08
今日もまたリオはバロンから菓子を持ち帰ってきた。食事は私が用意をするので自分は“おやつ担当”と心に決めているらしい。
彼女はバロンに滞在している。そして同居人のいない昼間と真夜中にだけ、このゾットの塔に帰ってくるのだ。
昼食は私と共に摂るが、朝と夜の彼女は見知らぬ誰かの隣にいる。リオはバロンでの生活を楽しんでいる。私はそれが気に入らない。
「バロンってごはんが美味しい。なんといってもタダだし! 他人の金で食う飯ほど美味いもんはないな、ククク」
なぜかは分からないが、とても不愉快な気分だった。ここにいるのは私と共に戦うためだというのに、彼女が他人の家で暮らしているのが。
「その飯は私の作ったものよりも美味いのか?」
私がそう尋ねると、リオはキョトンとしながら答えた。
「ゴルベーザのごはんも美味しいよ。ただ材料がちょっとね……」
やはりモンスターを食べるのには慣れないのか。倒して解体する、調理過程すらも鍛練になって得だと私は思うのだが。
人間の町に出かけて買い物をするのは嫌だ。すると私の食事は自然、モンスターの肉を主に食べることとなる。
正直なところ味は今一つだ。比べればリオがバロン王国から持ち帰ってくる食べ物は美味い。それは認めよう。
だが、その美味がなんとも言えず腹立たしいのはなぜなのか。私の作るものはあんな味にならない。一人で食べる朝と夜の飯もまた同様だ。
食事を終え、デザートにケーキを持ち帰ったリオは一口大に切ったそれをフォークに乗せて私に差し出してくる。
「はいゴルベーザ、あーん」
「……自分で食べるからいい」
「ノリ悪いな〜」
子供ではあるまいし、他人の手ずから食べるなど……嫌ではないが、なにやら妙に気恥ずかしい。
これはリオ自身が滞在先の家で焼いたものだ。夢中になるのも無理からぬ美味さであり、彼女がゾットの塔にいては私とて味わえぬ代物でもある。
しかし……。
「しかし、そのベイガンとやらが王を殺すまで待つ必要はあるのか?」
リオとカイナッツォを自分の屋敷に招いて留め置いたのは、バロン王国近衛部隊に所属するベイガンという男だった。
精神波を用いてリオが探ったところによると彼は王を殺そうと目論んでいるのだとか。その計画に乗じてカイナッツォを王に成り代わらせようとリオは言う。
しかし計画の実行までに数年はかかると思われた。彼の協力など得ずとも私たちだけでバロン王を殺してしまえばいいと思うのだが。
「んー。彼は自分の養子を王にしたいわけよ。でも今のバロン王を殺したらこっちが反逆者でしょ?」
強大な軍事力を楯に各国を侵略し、クリスタルを奪う……その“悪逆非道の王”を養子に殺させてこそベイガンの目的は叶うのだ。
「まずカイナッツォが王様になる準備をする。ベイガンが王を殺す。彼の協力のもとバロンを支配して、クリスタルを奪ったあとバロンはベイガンのもの」
軍事力を利用し尽くし、クリスタルさえ手中におさめればバロンなど用済みだ。ベイガンが誰を王にしようと構いはしない。
「だがそれでは王に化けたカイナッツォが倒されてしまう。あいつを捨て駒にする気はない」
私が言い切ると、なぜか彼女は嬉しそうだった。
「大丈夫、私もカイナッツォを殺させる気はないよ」
「……なら、いいのだが」
腑に落ちない。他人の行動をただ待っているという現状が私を落ち着かない気持ちにさせるのだ。
甘いケーキを頬張りながらリオは我々の置かれている状況を整理し始めた。
「まず、いきなり各国に攻め込んでクリスタルを奪うのは難しいよね」
「そうだな」
数に飽かせて押し込めば最終的に勝利するのは難しくない。ただし、こちらの被る損害もまた甚大になる。
狙い目は強力な軍を持たないダムシアンだが、クリスタル奪取に向けて動き出せば他の三国も黙ってはおるまい。
「一つは無理して奪えるかもしれない。でも残りを手に入れるのが困難になる」
たとえば我々が火のクリスタルを手に入れている間にミシディアやファブールは襲撃を警戒して軍備を整えるだろう。勝つごとに次の戦いは困難になる。
といって最も脅威となるであろうミシディアを最初に攻略するとなれば、交流のあるファブールとダムシアンは団結して我々に立ち向かってくるはずだ。
ひとたび行動を始めたなら迅速に各国を侵略し、一気にすべてのクリスタルを得なければいけない。
「だから軍事力のあるバロンを最初に攻略したい、と」
かの国はクリスタルを持たない代わりに飛空艇部隊を有している。ミシディア辺りと全面戦争をしている横から援護に加わってこられては鬱陶しい。
逆にバロンを最初に落として飛空艇を得られれば、他の国の攻略も容易になる。
口の端についたクリームを指で掬って舐めとりながらリオは血生臭い話を続けた。
「バロンの軍をどうやって掌握する予定?」
「やはり戦って討ち滅ぼすしかあるまい」
「滅ぼしちゃったら飛空艇も壊れるよ」
「……」
他のすべての国と同じく、モンスターを結集させてバロンを襲い王を殺すことは不可能ではない。しかしそれでは互いに消耗戦となる。
力業でバロン王国を滅ぼすことはできるだろうが、それでは無傷の飛空艇部隊を我が物にできないのだ。
「だが、王の暗殺ならば可能だ」
とにかくカイナッツォが王になってしまえば号令ひとつで他国を侵略できる。そして戦いで傷つくのは我々ではなく、バロン王国の人間たちだ。
「殺しちゃうだけならそりゃ簡単だけど、その後カイナッツォが王様のふりをし続けるには周りにいる全員を騙さなきゃいけないよ」
「……そう、だな」
王宮にいる者の精神を支配してゆくにしても、先にカイナッツォの正体を悟られては城内で囲まれ殺されることもあり得る。
「準備は入念にしないとね」
「……」
最も安全で確実な方法を選ぶのなら、数年待つのも致し方ないことなのかもしれない。やはり腑に落ちないが、納得させられてしまった。
結局のところ私は、リオが目の届かないところにいる事実が気に入らないだけなのかもしれない。
彼女は滞在先の近所に住む奥様方に料理を教わっているらしい。そういったことを後になって聞かされるのが腹立たしいのだ。
ゾットの塔で暮らしていれば何もかも私の支配下にあるのに……。
「そんで、ゴルベーザは次に食べたいもの何かリクエストある?」
夕方になる前にまたリオはバロンへ行く。なので私の態度は素っ気なくなる。
「料理には詳しくない」
だが彼女はそんな私の子供染みた癇癪を気にも留めない。……まあ、気づかれていたらいたで、恥ずかしいのだが。
「じゃあマロングラッセに挑戦してみようかな。ちょっと時間かかっちゃうけど」
それもまた甘い菓子なのだろうか。ベイガンの養子はまだ幼い子供だというから、彼女も菓子作りに励んでいるのかもしれない。
作るのに手間のかかるものは嫌いだ。大抵のものは切って焼くだけでも充分に食べられる。時間をかけて作るのは相手を想っているからだ。
そんなことに手間をかけるよりもゾットの塔にいる時間を増やしてほしいと思う。用がある時に会えないと無性に心がささくれ立つ。
リオが私の知らぬ誰かのために行動している。そして余り物の菓子を手に私の機嫌を窺いに来る。腹立たしくてならない。
彼女はその後またバロンに行ったきり、四日間も私のもとに帰ってこなかった。
「ただいまー!」
「……」
元気よく扉を開けて部屋に飛び込んでくるのを無視して壁を見つめていたら、リオはわざわざ私の眼前に回り込んできて顔を覗き込む。
「あれ? 機嫌悪い? まあまあ、そういう時は甘いものでも食べてさ」
どうせ他人のために作ったものの余りではないかと不貞腐れつつも、力作だ、頑張って作ったんだと言われては意地を張って拒絶するのも気が引けた。
先日も言っていたマロングラッセ。栗の砂糖漬けだそうだが、まるで宝石のように輝いている。リオはそれを指で摘まむと、またしてもあの言葉を唱えた。
「はい、あーん!」
なぜだろう、恥ずかしいからやめろと言うごとに強引に、問答無用に差し出してくるのは。
「自分で食べ、……!」
断ろうと開いた口に無理やり突っ込まれてしまった。うっかりすると舌が指に触れてしまいそうで気が気ではない。
危うく丸呑みしそうになったが、マロングラッセは私の口の中で甘く崩れた。
「どう?」
「……美味しい」
「よかった。私も一口食べよっと」
そう言いつつリオは自分でも一つ摘まむ。バロンの屋敷で食べていなかったのだろうか。
いつもならそこでベイガンやその養子と食べた後、私のところへ持ってくるのに。
お決まりの蕩けるような笑みもなく、難しい顔で咀嚼しながらリオは何事か考え込んでいる。
「……」
いつも通り美味い菓子だったが、口に合わなかったのか、と思いきや彼女はハッと目を見開いて顔をあげた。
「おいしすぎる。私はもしかして天才なのでは?」
「そうかもしれないな」
特に否定する理由もなかったので頷いたら、なぜかリオは頬を染めた。
「……真面目に肯定されると恥ずかしいんですけど」
だがリオの作る菓子は美味い。天才ではないとは、まったく思わないのだから仕方あるまい。
砂糖漬けの菓子は長期保存が可能だ。それにしても今回は大量に持ち帰ったものだ。いつものケーキ類の比ではない。
「余った分でケーキでも焼こっかな」
そしてこのマロングラッセでもまた新しくケーキを焼くらしい。リオがバロン王の殺害を渋るのは単に菓子を食べ足りないだけなのではないか。
「リオは菓子が好きだな」
「そりゃまあ、女の子ですから」
「そういうものか」
「そういうもんです」
そういうことらしい。
菓子は作ったことがないな。食事といえば必要な栄養を摂取するだけの、義務的な行動だと感じていた。しかしそれはリオも同じだったようだ。
「料理なんて初めてやるんだけど、食べてくれる人がいると嬉しいものだね。作るのが楽しい」
それは分かる気がする。私も以前より食事の支度をするのが楽しくなっているのだ。リオが来る前よりも……。
自分一人がエネルギーを蓄えるためだけに作るのではなく、それを食べた彼女が美味しいと言って笑ってくれるから、食事の意味が変わってきている。
次は何を作ろうかと心が弾む。彼女は何が食べたいだろうかと考える。どんなものを喜ぶだろうかと想像する。
ーー何かリクエストある?
……そうか。リオは私のために菓子を作っていたのだな。これは余り物などではなかったんだ。
ケーキに使うと言いつつリオは次々に栗を口に放り込んでいる。黙って見ているとまた手ずから食べさせられるので私も適度に摘まんでいた。
「近所の奥さんに聞いたけど、バロンでは永遠の愛の証に男から女にマロングラッセを贈る習慣があるって。彼女も旦那さんに作ってもらってたらしいよ」
この甘さは男には向かぬように思うが、永遠の愛などと大仰な言葉は確かに似合う。
「……リオ。私にも作り方を教えてくれ」
べつに愛を誓うつもりはないが、単に甘ったるい味が気に入ったから作ってみたいだけだと思いつつ。リオは快く頷いてくれた。
「四日くらいならカイナッツォに任せても大丈夫かな? じゃあ、一旦バロンに戻って、しばらく出かけるって伝えてくる。一緒に作ろう」
はからずも、リオは四日ほどゾットの塔に滞在することになった。一緒に厨房に立つのは初めてだ。食事の支度をする以上に楽しみで、その時間が待ち遠しい。
……そうか。では、他にも作るのに時間のかかる料理を調べてみよう。そして一緒に作れば、彼女はより長く塔にいてくれるだろう。