途中までは昨日と同じ一日だった。何かやることはないかとずるずる屋敷の中を歩き回り、うっかりご主人様の部屋に入るまでは。
「ああスカルミリョーネ。どうした?」
 ご主人様は上半身を露出していた。しかも普段は見かけない膨らみがそこにあった。なぜだか分からないけど見てはいけないもののような気がして、慌てて後ろを向こうとしたら、扉に顔をぶつけてひっくり返った。
 なんて鈍臭いんだ私は。呆れられて捨てられないのが不思議なくらいだ。
「大丈夫?」
「……はい」
 そっと肩を叩かれ、振り返った時にはもういつものローブ姿になっていた。あれは何だったんだろう。病気であっては大変だとリオ様に尋ねると、なぜか苦笑された。またおかしなことを言ってしまったのか……?
「何って、君……僕は女だよ。知らなかったのか」
 女。……知らなかった。というよりも、そんなことは考えもしなかった。人間には性別という区分があるのだった。
 確かに私は主に従うだけの存在ではあるが、作られて以来ずっと側にいるのに、気づかなかったなんて。もっと興味を持ってみるべきだったのか。
「まあ仕方ない。こういう格好ばかりだしね」
 今は顔を出しているけど、普段はおよそ身の丈に合わないローブをすっぽりと頭から被って、顔つきどころか体の線まで完全に隠れている。どちらにしろ私には人間の雌雄の区別はつかないけれど、それが可能だったとしてもこの姿を見て判別するのは不可能だと思う。

「君にはもう少し世間慣れさせなきゃならないな」
「申し訳ございません……」
「怒ってないから謝らなくていいんだよ」
 言葉通りにリオ様が明るく笑う。薄暗い屋敷には似合わない健全さだった。
「……あなたは、なぜここに住んでいるのですか?」
 頭に浮かんだ瞬間、何も考えず口にしていた。他人に誇れる生き方じゃないと常々言っているけど、決して卑屈にはならない。こんな人間のいない辺鄙なところでなくても住むところはあるはずなのに。
「人間はね、変なものが近くにあるのを嫌がるんだ」
「変なもの、ですか」
 リオ様を人間の基準として見るなら、私は歪なものだと思う。でもこの方は、何かの価値観に押し込めなくても綺麗だ。薄汚れたローブの中にある、肌も。私とは違い何もかも綺麗だ。
 さっき偶然見てしまったものを思い出した。なぜだか頭がくらくらしてそっぽを向く。
「屋敷にこだわりがあるわけでもないけど。そうだ、一緒に旅に出ようか」
「え……」
 唐突な話に間の抜けた態度で返してしまった。旅に出る? リオ様が出かけるならいつも通りだけど、私も行くのだろうか。知らない場所に行くのは嫌だ……、でも望まれるなら断ることはできない。
「何のために、出かけるのですか?」
「せっかく生まれたんだから世界を見たいかなっと」
 生まれた、という言葉に違和感がある。私は卑しいアンデッド、この方の下僕だ。使役するためだけに作り出されたモンスター……だと思うけれど。

 ではなぜ、名前をつけたのだろう。ここにはリオ様と私しかいないのに。名前など不要だし、他にも下僕を作るなら呼び名が必要になるけど、それだってこんな手の込んだ名前でなくてもいいのに。
「リオ様は、どうして名前を、くださったのですか」
 ご主人様は首を傾げて、何が分からないのか分からない、という風に答えた。
「どうと言うこともないけど。自分の名前、言ってごらんよ」
「スカルミリョーネ……」
「言いにくいだろう」
 それを肯定すれば批判に繋がってしまう気がして、何も言えなかった。確かに言いにくい。まだ話すこともあまり慣れていないから尚更だ。
「だから、皆も一生懸命覚えてくれるかなーって思ってね」
 皆とは、誰なんだろう。やっぱり私以外にも下僕を作るつもりでいるのだろうか。今まで以上に成果を見せればやめてくれるだろうか。でも、探さなければできることが見つからないほど無能なのに。

 旅に出れば他の存在との関わりができる。頭を占めるものの数が増える。それはあまり嬉しくないことだと思う。
「私だけでは、足りませんか?」
「ん? 何を言ってるんだ」
 他の何かを探しに行くのか。世界を見て、それでも私が何も学べなくて、そしてもっといい下僕が見つかれば。私はその場で捨てられるのかもしれない。
「もっと頑張ります。だから捨てないでください」
「……どうしてそんな結論になったのかな。捨てるわけがないよ」
 精一杯に背伸びをして、掲げられた手が私の頭部を撫でた。影がさして表情は分からない。
「リオ様、私を作ったのはあなただ」
「うん、知ってる」
「なぜですか?」
「君は命の寄せ集めだ。皆まだ生きていたそうだったんだ。だから僕は放っておけなかった」
 答えはいつも明瞭なのに、その意味はよく分からない。やっぱり私が馬鹿だからなのかもしれない。
 私の体は死体を継ぎ合わせたものだ。思考もきっと、それらの寄り合わせられたもの。なぜご主人様はそんなものを必要としたのだろう? 私の存在なんて、何の役に立ってもいないのに。
「死体が好きなのですか?」
「今日は質問が多いね。しかもすごいこと聞かれた」
 指摘されて初めて気づいた。部屋に入ってからずっと、煩わせてばかりだ。思わず謝ろうとしたのだけど、音になる寸前でそれを察したリオ様に口を塞がれた。
「いいんだって、どんどん聞きなさい」
 機嫌のいい顔だ。つまり、喜ばれている。
「死体は好きだ。死んだものなら何でも許せてしまうしね」
「……面倒では、ないですか」
「スカルミリョーネが何かに興味を持つのは嬉しいよ」
 ではやっぱり、命じられた通り旅に出るべきだ。考えることが多いのは興味の対象も多いということ。……この閉じた屋敷の中にいてさえ、ご主人様にも自分にも興味がわかなかったのに。作られてすぐ、思考すらなかった頃とは何か変わってきたのか?

「もしかしたら、いつか不思議な事は無くなっちゃうかもね」
「そうなったら、どうするのですか」
 リオ様は答えず、不意に窓辺の花を手に取った。もう何日か前に枯れてしまった、今はただ醜い花だ。それを指先でつまんで私に差し出す。どうすればいいのか迷っている内に、花は艶を取り戻し数日前のように綺麗に咲いていた。
「ど、どうやって?」
「君はこうして生まれたんだ」
「……分かりません」
「何も無くなったら僕が不思議を作ってあげるよ」



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