水
一人でぶらぶらしてたら妙な魔物に出会った。まるで人間みたいな外見で、長い金髪を揺らして宙に浮いている。魔物っていうよりは、話に聞いた幻獣とか精霊みたいだ。
いきなり喧嘩をふっかけてくるでもない、まともに会話ができるような奴は初めてだったから、何となくいろいろ話をしてた。人間と関わるのは厄介だからって言うけど、魔物が相手ならリオも怒らないだろう。まあ、人間と話してたって怒りはしないと思うけど。
あいつらはいつだって、おれの姿を見た瞬間逃げていくし、話なんてする機会もないし、したいとも思わない。相手が似たような生き物なら聞きたいこともあるけどな。
「ふぅん、人間と旅してるんだ」
「……おう」
人間の姿をとってるせいか、どれくらい生きてる奴なのか分からなかった。でもまだ生まれてすぐのような気がする。リオなら見れば分かるのかもしれないが、おれには種類の違う生き物のことなんか分からない。
「お前、人間の知り合いいるか?」
「いるわけないじゃない! これからだって知り合いになりたくないわ」
考えるのも悍ましい! と自分の腕を抱いて顔をしかめた。時々は人間と仲良くしてる奴らもいるし、たまに魔物を従える術を持った人間なんてのも出てくる。けど基本的には相容れないもの同士だ。だからそんな反応に違和感はない。
「人間って、あたし達を見たらすぐ襲ってくるでしょ?」
リオに会う前に、何度かそういう奴らに出くわしたっけな。逃げなかった奴は全部返り討ちにしたし、おれを見て敵わないと逃げ出した奴はそれっきり現れなかった。どっちにしろ同じなのは、魔物を見たら敵だと判断するところだ。
人間が襲うから魔物が殺すようになったのか? 魔物が殺すから人間が抵抗し始めたのか……。何にせよ今は、相容れない、ただそれだけだ。
「……あたしだって、何度も追い立てられたわ」
こいつはまだ、やり返すだけの力がないのかもしれない。おれが頷くと、追われた時のことを思い出すみたいに腹を立てて言い募る。
「強くなるためにわざわざ魔物を殺してまわる奴らだっているのよ!」
「賞金稼ぎってやつか?」
「違うわ。お金なんかどうでもいいの。弱いのも強いのも、全部殺して行くのよ」
そこまで訳の分からない奴はさすがに見たことがない。強い魔物なら同種の間でも知られていくし、人間をたくさん殺していれば狙われもする。でも自分から出向いて行って格下の相手を殺して、何になるんだ?
「お前の連れてる人間は、魔物を殺さないの?」
「殺さなきゃ逃げられない時は殺すし、おれが殺すのも止めない」
「……人間も?」
「なるべく殺さない方がいいって言われてるけど、それは魔物も同じだな」
「へぇー、変な奴ね」
あの時おれを庇って、なんでか訪ねて来るようになって、今は一緒に旅をしている。けどリオは魔物に肩入れしてるわけじゃない。
どうしておれを連れ歩くんだ? 単に魔物が好きならただの変わり者だ。でもあいつは、何のためにおれの行く末を見守ろうとしてるんだ。
「何かに利用しようとしてるんじゃないの」
「何に利用できるんだよ」
「知らない! でも変な人間っているもの」
そうだな。確かに、リオは変な人間だろう。じゃあそいつについて行ってるおれも変な魔物か。あいつの意図も分からないのに、隠してることにはムカつくけど、嫌いだとは思わないんだ。
「……今の状況が嫌なんじゃない。不思議なだけだ」
「そいつに聞けばいいんじゃない?」
「聞いても答えないんだよ」
それに、もう聞けない。なんでと尋ねたときのリオの顔を思い出したら、何故か聞く気が失せるんだ。勝手に頭を覗き見ることだって、本当はできるはずなのに。
「……遠慮してるのね」
「そうだな。しかもリオは、おれが遠慮してるのを知ってるらしいんだ」
「気に病まれるのが嫌なの?」
そうか。そうだな。そうだった。リオがおれに隠し事をしてるってことより、何故そばにいるのか分からないことより、それであいつが思い悩むのが嫌なんだ。
「……気にすんなって言えばいいのか?」
でも気にしてるのはおれの方だしな。人間の気遣い方なんておれの脳には刻まれてないし、誰に聞いても分からない。目の前のこいつもまた、一緒になって思い悩んでいた。
「お前ならなんて言われたら嬉しい?」
「うーん。……嬉しい? それよ!」
「へ」
「そいつに言ってやるのよ、一緒にいられて嬉しいって」
べつに嬉しいとまでは言ってないんだが。嫌じゃない、とは思うけど。第一、おれがそばにいろって言ったんだからリオだって知ってるはずだ。
「分かってることでも改めて言われたら嬉しいじゃない? それにお前、その人間を喜ばせたいんでしょ」
言われて初めて、悩ませたくない、がいつの間にか変わっていたことに気づいた。考えてみれば、リオがどうしておれのとこにいるのか知りたいのも……それが分かればあいつを喜ばせられるからだ。
「上手く言う必要なんてないと思うよ。少なくとも、あたしにはね」
どうせ上手くなんか言えないが、そいつに伝える時は頑張りなさいよと言われた。……分かってることでも改めて言われたら嬉しい?
「お前と話してると面白かった」
「そうね。あたしもけっこう楽しかった!」
なるほど、確かにちょっと気分は良くなるな。
おれと違って素直な奴なんだろう。言葉通り楽しそうにしながら、あれ? と首を傾げて町の方を見遣り、お前の連れが戻ってくるわよ、と笑った。おれからはまだリオの姿は見えない。
「じゃあね。あたしも面白そうな人間見つけたらついて行ってみるわ」
それは危ないんじゃないのかと思ったが、口に出す前にあいつは掻き消えてしまった。現れる時もいきなりだったけど、去るのも素早い奴だな。
おれにも分かる距離まで気配が迫った。考えたって思いつく気がしない。なんて伝えたらいいんだ? あの魔物と同じやり方でいいのか?
とりあえず、リオが戻ってきたら……おれはお前と一緒にいられて楽しいと、言ってみようか。