追随を拒むバラ



 次はどんな芝居にしようか。新しい冬組の人たちにはどんな芝居が似合うだろう。
 でも今は、まだ印象を練り上げている段階だ。もう少し固まらないと言葉は降りてこない。
 もっとあの人たちのことを知らないとな。まだ顔と名前くらいしか知らないし。
 冬組は今までの団員より大人だから、一味違うシリアスな脚本が書けそうだ。それくらいのイメージはできてるんだけど。

 図書館で片っ端から借りてきた現代戯曲と古典にざっと目を通していく。
 探してるのは春夏秋とは色の異なる冬組らしい世界観だ。
 古典は除外だな。ロミオとジュリエットを春、千夜一夜物語を夏にやったから、他の古典をやるとしても来年以降。
 そういえば、それぞれ毛色は違うが春も夏も秋も異国の時代物だった。となると冬組は現代ものか?

 現代が舞台だとリアリティがより強く求められるってヤトさんが言ってたな。
 自分の生きてる世界に近いから小さな矛盾が目につきやすいんだって。そういう違和感は批判に繋がりやすい。
 元GOD座の高遠丞が引っ張ってくれそうではあるけれど、冬組も演劇素人が多いから、もう少し観客の批評が緩くなるようなのがいい。
 ちょっとファンタジー要素を入れてみるとか。現代ものでも一捻り欲しいところだ。

 複数の本を広げたまま頭を悩ませてたら、後ろからヤトさんが覗き込んできた。
「綴、ホンできた?」
「えっ。まだ……さすがにそんな早くは無理っすよ」
 冬組のオーディションが終わったのはつい先日のことだ。書き始める前の準備運動をしてるくらいなのにできてるわけがない。
 その冬組の皆さんは今、素性不明で寮の前に倒れていた御影さんの家具を揃えるために監督と一緒に出かけている。
 なんていうか、御影さんはもちろんだけど他の人たちも謎めいてるよな。掴み所がないっていうか、なかなか人物像が描けない。

 また悩む俺をよそにヤトさんは覚束ない顔でリビングを行ったり来たりしていた。すげえ気が散る……。
「何そわそわしてるっすか?」
 俺の方をちらっと見て、ヤトさんはため息を吐きながら向かいのソファーに腰を下ろす。とりあえず、じっとしてくれてよかった。
「まさか有栖川誉がMANKAIカンパニーに来るなんて驚いた」
「あの人のこと知ってたんですか」
「彼の本は全部持ってる」
「まじっすか!?」
 ちょっと……かなり……変わってる人みたいだったけど。そこがヤトさんの琴線に触れたんだろうか?

 とにかく、彼が落ち着きをなくしているのは有栖川さんの入団が原因だったらしい。意外だ。
 夢見るようにリビングの天井を見上げてヤトさんが呟く。
「サイン欲しいんだよ。だから公演後に出待ちしようかと思って。……冬組の公演が待ち遠しいなあ」
 いや、気が早すぎる。っていうかなんでそんな回りくどいことを。
「今日帰ってきた時にもらえばいいんじゃ……」
「仕事に私情を挟むわけにはいかないだろ!」
 だからって劇団の演技指導が団員を出待ちしなくてもいいだろうに。これから毎日会うんだからさ。

 有栖川誉という人は職業詩人らしい。すごく胡散臭い。
 そのうえ飯の時間に「閃いた!」とか「詩興が湧いた!」とかって言葉の後に聞かされた詩は、あまりにも独創的だった。
 ヤトさんってほんと、何でも読むし何でも観るし、何でも聞くよな。左京さんと同じくらい守備範囲が広い。
 その左京さんですら有栖川さんのポエム? には引いてたから、もしかしたらヤトさんの守備は左京さんより広いのかもしれない。

「有栖川先生の詩は、」
「有栖川先生」
 聞き慣れそうにない呼び方に思わず突っ込んだ俺を無視してヤトさんが続ける。
「たとえば『アイムソーリーひげそーりー』みたいなもんだ」
「死滅したオヤジギャグっすね……」
 それ褒めてるんすか? と思わず聞いてしまった。
「でもオヤジギャグや駄洒落ってのは、音として優れてるものが多いだろ」
「まあ、語感の良さはあるかも」
 むしろ語感の良さしかない気がする。

「彼の詩は音楽だ。言葉の意味よりも音に重きが置かれている。オヤジギャグに片足突っ込んだものを芸術に昇華しようとしてるんだ」
 すごいことだと思わないか? と語るヤトさんの目はいつになくキラキラしている。
 あ、この人、マジなんだ。マジであの奇天烈な詩が好きなんだ。ある意味すごいな。

 その後もヤトさんの有栖川さん語りは止まらない。
「彼は芸術なら何でもやるけど、特に好きなのはシェイクスピアなんだ」
「そうなんすか……」
 とてもそうとは思えない、という俺の心の声が聞こえたのか、ヤトさんは頷く。
「でも彼の詩にはシェイクスピアの影響が感じられないだろ」
 うん。全然感じられない。詩の基礎なんかブッ壊して自我だけを煮詰めて固めたような言葉の羅列だった。そこがいいんだとヤトさんは言う。
「決して他者の追随をしない。我が道をゆく真の芸術家だ」

 何だろうな。
 雄三さんは、叱って伸ばすタイプだ。言葉はキツいしダメ出しが多すぎて心折れそうになるけど、間違ったことは言わない。
 ヤトさんは、その雄三さんの息子とは思えないくらい褒めて伸ばすタイプだ。
 できてる部分を褒めながらできてない部分にさりげなく助言をくれる。
 だから、ヤトさんの褒め言葉には慣れてると言ってもいい。

 ただ、ここまで手離しに称えてるのを見るとなんかモヤモヤするんだよな。
 これがよその劇団の役者だったり知らない誰かの小説だったりしたら、きっとそんなことは気にならない。
 でも有栖川さんはこれからMANKAIカンパニーで役者として過ごしていく人だ。
 俺と同じ立ち位置でヤトさんに育てられるであろう人が、最初から彼に褒められまくってるっていうのが。
 ……つまり、ちょっとした嫉妬だな、これは。

「ヤトさん、」
「ん? あ、ごめん。熱く語りすぎたな」
「いや、それはいいんすけど」
「どうした?」
 たとえば今ここで「俺のホンも同じだけ褒めてください」とか言ったら、ヤトさんは同じ熱量で称えまくってくれると思う。
 そうしたいという欲求とそんな恥ずかしいこと頼めるかという照れが俺の中で戦って、結局は恥ずかしさが勝った。

「冬組の芝居、現代ものにしようかなって思ってるんすけど」
「いいと思うよ。具体的な内容は冬組の人とも話しながらゆっくり作っていけよ。急かすようなこと言ってごめんな」
 たぶんヤトさんは、有栖川さんの詩が好きだからって彼を特別扱いしたりはしないし。だから気にする必要はない。

 役者としてなら俺と有栖川さんは同じ位置に立っている。
 作家としてなら……俺だってここで、これからもっとたくさんのホンを書いて、すぐに追いつけるだろう。
 いつかきっと、ヤトさんが目を輝かせて「綴のサインが欲しいな」なんて言うくらいの脚本を作ってみたい。
 さしあたっては、新生冬組に相応しいホンを書くことだな。
 常識的な理解を超えた有栖川さんの詩にもちゃんと耳を傾けて、彼らしさが輝くような役を作り上げて。
 追随を拒む彼すらも俺の脚本に取り込んでみせる。



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