(臣)



いつかきっと



 新生冬組の旗揚げ公演も近づく中、MANKAI劇場に奇怪な悲鳴が響き渡った。
「あにゃーーーー!!」
 正直、緊迫感のかけらもなかったので放っておこうかと思った。
 しかし万が一にも機材や大道具が壊れていたら困る。そして今、起こった事態を確認できる者は俺の他にいない。
 仕方なく舞台袖を見に行くと殺人現場さながらの様相でリオが倒れていた。

「何だ、ミステリーでも始めるつもりか?」
 白チョークはどこにあったかと辺りを見回していると、鼻を赤くしたリオが勢いよく起き上がった。
 どうやら顔をぶつけたらしいな。それも結構、強かに。
「あのコードに足引っかけたんですよ! 動線確認した時にはあんなとこにスピーカー置いてなかったのに!」
 見れば確かにスピーカーが我が物顔で陣取っている。

 ここはミカエル役の月岡がハケる場所だ。
 人間界で命を磨り減らした彼が“ミカエルの羽”を“抜け落ちてゆく羽”に付け替える場所でもある。
 忙しなく動きがあるので、物の置き場所は入念に確認したはずだった。
 リオは衣装係の瑠璃川に任命されて月岡が羽を付け替えるのを手伝うことになっていた。その動きを確認している時に蹴躓いたらしい。
 ということは、放っておくと本番で月岡も同じ目に遭いかねないな。

「ここにスピーカーを置いたのは誰だ?」
 きょとんとしつつ、リオがあっさりと犯人の名を告げた。
「伊助じゃないですか? 音響全般担当してるし」
 やはり松川か。あとでシメる。

 俺の殺気を察してか、リオが非難がましく見つめてくる。こいつは基本的に身内贔屓が過ぎるんだ。
「責任ある役目を伊助に任せたいづみさんと古市さんが悪いですよ。伊助は確認とか点検とか集中力がいる作業には向かないんだから」
「妙な肩入れの仕方をするな。……とにかく、これを退けるぞ。お前はともかく月岡が転んだら大事だ」
「はーい」
 扱いの悪さに文句も言わず、機器の移動を素直に手伝う辺りがどうにも憎めないやつだった。

 松川が信用ならないので上下の袖をもう一度確認する。
 ハケる場所に危機やコードがないか。コードは固定されているか。動線の邪魔になっていないか。
 背景の入れ換え時にぶつける危険がありそうなものがいくつかあったので置き場所を変更しておく。
 リオは案外、力もあるのでこういう時にも雑用として役立った。

 ただし女特有のおしゃべりだけは余計だ。
「古市さんって、真澄くんのことはどう思ってるんですか?」
「碓氷か。相変わらず監督さん目当てにしか芝居に打ち込まないのが難だな」
 あいつも持っている才能は大きいんだ。芝居そのものに熱が入れば、もっと伸びるとは思うんだがな。
 俺がそう言うとリオはなぜかムッとした。
「そうじゃなくて、監督さん絡みでの質問だったんですが」
 ……こいつもこういう話を好むのは意外だ。つまり、他人の恋愛話を、という意味だが。

「閉鎖的な組織の中で起こる恋愛沙汰ってのは厄介なもんだ。まあ、あいつは若いから仕方ない部分もあるが」
 無難なところで話題を切り上げようとすると、リオは更に機嫌を悪くした。
「そ〜〜じゃなくてぇ、恋のライバルとしてどう思ってるのか知りたいんです!」
 バンバンと目の前にあるものを叩いて力説する。そのスピーカー、壊したら弁償させるぞ。

 ったく、恋のライバル? アホらしい。
「あんなガキに対抗意識燃やすわけないだろう」
「じゃあ古市さんは、いづみさんのことを諦めてるんですか?」
「誰を選ぼうと監督さんの自由だ。強いてこっちから動く気はねえな」
「ふぅーん……そういうものですかぁ」
 意外とすんなり引き下がったな。しかし一応、やり返しておくとするか。

「お前こそどうなんだ。浮いた話のひとつも聞かねえが」
「あるんだったら人の話なんか聞きませんよねえ」
 若いってのに何もないのか? まあリオの恋愛沙汰ってのは確かに想像できねえな。
 のんびり構えてるだけで自分から誰を追うこともしない。モテたいという意識があるのかも分からん。七尾の対極にいるようなやつだ。

 ふと、リオの隣に思い浮かんだ名を挙げてみる。
「伏見は?」
「え、臣くん?」
 目を瞬かせ、リオが聞き返した。
「私って臣くんのこと好きなんですか?」
「俺に聞いてどうする。だが、ともかく気に入ってるだろう」
「気に入ってはいますけど。やだな、そんなこと言われたら意識しちゃいそう」
 べつに意識したっていいんじゃねえか。伏見とリオなら仮にくっついても劇団が荒れるようなことはないだろう。

 可能性のひとつとして、リオは伏見を思い描いている。
「臣くんはそりゃあ、かっこいいし、いいおよ、いい旦那さんになりそうだけど。でも……」
 いい嫁さんって言いそうになったな、今。
「うーん。臣くんと付き合いたいって思ったことはないですね〜」
「ほう? あいつはうちの組でもかなりの当たりだと思うが」
「古市さんが『うちの組』って言うと別の意味に聞こえます」
「ほっとけ」

 べつに不満があるわけではない、とリオがフォローする。まあ、あいつはちょっとばかり出来すぎてるくらい出来たやつだからな。
 不満がなさすぎるところが問題なのかもしれん。
「臣くんが当たりって言うのは全然否定しないですよ。ただ……なんていうか」
 うまく言い表せる言葉が見つからないようだ。
「気に入ってはいるけど気になってはいないというか。臣くんに恋い焦がれてる私って想像もつかないです」
 それを言うなら誰に恋い焦がれているリオも想像できねえんだがな。

 俺が思うにリオも伏見も、たとえば碓氷のように熱烈な恋をするタイプではない。
 想いを自覚しても秘めたまま一人で静かに想い続けているようなやつだ。
 だから、焦がれているように思えないからといって恋をしていないとは限らない。

 それに、とリオがもうひとつ付け加えた。
「臣くんって、モテそうじゃないですか」
「そうだな。自覚があるかは知らんが」
 葉星なんかじゃあ隠れて想いを寄せているやつもいるんじゃねえか。
「そういう人と張り合おうとは思わないんですよねえ」
 そんな闘争心に欠けたことを言ってリオは機器の移動作業を再開した。

 老婆心ってわけじゃあねえが、俺はなんとなくリオは伏見に惚れる予感がしている。無自覚なまま、いつの間にか。
 こいつがそれを自覚した時、想いを打ち明ければ伏見だって悪い気はしねえだろう。その先がどうなるか見てみたい気持ちもある。
 有るか無いかよく分からん想いってのは、いきなり目の前に現れて自分を驚かせるもんだ。

「俺の勘だが、お前らはその内くっつくぞ」
「なんですか、暗示にかけてるんですか?」
「まあ、今に分かるさ」
「そういう言い方、若者に嫌われますよ〜」
「今さらだろうが」
 俺らみてえのは若いもんに嫌われてちょうどいい。
 そんなことより……若いくせに落ち着き払って、自分が恋愛沙汰とは無関係だと思ってるこいつらの慌てる顔を見る日が楽しみだな。



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