十座
君らしい君で
リビングで次の公演のプロット案を読んでいた時のことだった。
ふと気配を感じて振り向くと、俺の後ろで十座が落ち着きなくうろうろしていた。
声をかけてくるでもない。それどころか俺の方を見もしない。
「なんか探し物か?」
「……」
仕方なしに俺から声をかけると、彼は心底ビックリしたという顔でこっちを向いた。
「いや……すんません。邪魔して」
「べつに邪魔はされてないよ」
キョロキョロと辺りを見回す十座だが、その合間に一瞬、俺の手元に視線が向くのが分かった。
ああ、なるほど。ホンが気になるのか。夏組の公演が終わったら次は秋組の公演準備が始まるもんな。
立たせっぱなしも悪いので俺の隣に座るよう促したら十座は大人しく腰かけた。
「次の秋組公演が気になるのか?」
ばつが悪そうな顔をしつつも、こくんと頷く。十座の場合は顔には出にくいタイプだが、こういう素直なところは兄弟そっくりだ。
「そりゃあ気になるよな」
「……ホン、できたんすか」
「まだだよ。綴にいくつか案出してもらってるところ」
その中からいくつか候補をあげて綴とも相談して、最終的に監督が次の演目を決めることになる。
順番から言えば次の主演は十座になるとは思う。しかし、本当にまだ何も決まっていないんだ。
脚本を見てからキャスティングするか、それとも十座を主演と決めて当て書きするのか。
十座の芝居も入団の頃よりは断然うまくなってきた。少なくとも、棒立ちの棒読みということはない。
だがそれでも主演を張るのに何の不安もない、というほどではなかった。やはりまだ当て書きがいいだろうな。
今の十座にはどんな芝居がいいだろう。その中で彼はどんな演技を見せてくれるだろう。
ふと、秋組のポートレイトを思い出す。もう随分と昔のことみたいに感じる。
「十座は、違う誰かになりたくて芝居を始めたんだよな。今なりたいのはどんな人間なんだ?」
俺の問いかけに、十座はぐっと眉間にシワを寄せた。べつに気を悪くしてるんじゃなくて、ただ考えてるだけだ。
「……正直、分かんねえっす」
「そうかぁ」
俺もよく分からないんだよな。他の誰かになりたがるなんて。
芝居ってある意味そういうものかもしれないけれど、俺にとっては俺の演じる役もすべて“ヤト”だから。
別人になるというより、自分の中に違う一面を落とし込むのが俺のやり方だった。
まあ、俺のことはどうでもいい。それより秋組の演目だ。
春組ではシトロンのリクエストに応えてヴァイオリンの演奏シーンが中心となり、音楽学校のカルテットの話になった。
現在公演中の夏組の演目は、椋が長年の夢を叶えてメルヘンなストーリーで少女漫画的な王子様の役を演じている。
さて秋組はどうなるか。十座の夢、今やりたいことをできる限り汲んでやりたいとは思っている。
ぼんやりと天井を見上げつつ、十座が呟く。
「……椋の芝居は、やっぱりすげえ」
花の王子様、フローレンスのことか。あれはよかったな。
誰にでも優しく、それがゆえに騙されやすい。けれど自分を騙した人のことさえ好きでいられる強さがある。椋にぴったりの役だ。
しかしフローレンスは椋と違ってやや自信過剰のナルシストな面もある。自分に似ていて少し違う、という役は難しい。椋はしっかりこなしていた。
そもそも椋の芝居を見てMANKAIカンパニーにやって来た十座は、主演が従兄弟だからという以上に今回の夏組公演に思い入れている。
「自分のなりてえモンをしっかり分かって、夢を叶えてる。俺も椋みたいになりてえ……って思う」
「王子様役やってみる?」
「……いや、そういう意味じゃ」
「あはは、大丈夫、そういう意味じゃないのは分かってるって」
慌てる十座に笑ってみせる。まったく違ったイメージの王子様が続いてもそれはそれで面白そうだけどな。
寡黙な十座は言葉以上に表情の細かな変化で語る。普段はその気がなくても睨みつけているように見える彼の目が優しげに細められた。
「お、今、九門のこと考えてるだろ」
「……ヤトさん、よく分かるな」
「よく見てればちゃんと分かるよ」
口をへの字に曲げて俯く。これは拗ねてるんじゃなくて照れてるんだ。
十座は自分に理解を示されるといつも照れくさそうにしている。
「九門のやつも、ここに来て変わった。あいつはもう、挫折したってそう簡単に諦めねえ」
それが兄として嬉しいのだと笑う。
九門は今回、椋を陰日向に支える準主演をつとめている。
フローレンス王子の従者、ブロト。マイペースな王子に振り回されつつもなにくれとなく世話を焼く苦労人。
いつも椋にくっついていくという点で九門自身に似ているが、性格はまったく違う。
これも役作りに難航した。でも九門は、ちゃんと自分なりのブロトを掴むことができた。
十座も『流れ者銀二』の時は初めての準主演で気負いすぎてたっけな。今度は主演をやるかもしれないとなれば尚更だ。
椋と九門が頑張っている。そのバトンをしっかり受け取って、次に繋ぎたいという想いもあるのだろう。
「十座はそのままの十座でいいんじゃないかな」
「俺のままの俺……?」
「椋も九門も、十座を慕ってるだろ。他の誰かにならなくても十座は魅力的な人間だよ」
「……」
考え込むような仕草に苦笑する。椋や紬とは別の方向で、十座もあまり自分に自信を持てないタイプだ。
「“他の何者か”になるんじゃなくて、“今の十座”を活かした芝居にできたらいいなと思ってる」
「……俺も、今の俺にできること、精一杯やるつもりだ」
「期待してる」
綴の脚本、楽しみだな。俺がそう言ったら十座も小さく、しかし強く頷いた。