03
この間はしゃぎすぎた反動だろうか、ここ最近は俺も奴も妙に静かだった。差し迫って片付けなきゃいけない仕事もない。いいことだ。
今は、なーんもしなくていい。幸せだなぁ。俺はこうしてぼんやりしてるときが一番幸せだよ。ちょっと誰かさんのせいで暖房が効きすぎだが、他にでかい問題もなく。平和っていいな。
今なんか頭に浮かんだ気がするけど……いやいや俺の気のせいだな、きっと。うん。陛下のこと忘れてたとかそんなこと全然ないし。罪悪感が完璧消えてたとかそんなわけ絶対ないし。
うわああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい陛下、男同士で海水浴とか寂しすぎる遊びに浮かれまくってごめんなさい! ついでに奴の抹殺を謀ったけど見事に失敗してごめんなさい! でも俺は俺なりに頑張ったんです!
ルビカンテさえいなければ遠慮なくあの子達に声をかけられたのに。べつに突き落としたのは腹いせじゃないぞ、それはあくまでもエブラーナのため陛下のためだ。本当だ。
浜辺、ごった返してたのに。……近寄っただけで波のように人が引いてったなぁ。魔物だってナンパする権利はあるのにな。こいつがそんな軽薄なことするかどうかはともかく。とにかくとばっちり食って俺までドン引きされたのが不愉快だ。
「……何だ?」
「あ、いや、べつに」
やばい見つめすぎた。ルビカンテってモテるんだろうか。って考えてました、なんて言えるわけない。人気あるけどモテなさそうだよな、なんてますます言えない。「いい人なんだよねー」「いい人なんだけどねー」「いい人なだけよねー」で済まされるタイプと見た! とか言ったら殺されるだろうか?
「何と無く腹立たしい顔だな」
「ははは……気のせい気のせい」
思いっ切りばれてるよ……。実は読心術とか使えるんじゃないだろうな。
しかし考えてみればこいつもよく付き合ってくれたよな。水なんか苦手なはずなのに。まあ……それなりに楽しんでたみたいだけど……。文字通り水を差して悪かったかな。なんか、アレだし。
「何故そんなに見つめるんだ?」
「や、今日ちょっと具合悪いのかな、っと」
珍しく調子悪そうというか、なんか違和感があるよな。朝からぼけっとしてるしさ。やっぱり俺のせいか。……まあ、モンスターとは言えど……病人相手になら少しぐらい寛大になってやってもいいんだけど。
「ヤトにまで分かるのか……」
「んー。それなりに」
観察してんじゃないけど、わりとよく見てはいるよ。放っとくと何仕出かすか分からないからな。赤ん坊みたいだな、お前。
「体が熱いんだ」
「いつもじゃん」
「そうではなくて……調節が効かないんだ」
じれったそうにルビカンテが俺の手を掴む。その瞬間、まるで煮立った鍋に手を突っ込んだような衝撃が走った。
「ぅあっつううう! お前なんてこと……見ろこれ! 赤くなった!」
「どうしても体温が下がらなくてな……」
聞けよおい。当方の被害は甚大だぞ! ポーションは支給されないってお前知らないだろう! だって誰も使わないからな。ここにある薬品なんか怖くて飲めないし。つまり怪我したら自腹なんだぞ、俺の。
今度ルビカンテの名前で上申書出そうかな……。無駄だろうなあ。ゴルベーザはけち臭いからな。金がない金がないって本拠地にこだわりすぎなんだよ。なんでこんな燃費悪くて維持費の凄まじいのを二つも抱えてんの? 地上に居を構えて必要なときだけ使えっての。広すぎて掃除のしがいがありすぎちゃうじゃないか! 喜んでない。怒り狂っているんだ。
「……ヤト」
「あっごめん没頭してた……っ手を伸ばすな!」
また火傷が増えるのは御免だ。っていうか今日やっぱり変だな。……もしかして、もしかしなくても俺のせいなのか? 謝った方がいいのかな。それは癪だ。っつーか風邪(予想)ぐらい自力で治せよ。モンスターのくせに。
「……海ではりきりすぎたんじゃねーの」
「張り切って空振りしていたのは君だろう」
この野郎。余計なことまで言わなくていい。寛大な気分は撤回しよう。粥の一つも作ってやろうと思ったがやめだ。勝手に寝込んでいやがれ。
「……熱を発散したい」
ってなんで俺を見るの? なんで構えてんの? ファイア発射3秒前、って感じに俺に手を翳すのはやめてくれませんか。しまった後ろは壁だ逃げられない。
「耐えてくれ、ヤト」
「あほかっ、死ぬわ!」
「私が死にそうだというのに助けようと思わないのか?」
「あのな……」
いっそそのまま死んでくれよ、俺は捕虜なんだぞ。なんでお前の心配しなきゃいけないんだよ。いや違う、心配なんてしてないし。
だから……どうして言い訳しなきゃなんないんだよ。
「……調子悪いなら寝てたら?」
ベッドに向かって突き飛ばしてみた。あっさり倒れた巨体を受け止めてスプリングが盛大に軋む。巻き上がる炎と一緒に、俺の寝台が。
「炎上……炭化……そして自腹だ……」
また爺さんのとこでバイトするのか。今度は実験台にされませんように。
「調節が効かないと言ってるだろう?」
人の寝所破壊しといてその態度は何だ。踏ん反り返って言うことか。まず最初に謝ってみても誰も怒らないんですよルビカンテさん。
だけどなんか、いつもより威圧感がないな。偉そうなのはいつも通りだが……頭ふらついてるし。目は焦点あってないし。
「……あーもう、じゃあ床で寝ろ、床で」
黒焦げの、かつては(俺の)ベッドだったものから引きずり降ろす。触れるとびくっと手を引いて、もう一度強引に掴むと今度はあまり熱くなかった。
「……もしかして必死で抑えてたりする?」
返事のかわりにじっとり睨まれた。言葉で答える気力もないらしい。とりあえず床に座らせる。べつにベッドじゃなくたっていいよな、モンスターだし、それで悪化するなんてことないはずだ。むしろ床が熔けないかの方が心配だな。
「寝ときゃ治るって」
「こんな事態は初めてだ……」
「なに、怖いのか?」
ふふんと笑って見下ろすと、ムッとした視線が返される。負けず嫌いな奴。
「ま、見守っててやるから安心して寝ろよ」
「寝首でもかく気か」
そんなこと、できるならもうずっと前にしてる。……あれ? できないん、だっけ?
何にしたって、目の前で弱ってる相手に。蹴り入れて捨て去れるほど。まだ……そこまで……じゃない。
「目、閉じろ」
意外にも素直に従った。
「体の力を抜け」
緊張感が解れて、でっかい体が倒れ込む。
「……おやすみ」
間近いところで聞こえる、すうすうと穏やかな寝息。どうしよう。まさか本当に寝るとは思わなかった。あとなんで俺に寄り掛かるのか。暑いし重いし気持ち悪い。退けられないし最悪だ。
俺も実は調子悪いのかもしれないな。いや、すごく悪いんだと思う。ルビカンテが病気だなんて、逃げるにしろ殺すにしろ今が絶好のチャンスなのに。
「ヤト……」
寝言とか言うし。俺の名前だし。
「うぅ」
うなされてるし、無防備で。
「……」
なんか……俺の袖とか掴んでるし。子供かお前は。風邪なんかひくの初めてなんだろうな。……俺このまま死ぬのかなとか思って、本気で怖かったなぁ。母さんがずっと手を握って、くれて……。
「何やってんだろ俺……」
こっちの手、まだ火傷治してないのに。でも反対側は袖掴まれてて動かせないし。っていうかなんで握ってやってんだ。すっげえ痛い。熱い。キモい。
もう言い訳できねえよな……。あわせる顔なんか、始めっからなかったけど。