽の光を避けて育てなければいけないので自然に生えたものを見つけるのは確かに困難かもしれない。
ハーブをしぼって杯に雫を溜め、幻獣神の魔力に満ちた月光を注ぐ。
ここからは自分の魔力を操作して慎重に醸造するのだけれど、私はその行程が苦手なので適当かつ豪快にガバッと魔法を注いだ。
こういう繊細な作業はゼムスが得意だった。子供の頃、一緒に作りまくったのを思い出すな。
フースーヤが質のいいハーブを育てて私が魔力を発し、ゼムスがそれを凝縮して雫に籠める。クルーヤは味見するだけのお得な係だったっけ。
製法をゴルベーザに教えていないのは、力を持たせ過ぎると反逆の可能性が出てくるからだろうか。まあ私は飲ませちゃうけどね。
ゴルベーザは今のままだと魔力が物足りないのだ。
草汁に月光を浴びせながら逆アスピルを繰り返すという不審な私の様子を、バルバリシアとルビカンテが興味深そうに覗き込む。
そういえばこれ魔物にも効くのかな? 月でも人型のモンスターは自分で醸造して飲んでいたような。
「それ、ソーマの雫? 自分でも作れたのね」
「便利なものだな。量産できれば戦力の底上げに繋がるのではないか」
ルビカンテの言葉にちょっと考え込む。ゴルベーザに飲ませる予定だったけど、四天王やその配下のモンスターたちに飲ませて全員の魔力を上げるか。
「……そんなに量がないから無理かな」
これの原料だってたまたま遊びに行った洞窟でちょっぴり見つけただけだもの。
製法自体は青き星にも伝わっているはずだ。月の館の記録には御先祖が植物の種とソーマの製法を持ち込んだと書かれてあった。
やはり原料の入手に難がある。月から持ち込んだ種を彼らがどこに植えたのかは記録が残っていないし。
きっと地下深くの洞窟でも探せば原料が自生していると思うんだけど。
ゼムスが作った時は魔力含有量を少な目にしていた。しかし私がありったけの魔力を籠めればゴルベーザと四天王の分くらいは作れる。
できあがったソーマの雫を、まずルビカンテが飲み干した。競うようにバルバリシアも杯を傾ける。
「久々に作ったけど、ちゃんと効果出てるかな」
作り方自体は簡単だ。アスピルが使えれば誰だってできる。ただ逆さまに唱えなければいけないのでちょっとしたコツは必要だ。
問題は味だな。月にいた頃はフースーヤが美味しく味つけしてくれたけど素のままのソーマはわりと不味い。
まあ、ルビカンテとバルバリシアは魔物だから味なんて気にしないはず。
一気にソーマの雫を飲み干したルビカンテはしばらく硬直していた。ま、不味いの?
「リオ」
なぜか肩を掴まれる。真顔で私を見つめるルビカンテの全身がごうっと音を立てて燃え盛った。
「あっつぅ! ちょっとルビカンテ、火抑えて!?」
慌ててシェルを唱えつつ離れようとしたら、背中から何かが思い切り激突してきて私はルビカンテの熱くて厚い胸板に顔面をぶつけた。
痛いし、炎が強まってるし、ルビカンテは何を思ったか私を抱き締めるし。焼き殺される!
「あの、ルビカンテ……」
本当に炎を抑えてくれないと私の髪がチリチリになってしまいそうなんですがと腕の中から逃れようとしたところ、なぜか頬に切るような痛みが走る。
「えっ?」
指で触れると血が流れていた。き、切れてる? 切られた?
「ほほほ……」
怪しげな声におっかなびっくり、ルビカンテに抱かれたまま振り返ると妖艶な笑みを浮かべてバルバリシアが迫ってきた。
あの、バルバリシアさん? 軽く竜巻が発生して、床やら壁やらズタズタに切り裂いてますんですが。私の頬っぺたを切ったのってまさかあなた……。
「力が漲ってくるわ。これは素晴らしいものよ、リオ」
「お、お褒めに与り、どうも?」
「ご褒美をあげるわ」
彼女の配下なら一発昇天間違いなしの素晴らしき笑顔でバルバリシアは、ルビカンテに抱かれる私に抱きついてきた。
「あだっ、ちょ、痛い! 鎌鼬みたいなのがっ!」
正面からは身を切り裂く暴風、背中には皮膚を焼く灼熱、私は瀕死でピンチ!
さすがに四天王二人を振り払う腕力はなく自分にアレイズ唱え続けて前後から襲いくる竜巻と火炎を凌ぐのに必死だった。
始めバルバリシアの風から守ってくれてるのかと思ったルビカンテは実際ただ私を抱き締めつつ頬擦りしているだけだ。こんな時に懐かれてもな!
「お前の馬鹿みたいに豊富な魔力量はこれが原因だったのだな」
確かに子供の時からゼムスやフースーヤと一緒に山ほど作ってがぶ飲みしていたけれども。こんな風に暴走したことは一度もないぞ?
何なんだ二人とも、バーサクでもかかってるのか。ソーマにそんな効果はない。もしや魔物に飲ませるとこうなる?
「リオ、おかわりはないのか?」
「分かった作るから抱きつかないで焼け死ぬ」
我が同胞の古き故郷の歴史には、真鍮製の雄牛の入れ物に罪人を閉じ込めて下から火で炙り、徐々にその身を焼くという刑罰があったとか。
今その感じ! あつ! しぬ! 髪の毛どころか全身チリチリのメラメラになってしまう!
「熱い熱い熱いマジで無理ほんとごめんなさい離して」
「ちょっとルビカンテ、抜け駆けするんじゃないわよ。リオ、あたしにも作りなさい」
「痛い痛い痛い風で切れてる切れてるし燃えてるからあああ!」
我が同胞の古き故郷の歴史には、金属製の熊手で拘束した罪人の全身をくすぐるように引っ掻いて、最終的には身も骨も切り裂くという刑罰があったとか。
もう本当に勘弁してください! アレイズじゃ追いつかなくなってきた!
四天王サンドイッチの具にされたままクルーヤたちの待つ場所へ旅立ちかけた私を救ったのは突然のブリザガだった。
降り注ぐ氷塊にルビカンテとバルバリシアが怯んだ隙をついてなんとか脱出に成功した。息を荒げつつ必死で回復魔法を唱える私をゴルベーザが見下ろしている。
「お前たちはいったい何をやってるんだ」
「ゴルベーザ! ありがとう救世主!」
「……?」
背面は焼け焦げて、前面は切り裂かれ、私の服は無惨な有り様だった。もはや裸。
素材から魔法耐性を高めていた頑丈な防具なのに、ここまで破壊するとはさすが四天王。誉めたくないけど。
暴漢に遭った風の私とブリザガを食らって呻くルビカンテたちを交互に見遣り、ゴルベーザは混乱の原因となった物体を目に留めた。
「ソーマの雫か」
杯に口をつけたゴルベーザの姿に悪寒が走る。だ、大丈夫? さすがにゴルベーザ相手なら抱きつかれても被害はないよな……。
戦々恐々とする私をよそにあっさりソーマを飲み干すと、ゴルベーザは盛大に顔をしかめた。
「リオ……これは魔力含有量が高すぎる」
「まじ?」
久しぶりすぎて加減を間違えたかな。そうか、雫に含まれる魔力分が高すぎて暴走させてしまったのかもしれない。
それにしても、酔っ払ってバーサク状態になるのはまだいいとしても何のために抱きついてくるのかが謎だ。
立ち直ったルビカンテとバルバリシアはまたしても二人揃って手を伸ばしてくる。しかし今度は火と風の洗礼を受ける前にゴルベーザが私を抱きすくめた。
「離れないか。これは私のものだ」
いや物じゃないし。助けてくれるのはありがたいが素直に喜べない。
まるで子供がぬいぐるみに執着するように私を抱き締めるゴルベーザを見て、ルビカンテとバルバリシアは不服そうだ。
「ゴルベーザ様ばっかりずるいです!」
「我々とてたまにはリオ分を補充したいのですが」
「ずるくない。私だって普段からリオ不足なんだ」
なにそれ。私分って何。不足すると何が起こるんだ。
ゴルベーザも酔ってるのだろうか。ぎゅうぎゅうと強すぎる力で抱かれたまま顔を見上げる。まったく平静に見えるが。
私の視線に気づいたゴルベーザはこちらを見下ろして徐に私の手を取り、忠誠を誓う騎士のごとく口づけを……するかと思いきや。
「いたー!? なぜ噛む!」
「リオの味は好きだ……」
お腹減ってんの!? 夜中に食べると太るよ! じゃなくて私を食べないでください。この残虐性はゼムス成分なのかゴルベーザの素なのか。
いや、ゼムスはスキンシップ嫌いだし、この悪戯っぽい顔はクルーヤそっくりだからゴルベーザ自身の性格だな。火も風も発してないけど充分に危険だった。
「えー、宴もたけなわではございますが……」
私はテレポで逃げます。
暴走したもののソーマの効果は出ているはずだ。ゴルベーザはもちろんルビカンテとバルバリシアも魔力が高まっていると思う。
こうなるとスカルミリョーネやカイナッツォにも飲ませてやらないと不公平だが……、よし、飲ませたらすぐに逃げよう。
特にカイナッツォはヤバい。元の性格がねじ曲がっているだけに酔って理性をなくしたらどんな殺され方をするか予測できない。危険だ。
決意を秘めつつ、残ったソーマを手に部屋へ戻ろうとしたら、こんな時に限ってスカルミリョーネと遭遇してしまった。
「……」
悲惨な有り様の私に驚愕したのか、スカルミリョーネはいつものように不機嫌にもならず私を凝視している。
「死んだのか?」
「生きてるよ!」
確かに死んだような格好だし、死にかけたけどな!
私の魔力を食らってルビカンテとバルバリシアは強化された状態だ。四天王のバランスが崩れるのはまずかろうとスカルミリョーネに事情を説明し、杯を手渡した。
「不味い」
あ、やっぱ不味いんだ。味つけの仕方も調べないとな。月のフースーヤに連絡をとれないだろうか。彼の作るブレンドソーマはとても美味しいんだ。
しっかり杯を空にしたスカルミリョーネは、遠く壁に隠れて見守る私を胡散臭そうに睨みつけた。
「で、何を隠れているんだ?」
「いや……抱きつかれるかもしれないと思って」
「なぜ私が貴様なんぞに抱きつかなければいけないんだ」
意外や意外、スカルミリョーネはルビカンテたちのように暴走しなかった。アンデッドだから酔わないのかもしれない。
「これは何なんだ」
「ソーマの雫。知らない? 魔力を高める効果があるんだよ」
「……私に飲ませても無駄だ。アンデッドに回復薬は効か……」
言いかけたところでスカルミリョーネは口を噤む。ライブラしてみるとしっかり魔力量が増えていた。
雫に魔力を固定しているのは黒魔法だから、ちゃんとアンデッドにも効いたのじゃないかな。それでいて酔わないのだ。素晴らしい。
ずたぼろにされた直後だからだろうか、暴走しないスカルミリョーネにすごく癒される。心なしか磨り減った魔力も回復している気がした。
ただ、じっと見ているとスカルミリョーネの魔力がだんだん減っていくのが感じ取れる。なぜだ?
「…………リオ、貴様、アスピル……を唱えてないか」
「ええっ?」
「私から魔力を吸うのをやめろ」
な、なんだって……! 言われてみると確かに、ソーマを精製するために放った逆アスピルがそのまま残っているようだった。
スカルミリョーネに普通のアスピルを唱えても彼はアンデッドなのでこちらの魔力が吸われるだけだ。
しかし私は逆さまに唱えて相手に魔力を与えていたので、反転してスカルミリョーネの魔力を吸ってしまったらしい。
「ご、ごめーん」
「……ルビカンテたちが寄ってきたのはそのせいじゃないのか」
「は!!」
そうかもしれない。あいつらが懐いてきたのは私から魔力を吸うため。つまるところ焼かれたり切り裂かれたりしたのは魔法を止め忘れたせいであり自業自得?
「……」
「阿呆だな」
「うぬぬ……」
ぐうの音も出ないけど、ムカつくから二度とソーマの雫なんて作らない。