04



懐かしい未来



「……またか」
 不意に見下ろしてみれば、足元に岩肌が広がっていた。ついで目に入る景色にうんざりする。寒々しい風景もすでに見慣れつつあった。
 完全に死したはずの命が、明滅を繰り返すように何度も狭間を揺らいでいた。闇の中を漂い、じきに消えるのかと思えばまた現実の中に立ち尽くしている。未練があるとでもいうのか。私自身が気づかぬ内に?
 闇から逃れ出て、死に切れず我に返るといつも同じ場所にいた。私の死に場所だ。すなわち光に阻まれ滅びを招いた、弱さの証でもある。
 あまり居心地のよい場所ではないはずなのに、目覚めた時には何故かいつもここにいた。記憶の中、やけに鮮烈に輝く……あの少女を求めて。

 始めにリオを見たのもやはり山だった。出会った場所までは覚えていないが、おそらくはその付近だろう。彼女は一心に穴を掘っていた。一度首を傾げ、すぐに交わした会話を思い出す。
 いくらなんでも、そこまで額面通りに受け取らなくてもいいと思ったのだが、どうやらこちらの姿は見えていないらしい。声をかけても届かず、ただ眺めていることしかできなかった。
 いい加減に疲れきった顔で自らの掘った穴に寝そべり、そのまま気を失う。まさか本気で自分の墓穴を掘っていたのではあるまい。……正直、馬鹿じゃないのかと思いつつ、ミシディアの入口まで運んでおいた。
 二度目に見た時は少し大人びていたようだ。一瞥しただけでは分からないほどにかつてとは違う、自身を見据える強靭さを感じた。健全さは変わらぬまま開き直ったように闇を纏って、素直に好ましいと思え……いや、それはどうでもいいな。
 背後から声をかけられて、私を覚えていたことに少し驚いた。今度は彼女にも私の姿が見えているらしい。変化があったのはリオか私か……思えばあれこそが、死を逃れたいという願望が現れた瞬間ではないのか。
 未練があるのだと言われ、手を引かれた。自分ですら不要だと思っていた命を惜しむ者がいるなどと考えもしなかった。望まれるならこのまま留まりたいという想いは、確かに意識の隅に浮き上がった。
 私は何故未だ留まっているのだろうか。肉体の滅びとともに全て消えたはずではなかったのか。やり残したことならばいくらでもある。だが、現世に縋りついてまで成し遂げたいとは思っていなかったのに。
 明るい空の下、リオは昼の光が似合っていた。もう待たなくていいと、そう言ったのは私だ。逃げ道を見つけたなら何にも縛られずに生きてほしいと考えて。彼女は頷かなかった。
 傲慢にも程がある。……彼女は強く生き抜いている。私を待っているなどと、どうして思えたのか。未練ならばあるかもしれない。だが互いに、すれ違った多くの内の一つにすぎない。心を動かすほどの想いは、ないはずだ。
 触れたリオの手は暖かく、柔らかかった。……最初から届くわけがなかったのだから、求めるだけ無駄なこと。去るべき時が来たなら潔く消えねばならない。そんなことは自覚するまでもなく理解していたはずだ。

 諦めろと内から声が聞こえる。それ以前に、求めてなどいないとも思う。ただ一人を求めるが故にここにいると、容易には認めたくなかった。……意固地になるほど逃れられなくなるのは分かっていたのだが。
 リオはまだ時折この山に現れる。途切れる記憶の合間に姿がちらつく。私もやはりここにいた。日に日に意識を保つ時間が短くなり、彼女を見かけるまでの間隔が大きくなっても。
 交わることはない。もう彼女に私は見えず、私も次第にかける声をなくしてしまった。触れもせず話すことすらなく、それと知られぬままリオのそばに立っていた。
 彼女は日中に訪れることもあれば真夜中に遭遇することもあった。何をするでもなく空を眺めるそばに立ち、魔法の試し打ちをするのを遠くから見つめる。
 思う結果が出て満足げに笑うのを、憂さ晴らしに魔法を封じ剣を振るのを、嘆きの篭った重い息を吐くのを、他の誰よりも近くで……しかしリオにも知られないままで。
 結局、魔道士になると決めたのだろうか。渋りながらも故郷を嫌ってはいないようだった。
 しかし彼女はすぐ先にある祠には目もくれず、一人ひたすら魔力を放ち続けている。筋道もなく無軌道に現出する魔法は、人間よりも魔物のそれに似ていた。本能に導かれた力だ。理性のかけらもなく、それ故に強く、その強さが人を蝕む。
 私の懸念を嘲笑うように、日を追うごとに制御力がついて魔法には人間味が増していった。にもかかわらず当のリオからは人外じみた雰囲気が溢れ始める。黙々と作業をするように魔物を屠り、機械兵のごとき瞳で死骸を踏み越えて山を降りて行く。
 修行というには杜撰すぎた。壊れているにしては冷静で、自棄というほど苛立ってもいない。何をしにきているのだろう。
 独り言すら呟かないリオを見ていても、何を考えているのか皆目分からなかった。知りたければ町での姿を見ればいいのかもしれんが、その気にはなれない。こうして時折見かけるだけで構わなかった。

 穏やかと言えなくもない日々を過ごす内、不快なほど強く輝く月に語りかけられる。もう一度手に入れればいい、と……。
 強大な力で引き起こされて、かつて敗れた光にもう一度出会った。……それが最後だ。みっともなく留まり続けた魂も、もう消えるだろう。
 未練は必要ない。手に入れたいものもない。このまま見つめ続けても永遠は手に入らないのだから。いつか失うなら同じことではないか。
 ……待たなくていいと言ったのは私なのに、今度こそ消え失せてしまうと実感がわくと、忘れないでほしいと願っていた。未来が存在しないなら、耐えられなくなる前に逃げてしまった方がいい。



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