03



青空のハニー



 5日ぐらい掘り続けてただろうか。さすがにバカらしくなって手を止めてぼんやり月を見て太陽を見てまた月を見て。……何回目かに意識が途切れた。気づけば家のベッドからまた月を見上げていて、その頃には「もういいや」って気持ちになっていた。
 帰ってみて驚いたことがある。あのこまっしゃくれた双子が旅に出たらしい。パラディンになったとかいう暗黒騎士と一緒に。正直言って、お前ら自分の歳を考えろよと思ったが双子自身の意志であるようなないような、世界に異変が起きてるからこの機会に成長して来いとか、世界レベルの厄介事をガキどもの試練扱いとは豪気な爺さんだ、本当に。
 っていうか、パラディンってどういうことだ? それじゃあつまりあの日あいつと戦ったのは、あいつを殺したのは、その得体の知れないパラディンで、あの双子でもあるというのか。
 その瞬間「仇討ちでもしてみるか、リオ」って声が頭を過ぎったことは否定できない。……でも、駄目だ。だってあいつらを憎めるわけないじゃないか。言葉も話せないほど小さな頃から見守ってきたあいつらと、たかだか一度会って話しただけのモンスターと。比べるまでもない。
 何も考えるな。……何も考えないなら、行くべき道は一つだろう。



 まあ結局のところ、スカルミリョーネとの出会いは私の人生に何の影響も及ぼさなかった。魔道士になる道は変わらなかった。でも気分は随分と違うものだね。べつにいいや、どっちでも。世界がどう転がろうが構うものか。
 何も考えないのは楽だ。ひと時だけ私を救ってくれたひとのことも、あんな子供が他の何かを手に掛けたことも、血に汚れた小さな手を平然と受け入れるこの町も、……使命とかいうものを果たして死んだやつらのことも。
 人生は短い。私は私のことで精一杯だ。もう外は青空だし。何も考えないのは楽なもんだ。

 苦悩を放棄したことにより私は魔道士にとって魔力よりも才能よりも大切と言われる「知性」を捨てた。
 ……結論を言えば、べつに知性なんかなくても魔法は使える。むしろ箍が無くなっただけ前よりもすんなりと威力ある魔法を打てた。生み出されるのはとっても野生味溢れる原始的な「力」の塊だ。それを標的に激突させる。……相方には「打撃魔法ですね」とかサラリと言われた。分かるような分からないような、とりあえず馬鹿にされてるのは間違いない。べつにいいけど。
 先達の後を追っていないやり方には当然ながら欠点があった。
 まず第一に魔力の消費が大きすぎた。ファイアだろうがファイガだろうが同程度に疲れる。一概に非効率とも言い切れないのは自制次第で精神の消費量よりも強力な魔法を放つことができるからだが、私の理性では微調整もできずただでかいのをぶっ放すだけに留まってる。たまに凄いけれども基本は魔力の無駄遣い、そんな感じ。
 第二に、それを抑えるための長老による教育の結果、抑え方ばかりを覚えてしまって今では私の成長が止まっていること。少ない魔力で微弱な魔法を積み重ねるのは得意だけれど……、町の目指すところは大魔法使いなのだから、やはり私は落ちこぼれだった。
 我がことながら本当に要領の悪い。省エネ魔法はマスターしたが大魔法なぞ夢のまた夢だ。べつに戦いたくないから威力なんか二の次だけれど。めったやたら疲れない小さな魔法の方が好きだ。

 そうして太陽のもとでのほほんと過ごしていたある日、相方が消えた。と思ったら数日で帰ってきた。……前より元気じゃないかってぐらいのパロムとポロムを連れて……。
「よう、リオ姉ちゃん」
「ご無沙汰しております、リオ様」
「あーうんおかえり」
 死んだと聞いたが生きていた。喜びをもって迎えられた「逸材」を前にさしたる感慨はなかった。生きてたならよかった、それだけ。それにしても5歳児のくせにご無沙汰しておりますってのはどうなんだろう。あえて礼儀知らずになれとも言わないが極端に反発しあってるなぁこいつら……。
 もう挨拶したしと背を向けて、腹の内ではおかえりなどとよく言えたものだなと思う。生きてるじゃないか。私の涙を返せよと言いかけて、こいつらの死に泣かなかったことを思い出した。
 流し尽くしてもう残ってなかったから。私はもう誰のためにも泣かないんだろうか。……べつにいいけど。

 結局、私の人生に大きく影響することはなかったけれども、気分としては随分と変わったと思う。
 何も考えずに生きるなら、何か一つ心に浮かんだ時にはそれの占める割合が大きすぎる。探してもいなかったのに、その影はやけにすんなりと視界に入ってきて。
「……てっ……なんでいるの?」
 考えるなというのは無理な話だろう。いや、死んだと思ったら生きていたなんて、誰しも他人に関心を寄せない世界なら、実はありふれたことかもしれない。だったら生きてたと思ったのにやっぱり死んでいたなんてことも……?
「……うん、本当はちょっと会いたかっ、たよ」
 ローブの先をつまんでみると、何か茫然自失だったスカルミリョーネが、そこでようやく私に気づいたように振り返った。
「……リオか?」
 名前を覚えててくれたことに軽く感動してみたりとか。
「私は死に損ねたのか……? いや、」
 宙を見つめる瞳と存在感の薄さが、現実をごまかしてくれなかったり。
「まあ、どっちだっていいじゃない。よりによって私が来てる時に出てくるなんてね」
 間抜けな幽霊だ。理性を吹き飛ばしてこの世に縛り付けてやろうか。そのまま愛の逃避行と洒落込むのも悪くはない、って、愛って何だ。使用頻度が下がりすぎて脳が麻痺してるのだろうか? 腐ってさえいるかもしれない。
「……お前は印象が変わったな」
 素直に腹黒くなったなと言っても構わないのに。単に罪悪感を捨てただけだ。何も選び取らないというのは誰かを傷つける。それを恐れるのをやめただけだ。
 って、自分では思っていたのだが。この痛みをみたところそこまで人間離れしてはいないらしい。
「ごめんね、ひねくれちゃって」
「いや、それは前からだろう」
 厭味じゃなく素で言われるとそれなりに腹立たしいな。まだ無我の境地ってわけじゃないようだ。ムカッとしたのは久しぶりかもしれない?
 ああそうか。スカルミリョーネと向き合ってるからか。知性がなければ思考は働かない。思考が止まれば感情も生まれない。……なんかろくでもない自覚が芽生えた。私って奴はどこまで要領悪いんだ。
「会えないとなると未練たらしくなる」
「……リオ」
 そっと手を握られてどぎまぎした。何だろうこれは。照れてる自分にも驚きだ。
「これが最後だ。もう待っていなくていい」
 あ……やっぱり幻だった。待ってなんかいなかった。スカルミリョーネがそんなこと言うはずないもの。
 消えてしまいそうだ。

 ストップでもかけてやればよかっただろうか。拘束魔法は得意なんだ。相手の動きを止めて毒霧を纏わり付かせる、その手際の良さを褒めちぎられた。不名誉な気もするけど。
 目を開けると抜けるような青空ってやつが広がっていた。夢から覚めた……。ああ。嫌な朝だ。だが少しだけ自分への理解度が深まったように思える。
「……諦めが悪いな」



 3 / 6 

back | menu | top