02



 相変わらず整然とした部屋の隅、ヤトは気をつけの姿勢で眠っていた。自分ではのんびりしていると思っているらしいが、実際は相当な神経質なのではないだろうか。……よくそんな姿勢で眠れるものだ。
 しかしまいったな。用があったんだが、こうもぐっすり寝ていると起こす気になれない。無理に起こして機嫌が悪くなっても困る。
 これほど整った部屋ならば、探し物も容易に見つかるかもしれない。自分でどうにかするしかないか……。
 そうした判断が間違っていると気づいたのは、一時移動させようと無造作に積み上げた書物が雪崩を起こして、凄まじい物音で目を覚ましたヤトが額に青筋を立てているのを見た瞬間だった。

「いや、これはその、わざとではないんだ。本当に……。すまない」
 呆れも怒りも発さないヤトを見ると、何か言えばやり返そうと考えていた言葉が萎む。かえって申し訳ない気分になり、つい自ら謝ってしまった。
「……とりあえず、何が起きた?」
「いや、探しものをな」
「なんで起こさないんだよばっかじゃねえの!?」
 ああ、どちらにしろ怒らせてしまった。というより落ち込んでいるのだろうか? 扱いの難しい奴だな。まあいい、最早過ぎてしまった出来事だ。ヤトが目を覚ましたのだから考える事もない。
「先日の、エブラーナの残党の資料はどこだ?」
「そっちの棚に入ってる。つーかそれぐらい記憶しとけよ」
「私ではなく配下が入り用なんだ」
 壊滅といっていい状況ではあるがそれは土地だけのこと。滅びた故郷を恋い慕う人間は未だ残っている。魔物とは違う……国を持つ、自らの弱さを自覚した人間という生き物は時に厄介だ。
 万が一にも再起を謀られては面倒だ。城跡にも何か仕込んでおかなければならないな。
 それよりも。言った後になって、目の前の彼が何者なのかに思い至ってしまった。指し示された棚を探りながら、何か言い訳がしたくなる。
「……どうも奴らとは話が通じなくてな」
「そりゃお前、相手が理解してるの前提で話すもん」
 ヤトは気にしていないようだ。いや、内心は分からないか。
「分からんから聞いてんだろ? お前のそれじゃあ説明にならないって」
 そこでふと、怪訝そうな顔になる。わけもなく気が急いた。何を言われるのかと不安になり、そんな自分が可笑しくもなる。
「つーか資料渡しても読まないんじゃないか……」
「それは私の責任ではない」
「お前ね……んじゃもう俺が写して渡しとくから、それ」
 貸して、と言い終える前に私の手から紙束を奪い取る。俯き、それを覗き込んだ拍子に髪が揺れた。
「写しなど必要か?」
「どうせなくすだろ、あいつら」
 否定できないのが辛いところだな。

 エブラーナの再起を志す者が出てきたとして、その中にヤトはいない。安堵すべきことなのか。以前はこのような疑問も抱かなかった。
「けっこう……詳しいな」
「……それだけの時をかけたからな」
 紙面を辿っていた指が、垂れてくる髪へと伸びる。無意識にかそれに触れて、ヤトが固まった。
「ってなんだこの三編み!?」
「気づくのが遅いな。それは私じゃないぞ」
「またメデューサどもか!」
 こういうのは阿吽の呼吸と言えるのか。すぐに思い当たるということは、何度か彼女らに髪を弄られた経験があるのか。それとも寝ている隙に、という部分か? ……そちらは深く聞かない方がいいな。
 どちらにせよ、妙に打ち解けたものだ。当初の予定とは違う形でだが役に立ってもいる。
「お前から言っといてよ、あんまり俺にちょっかいかけんなって」
「君が男だから仕方ない」
「……なんだって?」
「君が男だから仕方ない」
 尋ねられるまま二度同じ言葉を繰り返すと、ヤトの口の端が引き攣った。やはりそういった覚えもあるのか。多少は諭しておくべきかもしれないな。男とはいえ彼も人間、そう何度もは魔物の体力に付き合えまい。
 まあ……言って素直に聞く配下ばかりでもないが……、そこは自力で逃げてもらうほかないな。

 日常に戻り、過ぎたことと判断していた。ヤトの考える事は私にはよく分からない。
「なあルビカンテ」
「どうした?」
「俺ってお前の中では『エブラーナの人間』に入ってないのか」
 責めるでもなく、嘲るでもない。ただ平坦なだけの疑問だ。それが何故だか恐ろしかった。
「君は……」
 継ぐべき言葉が見当たらない。当初の目的は果たせなかった。ならばと捕虜の名で縛り留め置いた。今、君は……何者だ?
 滅びし故郷を更に叩きのめす、その方策を手に握り、敵意も持たず私に対するヤトは、どこに立っている。
「……その三つ編み……解いて置かないと面白い跡がつくぞ」
「お前ってホント、ごまかすの下手くそだなぁ」
 それを苦笑して済ませてしまう人間がいるからだ。……意志を揺るがすほどの大きさではないが、無為に失うのは耐え難い何か。この立場をなんと言えばいいのだろうな。



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