水
出会い、名前を尋ねて、知らないという答えが返ってきた。名付けたのは私だ。カイナッツォはすんなりと受け入れた。幼いが故に、何も知らないが故に、疑問も感じず「じゃあそう呼べばいい」と言った。
今になって、この名の由来は何だったのかと気にし始めた。何からとったのか、どんな意味があるのか。それが自分への興味ならまだよかったんだが、どうやら私の見ているものの方に興味があるらしい。……言えるわけがない。
「いいじゃないか、もうその名前で馴染んでくれたんだろう?」
「気に入らないわけじゃねぇよ。知りたいだけだ」
「……言いたくないなぁ」
「だから、なんで! 馬鹿とか阿呆とかって意味じゃないだろうな」
「そんな名前つけるわけないだろう」
実を言うと言葉の意味など知らないんだ。本来その名を誰がつけたのかも知らない。私はただ、私の知る名をつけただけだ。カイナッツォ……強く、孤独な魔物の名前。もう決して会うことのない者の名前を。
「どうしてそんなに知りたがるんだ?」
「どうしてそんなに隠したがるんだよ」
なんだかな。最近は妙に口が達者になってきたというか、性格が悪くなってきたというか。人の言葉尻を掴んで厭味なんか言ってくる。そこに「成長したなぁ」と喜んでしまう私もどうかと思うが。
親バカと言えるのだろうか。ろくに意思疎通もしてくれなかったカイナッツォが、だんだん懐いて……くれてるのかは分からないが、ともかく打ち解けてきた。喜ばずにはいられない。それが、叶わなかった過去の想いに縋っているだけだとしても。
「……お前がいくら聞いても私は答えないよ」
「だったらあんたの頭ん中覗くぞ!」
「聞き出すのを諦めるならそうすればいい」
にっこり笑って言えばグッと言葉に詰まる。挑発されると乗らずにおれない。やっぱりまだまだ若いな。負けず嫌いでもある。
「なんでそんなに頑ななんだよ。減るもんじゃねーのに」
「全部ぶちまけたあとで、言わなきゃ良かったって、頭掻き毟るハメになるんだよ」
打ち明けて、カイナッツォは何を思うのだろうか。名前を捨て私を憎むだろうか。一度考えれば、もうそこにしか答えがないような気がしてしまう。
お前の名は魔物からとったんだ。お前にそっくりな奴だった。あれが死んですぐにお前が現れたんだ。私は一度逃げ出してしまったけれど……十数年、お前達にとっては一瞬の時が過ぎて、また幼いお前を見かけた。私の子の亡骸の前で。
カイナッツォと、以前そう呼んだ魔物は私が殺した。あれの縄張りが村の近くだったために、多くの犠牲を払いながら私達が殺したんだ。そうして現れたお前は、また私の子供を殺した。
全部言ってしまったところでお前にその意味が分かるのか。私が何故お前と共にいるか、分かってくれるのか。私にさえ分からないのに……。
「憎しみだけでないのは事実だ」
「……何がだよ?」
愛情だけでないのも真実だ。嘘はついていない。本当のことを語らないだけだ。黙りこくって凍りついて、ああ、騙しているのは同じことだな。
「カイナッツォ……」
誰の代わりでもなく抱き寄せて頭を撫でた。きっとあの時は、後悔していたんだ。生の流れが因果ならば、あれを殺さなければ私の子は死なずに済んだのか? そんなことは分からない。もっと早くに死んでいたかもしれないし、お前ではなくあの子が私と共に旅していたかもしれない。
考えるだけ無駄だろう? 私はあれの名前を知っていた。あれは私の名前を知っていた。だけど関わることは叶わなかったし、もう終わってしまったことだ。同じ姿をし、同じ名前を持っても、お前は他の誰でもない。
「いつか、頭を掻き毟る気力さえ尽きたら、話してやる」
「…………」
「……かもしれない」
「なんだよそれ」
年老いて、もう後悔もできなくなったら。それでもカイナッツォがそばにいたら。きっと何もこだわらずに、ぶちまけられるようになってるよ。