目の前に血溜まりができていて、そこに人間が沈んでいる。もう事切れてるそいつらは、リオと同じぐらいの大きさの男と、小さい子供だ。
 こういう光景を見るのは二回目だった。何も二回しか人間を殺してないってわけじゃない。はっきり覚えてるのが、二回というだけだ。
 一回目はリオに会った時。腹が減ってたわけでもないのに、どうしようもなく飢えていた。抑え切れないぐらい苛立ってるところへあいつらがやってきて、何かを考える前に殺していた。血の中に顔を埋めて死肉を漁ってると、少しだけ気分が落ち着いた。
 その後リオに拉致されてからは、ああいう飢餓感に侵されることはなかったけど。

 いつも通りにリオが町へ買い出しに行って、おれは人の来ないところで待っていた。そこにあいつらが来たんだ。おれに気づかずに、あっちからやって来た。自分が何考えてたのか今はもう思い出せない。できるようになったばかりの変化の技を使って、人間の子供に化けた。
「あっちで誰か倒れてるんだ」
 口をついて出た言葉に男が焦っていた。どこだと慌てた声は、きっとそいつを助けるつもりだったんだ。誰も倒れてなんかいないのに。馬鹿めと頭の中で嘲笑いながら、おれも何故か少し焦っていた。
 二人を先導して、さも重大そうな顔をして走った。使い慣れない足が走りにくくて、何度か転ぶ内に男がおれの手を引いた。反対側に子供を抱えて、こっちだな、すぐに行くぞとか何とか言いながら……。
「誰もいないぞ? 一体、どこに──」
 気づいたら、待ち合わせ場所からずいぶん離れていた。これなら血の匂いだってきっと届かない。……なんでおれは離れたんだろう? あいつが怒ろうが悲しもうが関係ないのに。おれが殺したければそうすればいいのに、どうして隠れたんだろう。リオには知られちゃいけないと思っていた。

 訳も分からないまま死んだ男が地面に崩れ落ちたとき、なんだかよく分からないが笑い出したい気分だった。今度は飢えてなんかいなかったけど人間を殺すとすっきりする。親子があの時の二人のように見えたから余計に。
 ずっと気持ち悪かった。おれが殺した二人と、そこに現れたリオと。おれを拾って育てるとか意味の分からないことを言い出したリオも。おれが変なもの感じてるのを、分かってるのに何も言わないあいつが。気持ち悪かったから、だから。

 探してる時にはどんな遠く離れてても見つけられる。なのにこうして意識がどっか他所へ向いてる時は、真後ろに立っていても気づかない。
「……襲われてるようにも見えなかったな」
 いつ戻ってきてたのか分からなかった。いつから見てたのかも分からなかった。ただ分かるのは、リオが怒っても悲しんでもいないことだ。
「倒れてたって、誰が?」
 走って逃げたくなった。だけど足を動かすのに失敗した。あいつらを殺した時に元の姿に戻ったんだった。どうやって走るんだった? 転移魔法の使い方は? 何故かいきなり、何もできなくなってしまった。
「騙される方が悪ィんだよ」
 人間を殺した。だからなんだ。それがどうした。今だってそう思ってるのに。怒りもしない、悲しみもしない、一度ため息をついて寂しそうに笑うリオが、「仕方ないんだよな」と言ったリオが、とてつもなく気持ち悪かった。
「……もう殺さない」
「べつにいいんだ。お前は魔物なんだから」
「もう殺さない!」
 だから。……だから何だ?

 枯れた大木に寄り掛かって町から手に入れてきたばかりの荷物を整理している。おれはどうしたらいいか分からずに、少し離れてそれを見守っていた。
 必要もなく人間を殺してはいけないと言っていた。さっきのは必要だったのか? 殺したいと思った。でも理由はなかった。だから何も言ってくれないのか?
 近づいて見上げると、黙ったまま見つめ返してきた。ごめん、と言おうか迷う。だって悪いことをしたとは思えなかった。こいつの考えてることが分からないのが、嫌なだけなんだ。
「私が手を出したから、半端に人間らしくなってしまったんだろうな」
 不意に目を細めて苦笑しながらそんなことを言う。後悔なんかは感じなかった。でも、もう手を離すと言う気なのか。
「私が怒っても悲しんでも、お前が気にすることはないんだよ」
 お前は魔物だからといつもの言葉は続かなかった。怒っても悲しんでもいないじゃないかと訴える視線が届いたからかもしれない。
 甲羅の両側を持って膝の上に乗せられた。目の前の人間が内に抱えた何かが、おれの中にまで流れ込んできそうで居心地が悪かった。だけど逃げられもしない。きっと、一緒にいるのに慣れすぎてしまったんだ。
「……私は、やっぱり人間だから、傷ついてしまうんだ。ごめん」
 よく分からないがそんなことはリオが謝ることじゃないと思った。
「人間のようになってほしいなんて思わないのにな」
 おれが悪かったのかもしれない。人間のようなものに、変化できてしまったから。まるで近付こうとしているみたいに感じたのかもしれない。おれも、こいつも。
「殺したいだけ殺せばいい。それでも私は、お前が怪我をしなくてよかったと思うから」
 少なくとも、こいつがおれの傍からいなくなるまでは、もう人間を殺さないでおこう。リオの顔を見上げてたら何となくそう思った。



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