06



 暇を見つけてカイナッツォと一緒にバロン王国へとやって来た。
 どうせ下見も兼ねるならゴルベーザと来てもいいのかもしれないけれど本人に若干渋る気配があったので今回は誘わなかった。
「ちょっとばかし人見知りが激しいなー、うちのゴルベーザ君は」
「そういう問題でもないんじゃねえの?」
「もっと知らない人にもガンガン話しかけていかないと、将来お嫁さんがもらえないかもしれない」
「お、なんか美味そうな匂いがする」
 私の妄言をさらっと無視して酒場に突撃しようとするカイナッツォを慌てて引き留める。こいつに酒を飲ませるのは危険だ。

 さすがにモンスターの格好で町中を歩き回っては大混乱を引き起こしてしまうので、カイナッツォは人間に化けている。それにしても見事な変身術だった。
 白髪に青い瞳、背格好もモデルとした私に似ているが、男性体なのでどちらかといえばクルーヤっぽくもある。
 所作も慣れきっているのでカイナッツォは日頃からよく人間に変身しているのかもしれない。
 これを利用して、バロン王に近づけないだろうか? 王と近しい人間の姿を利用すればごく自然に精神を支配できるだろう。
 いっそのことカイナッツォに精神支配の力を会得させるのもアリかもしれない。変身術が使えるのだから素養はあると思う。
 水を司る魔物というのは人間の心の隙間に入り込む術にも長けているものだ。バルバリシアも属性的には向いているけれどあれは性格的に難しいだろうな。
 ルビカンテとスカルミリョーネも、たぶん無理だ。火や土にはそういった柔軟性が乏しく、本人の性格としてもあいつらは自分を曲げられない。
 さて、カイナッツォに潜入してもらうとして誰に化けるのかが問題だ。やはりモデルがいないと厳しいものがある。といって城内に知り合いがいるわけもなく。
 できることならサポート役として私も城に出入り自由な地位をゲットしておきたい。
 安全かつ面倒の少ないクリスタルの入手法、十年計画で見ているのだけれど今から普通に仕官するにはさすがに時間がかかりすぎる。
 侍女として城に勤められるのも良家の子女ばかりだろうから難しい。王の姿を見るのさえ一苦労だろう。
 ふと町の看板に目をやりながら、武器商人とか職人とかなら城に入れるかと考える。でも身元を保証するのが大変そうだ。

 なにか足がかりになるようなものが転がってないかとキョロキョロしていたら、カイナッツォに肘でつつかれた。
 振り返ると金髪のお兄さんが私たちを凝視している。立ち姿にまったく隙がない。制服は着ていないけど非番の警備兵だろうか?
 それにしてもなぜ注目されているのか。まだ何も怪しい動きはしていないというのに。もしや泥棒だとでも思われている?
「に、逃げた方がいいかな?」
「余計に怪しいだろうよ。開き直っとけ」
 声を潜めてカイナッツォに尋ねればそんな答えが返ってきた。胆が据わっているなー。悪事に慣れている証拠だ。
 なんてふざけている間にお兄さんはまっすぐ私たちの方へ歩み寄ってきた。やばい尋問されちゃう。
「失礼。旅の御方でしょうか?」
「はい……そうですけど何か」
 表情は険しいものの敵意は感じられない。念のため、カイナッツォがいつでもテレポを唱えられるよう警戒している。
「バロン近衛部隊に身を置くハーヴィと申します。よろしければ私の屋敷に足を運んでいただけませんか」
 近衛……求めていたバロン王に近づける人材が向こうからやって来るとは。
 願ってもない申し出ではあるのだけれど、一体何の目的があるのだろうか。

 ハーヴィさんのファーストネームはベイガンというらしい。城下にある彼の屋敷はなかなか立派な佇まいだった。でも主を迎えてくれる使用人がいない。
 彼の家は数代前から税収が奮わず、今となっては使用人を雇う余裕もないのでベイガン自身と養子が一人ひっそり暮らしているだけ。
 彼自身は三男坊であり貴族ではないが、親兄弟が戦死したため跡取りとなった。しかしハーヴィ家はもう没落寸前。
 いずれはこの屋敷も売り払って城の兵舎で暮らそうと思っている、と言いながら彼は紅茶を淹れてくれる。
 こっちが反応に困るくらい、随分とざっくばらんに話してくれたものだ。そんな彼が怪しげな私たちを屋敷に呼びつけて何を話そうというのか。
 味つき水が嫌いなカイナッツォは紅茶を飲んで顔をしかめている。味音痴のカメの足を踏んづけつつ、今さらの自己紹介をする。
「えっと、聞かれないので名乗りますけど私はリオ。こちらは、クルーヤです」
 咄嗟に偽名が出てこなかったがカイナッツォは空気を読んで「どうも」と軽く頭を下げた。

 それでベイガンの用件とは何なのだろうか。バロンに知人ができるのは歓迎だけれど面倒な用だったら嫌だな。
 とりあえずはカイナッツォを彼に化けさせて王の身辺に近づくことを目論みつつ、美味しい紅茶を味わって話に耳を傾ける。
「不躾なことをお聞きしますが、お二人はどちらから?」
 うーん、やっぱり職務質問なのか? でもわざわざ屋敷に連れてくる必要はないよね。
「ご存知ではないでしょう。小さな、もう地図には乗っていない村ですよ」
 しれっと答えた私に頷いて、ベイガンは痛ましげに眉を寄せた。
「やはり……」
 やはり? えっと、我が種族の遠き故郷のことを濁して言ったのだけれども。まさか通じたとは思えない。何なんだ。
 ベイガンは、更に先の見えない話を続けた。
「もし……旅に宛がないのであれば、我が家に留まってはいただけませんか。セシルの話し相手になっていただきたいのです」
 あなた方の外見は、王が拾ってきた孤児、彼が養子に迎えたセシル・ハーヴィにそっくりなのだと。
 身寄りもなく殻に閉じこもっているあの子が心を開くきっかけになるかもしれない、と。

 ……はっ! ちょっとだけ時が止まっていた。幸いにも気絶してる間に三十年が過ぎていたということはなく、ベイガンはじっと私たちの返事を待っている。
 私たちとは言ってもカイナッツォは最初からろくに話を聞いていないので私の返答にかかっている。
 セシル……私と、クルーヤそっくりの姿に化けたカイナッツォに似ているというセシル。身寄りのない幼子。
 どう考えてもクルーヤの息子、ゴルベーザの弟だよそれ。
 バロン潜入の足がかりを探しに来たはずなのに思わぬものを見つけてしまった。
 詳しく話を聞いてみると、セシルは少し前にモンスターの群れに襲われて壊滅した村でバロン王が拾ってきた子供らしい。
 確か、クルーヤとその伴侶はセシルが生まれてすぐに殺された。そしてゼムスの精神波を受けたゴルベーザも弟を捨てて旅立ったはずだ。
 残されたセシルを育てていた村が、滅ぼされた。おそらくはゼムスの仕業だろう。
 ゴルベーザの支配に力を注いでいるからセシルに手出しする余力は然程ない。村の周辺にいるモンスターの憎悪を煽って襲わせたのか。
「自分を救った陛下と私には辛うじて話をすることもあるのですが、他の者とは目も合わせようとしないのです」
 ベイガンは城勤めでちゃんと面倒を見てやれない。といって城に住まわせても周囲の目は優しくないだろう。
 よいメイドを雇えればいいのだが前述の通り金がなく、ほとほと困っていたのだとベイガンは言う。
 特徴的な外見から同郷とおぼしき私たちに、セシルと会ってほしいと。そしてできればあの子のそばにいてほしいと、そう思って声をかけたのだと。

「給金は……すぐに用意できませんが、衣食住の保証はしましょう。陛下はセシルのことを気にかけておられますから、あなた方についてもお話しさせていただきます」
「いえ、お金はべつに……」
 突然の事態に返答が追いつかない。こんな展開はまったく想定外だった。
 私たちが面倒を見るからと言ってセシルをゾットに連れて帰ることも考えた。しかしそれは……あまり安全とは言えないかもしれない。
 ゼムスはセシルを始末しようとした。クリスタルを集めるにはゴルベーザがいれば事足りる。ならば彼にとって弟の存在は邪魔なだけだ。
 もしゾットに引き取ったら、ゼムスが操れるモンスターは山ほどいる。第一ゴルベーザは弟への憎悪を植えつけられてもいるのだ。とても引き合わせられない。
 バロンにいればセシルが殺されることは、たぶんないだろう。
「……私たちは故郷を離れて長いので、セシル君のことは知りません」
「そう、ですか……」
「でも彼の故郷は、おそらく私たちの帰るべき場所と同じでしょう」
 期待と落胆をない交ぜにした表情でベイガンが見つめてくる。彼はセシルを守ってくれそうだ。
「ずっと、というわけにはいきませんけど、ここに住まわせてもらってもいいですか?」
「! ありがとう、もちろん歓迎いたしますよ」
 善良で、誠実で、主君に対する忠義心に溢れた優しい人……ではない。内心を探り見ればベイガンは野心家で、とても貴族らしい人間のようだった。

 セシルは学校に行っているという。彼を迎えに屋敷を出るベイガンを見送り、カイナッツォが胡乱げな視線を向けてくる。
「また面倒な手順を踏むもんだな。こんなことがバロンを掌握するのに繋がるのかよ」
「ベイガンは近衛に所属しているし、セシルはバロン王に拾われた子供。これ以上ない人材でしょ?」
「あいつらに化けて王に近づくのか」
 もしかしたら、もっと手っ取り早くバロンを支配できるかもしれない。
「王様の身近な人間に化けて洗脳するんじゃなく、王様自身に化けてしまうという手もあるね」
「はあ? だって、今いるバロン王はどうすんだ……」
 そう尋ねかけたカイナッツォは途中で私の言いたいことに気づいて嬉しそうに笑う。
 本人を殺してしまえば、魔物が化けていたって気づかれないだろう。
 ベイガンは野心家で、家族想いの人間らしい人間だ。自分の命よりも家名を優先する、貴族らしい貴族でもあった。
 没落寸前のハーヴィ家を一人でも守り抜こうとしている。そしてその名を歴史に刻みつけようとしている。
 彼はセシルを守ってくれるに違いない。ハーヴィの名を与えたあの子を王にしたいんだ。



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