07
ベイガンがそのセシルってガキを学校とやらから連れ帰ってきた時、通りの向こうから歩いてくる姿を見てなんとも言えない違和感があった。
目についたのは外見だ。月光で染め抜いたかのような輝く白い髪と、見る角度によって微妙に色の変わる青い瞳は町の風景から浮いている。
バロンに住む人間はほとんどがバルバリシアのような金色の髪を生やしていた。たまに茶色っぽいのや赤っぽいのもいるが、概ね金髪碧眼で揃っている。
人間ってのは集団を乱すものを嫌うもんだ。異端は排除される。だからこのセシルってガキが孤立しているのも無理はない。
単なる色違いではなく明らかに異質な空気を漂わせている。まるでゴルベーザ様や、リオのような……。
リオは詳しいことを言わないが、おそらくこのセシルはゴルベーザ様の同族なんだろう。とはいえゾットに連れ帰るのでもなければただの他人だった。
ゴルベーザ様の事情だって俺が四天王に加わる前のあれこれなんぞ知らないし聞くつもりもない。聞いたらめんどくさそうだしな。
城に入り込んで国王に成り代わるまでに利用すべきはベイガンであって、セシルではない。だからこのガキのことはリオに任せて放っておけばいいだろう。
……俺としてはそのつもりでいたんだが。
「ねえ、リオとクルーヤは、ぼくと同じ村の人なの?」
「あーなんかそうらしいな。俺は行ったことねえけどよ」
なんか知らんが妙に懐かれてしまった。初日は不機嫌そうに帰ってきたくせに俺とリオの顔を見るなりセシルはいきなり心を開いた。
「でもね、村でも、ぼくとおんなじ髪と目の人はいなかったんだよ。リオとクルーヤはどうして一緒なの?」
「知らねー。血筋とか遺伝とかいろいろあるんじゃねえのか」
詳しい設定はリオに聞けと適当にはぐらかすが、セシルは聞く耳持たずに俺をせっついてくる。
「チスジとかイデンとかってなに?」
「だから俺に聞くな、リオかベイガンに聞け!」
どうもリオを元にして変身した、この白髪青眼の人間の姿がまずかったようだ。自分と同じ色を初めて見つけたセシルは俺たちを仲間と判断した。
セシルの故郷はモンスターに襲われて壊滅したらしいが、目の前にいる俺も同じくモンスターだと知ったらどんな顔するのかねえ。
……まあ、たぶん無反応だろうな。知人が殺されたショックはあるが、セシルは村の人間を大して覚えちゃいないようだ。
こいつの外見を異端視して遠ざけてたのは生まれ育った村でも同じだった、ってことだろう。
家計のやりくりに必死なベイガンは、新しい世話係を受け入れたセシルの様子を見ると安心して家を空けるようになった。
俺たちがバロンに来てから二週間ほどになる。リオはテレポでゾットの塔と往き来をしつつ家事とセシルの世話をこなしていた。
俺はとりあえずベイガンの行動待ちの状態だ。ガキの相手をするのは面倒だが、基本的に寝て暮らすだけなら楽なもんだぜ。
今日も学校が終わって帰ってくるなりじゃれついてきたセシルを適当にあしらっていたら、食堂の方から甘ったるい匂いが漂ってきてセシルが反応する。
「パンケーキを焼いてやったぜ!」
リオの謎の雄叫びが聞こえてきた。あいつ、ゾットでは魔物ばっかり食わされるもんだからここでの真っ当な食事に執着してんな。
菓子を作ったってことは、また持ち帰ってゴルベーザ様にも食わせるんだろう。適度に相手しないとあっちも拗ねるから大変だ。
リオに呼ばれてセシルが食堂に駆け込む。なぜか食事なんかしない俺まで手を引かれて椅子に座らされた。
「わあ……」
見るからに甘そうなパンケーキってのを前にして、セシルは一瞬、目を輝かせつつもリオの顔色を窺って手をつけようとしない。
こいつは素直に喜んだり期待したりといった表現をしなかった。ガキながらに自分の微妙な立場を理解して、楽しそうな顔を見せることを禁じてきたらしい。
リオはそんなセシルに微笑みかけ、恭しくナイフとフォークを差し出した。
「セシル、先陣を切ることを許そう」
途端に笑顔が我慢できなくなったセシルがパンケーキにかぶりつく。
「いただきます……!」
バロン王を殺して俺がそいつに成り代わり、世界最強の軍隊を用いてクリスタル奪取の算段を立てる。……そういう計画だったよな?
このむず痒い“ごっこ遊び”はいつまで続けるのか。楽は楽だがあまり長いと退屈してくる。
甘っちょろいリオを見てると、人間を皆殺しにするとしてもセシルだけは生かすつもりでいるのかもしれない。
ああ、人間を殺してえなぁ。なんてボーッとしてたら物欲しげな顔にでも見えたのか、パンケーキで頬を膨らませたままセシルが俺にもフォークを差し出してくる。
「むむぅまももむむ?」
分からん。たぶんそのぐちゃっと崩れた一切れを、俺も食うか、みたいなことを聞いている、気がする。
「俺は要らねえよ。甘いモンは嫌いだ」
甘いものが嫌いだという言葉がよほど衝撃的だったのか、セシルは目を真ん丸にして固まっている。
「ま、甘いのも辛いのも苦いのも酸っぱいのも全部嫌いだけどなァ」
そもそも魔物は人間の食い物なんか腹に入れねえ。食っても死なないが、食わなくても死なないんだ。だからめんどくさいもんは食いたくない。
口一杯のパンケーキをようやっと飲み込み、かぶりつくようにセシルが尋ねてくる。
「じゃ、じゃあいつもなにを食べてるの?」
「そりゃあお前みたいな人間の、」
途中まで言いかけたところで無理矢理に割り込んできたリオが俺の口に何かを突っ込んだ。
「さ、お茶が入ったよどうぞ召し上がりやがれ」
「だあっちいいいいいいいい!!」
熱湯! 熱湯を注ぎ込みやがった! なんってえことしやがるんだリオめ。いくら俺が頑丈だって舌まで鍛えられねえぞ。ああくそ、いてえ……。
セシルはといえば火傷して悶える俺を見て喜んでいた。人の不幸を喜ぶとは見事に性格がネジ曲がってんな、おい。将来有望だぜ。
なんつーか働きもせずただゴロゴロしてるだけでいいってのは、わりと魅力的な生活だよな。そういう意味ではこの日々が長く続いても悪かねえ。
リオによると、ベイガンは少なくともセシルが軍に入るまでは行動を起こさないつもりらしい。俺はそれまでにバロン王のふりを練習しておくだけだ。
おやつの時間を終えてセシルは学校の勉強とやらを始めた。これが終わったら軍に入るのかと思っていたらまだ次に兵学校ってのもあるらしい。
もしかしてセシルが軍人になるのなんて何年も先じゃないのか? もっとサクッとクリスタルを奪いに行けないもんかね。
しかし人間のやり方ってのは未だによく分からん。ゴルベーザ様とついでにリオが「これが最善」と言うなら、たぶんそうなんだろう。
真面目な顔で書物に向かっていたセシルだが唐突に飽きて俺を見上げてきた。
「ねえ、クルーヤはリオと恋人なの?」
「そうだな」
「いや違うし。なにさらっと嘘ついてんの?」
ああ、聞いてなかった。なんつった今? 恋人? そりゃ気色の悪い冗談だな。
調理場の片づけを終えたリオはセシルの勉強を見ている。文字通り、見てるだけだ。内容はリオにも分からんらしい。
なおも「じゃあ二人は兄弟?」とよく分からんことを聞いてくるセシルにリオが頭を捻る。
「親戚みたいなものというか……まあ、強いて言うならトモダチ……なの?」
聞かれても知らねえが、凄まじく違和感がある言葉だな。リオも自分で言っときながら首を傾げている。
世界の破滅を目論むゴルベーザ様の元に集った同志、と言えなくもないがそんなこと言ったって伝わらねえよなぁ。
セシルはといえば「トモダチ」という言葉が琴線に触れたらしく思い悩んでいる。
「ともだち……」
「お前さてはトモダチがいねえのか」
「……」
図星だったらしく真顔になるセシルを見て、リオは優しげな笑みを浮かべつつセシルには見えないように俺を蹴り飛ばしてきた。無駄に器用なやつだぜ。
「セシルは将来、何になりたい? 同じ夢を持ってる子を探してみなよ。そして話をしたら、誰とだって友達になれるよ」
根拠のないリオの言葉をバカ真面目に受け止めてセシルは考え込む。そしてゴルベーザ様似の青い目をキラキラさせて答えた。
「ぼく、竜騎士になりたい。ドラゴンにのって陛下を守るんだ」
「竜騎士かー。いいね、ドラゴンって可愛いし格好いいし、便利だし」
便利って、さりげなく乗り物扱いしてんじゃねえよ。竜騎士ってのはあれだろ、縦横無尽に天を駆けるバロン空軍の主力……だったやつら。
飛空艇の台頭と、ドラゴンを飼い慣らす難しさのせいでどんどん数を減らして今じゃ名ばかりの部隊と化している、と町で聞いた。それに……。
「バロンの竜騎士っていえば確か、ありゃ世襲制だぜ?」
「えっ」
リオは顔を引き攣らせ、セシルは世襲の意味が分からないのか不思議そうにリオを見上げている。さぁてどう説明すんのかねえ。
「せしゅーせーってなに?」
「……世襲とは、職業や爵位などの諸々を子に継がせて血縁関係を基礎とした継承によりその地位と財産を独占的に占有することを言います」
「???」
あーあ、わざと小難しく言いやがったな。仕方ねえ、優しい俺様がセシルの小さい脳みそにも理解できるように教えてやろう。
「平たく言うと、お前の親父は竜騎士じゃねえからお前は竜騎士にはなれねえってことさ」
「!!」
「か、クルーヤ……お前はー!」
「なんだよ、嘘は言ってねえぞ」
残念なことにセシルは大してショックを受けなかった。べつに竜騎士に拘りがあったわけじゃないらしい。
「ぼく……じゃあ、ひくうてい部隊に入る」
「バカとなんとかは高いとこが好、いってえ!」
またしてもリオに蹴られた。暴力女め。だが魔法を使われるよりはマシだな。さすがにそろそろキレそうだからちょっと大人しくするか。
俺たちのやり取りを不思議そうに眺めつつ、「空が好きなのか」と問うリオにセシルは照れながら答えた。
「お父さんとお母さんが、お月さまにいるんだよ。だからぼくは、空を飛んで月に行かなきゃいけないんだ」
「……セシル」
なんだか知らんがその答えはリオに衝撃を与えたようで、奴は石のように固まった。
将来ねぇ……。どうせ人間なんぞ滅ぼしちまうんだ。考えるだけ無駄じゃねえのか? それともリオは、セシルをクリスタル奪取に使うつもりなのか。
ああ、それはそれでいいかもな。だったら俺もそういう予定でこいつを強くしてやるかね。