03
どこぞのナンパ小僧の言うことじゃないが、クライス団には美女や美少女が多い。本当に多い。俺がこっちの世界に帰れるよう取り計らってくれた大恩人であるマリカちゃんを筆頭に、とにかく可愛らしい女の子がたくさんいる。
そんなありがたいやら勿体ないやらの贅沢な環境にいてなお思うのは、リオだって負けてねぇってことだ。
「ええと嬉しいですけど、さすがに身内贔屓でしょ。私は良くて平均並ですよ」
「いや、お前なら美少女攻撃のメンバーにも入れる! 俺が保証するぜ!」
「なにそれ。美少女攻撃って。クライス団って一体……」
不思議なのはそのリオに男っ気がまったくないことだった。あったらあったで俺としてはものすごく反応に困るだろうが、それはさておきリオに恋人がいないのはなぜか? こいつを口説こうって野郎はいないのか?
「何なんだ、グレイリッジの男はいつからそんな腑抜けの意気地無しになっちまったんだあっ!」
「そこまで怒ることでもないと思うけど」
「俺がお前と同世代なら絶対に口説いてるぞ!」
「それは誇ることでもないと思うけど」
冴え渡るような美形ってわけじゃねぇだろうが、身内贔屓だけでなくリオは確かに可愛らしい。人見知りが激しくて親しくないやつには無愛想なところがあるから多少は取っつきにくいのかもしれないが、その分だけ懐かれた時の感動もひとしおだ。
素直だし、しっかり者だし、料理はうまいし、優しいし。高嶺の花ってよりは所謂ところの“妻にしたい女”と言える。俺がもっと若かったら、ヤトにぶっ飛ばされてもちょっかい出してただろう。だが生憎と彼女を口説くには年齢が離れすぎている。その好意は親心として働いた。
俺のいない間にぽっくり逝っちまった親友への手向けに、健気に一人で生きてるその娘の面倒を見てやろうと思っていた。父親代わりなんて烏滸がましいかもしれないが、そのつもりでリオの人生をしっかり守ってやろうとしてるんだ、こっちは。
だから、不甲斐ない野郎の一人や二人ぶっ飛ばさせろってんだよ! 俺も「娘は渡さーん」ってやつをやりたいぜ! ……というふざけた願望は抜きにしても、だ。リオみたいな娘がモテないってのは本当に納得いかない。こいつのどこに不満があるってんだよ町の野郎どもは。
「ちょっかい出してくるやつはいねぇのか? 協会で働いてた時だって周りに若い……男は、いたんだろうがよ」
ああいけねぇ、自分で言いながら想像してムカついた。軽い気持ちでリオに手を出すようなナンパ野郎は俺がぶちのめしてやる。でもこんないい女を放っとくのも許せねぇ。そんな俺の複雑な気持ちを察しているのかいないのか、リオは困ったように首を傾げながら「私が口説かれるはずがない」と断言したのだ。
「グレイリッジに協会の支部が置かれてたのは知ってるでしょう?」
「おう。今は協会を追い出してギリアムが守ってるところだろ」
「そこの前支部長、マクート様は好色な方でしたから。年頃の女の子は皆あの方の世話係でした。それを口説こうなんて命知らずもいませんよ」
「………………は? な、なんだって」
前支部長とやらの話は以前から聞いてたぞ。団長さんもギリアムさえも毛嫌いしてるタコ野郎ってやつだ。あの温厚なローガンが凄まじい殺意で「見つけ次第この世界から抹消すべきだ」なんて息巻いてたのに驚いた。
それが何だと? 好色で若い娘を侍らせまくってただと? だからリオを口説く男がいなかった? つまり……。
「お、お前もそいつの世話係ってのを、」
「はい、勤めていました。エリンもそうですよ。彼女が協会に入ったときは大勢が泣いたっけ」
「そ、そうか、だからローガンのやつ、あんなにキレまくってたのか……そいつがリオも、そばに侍らせて……」
そもそも世話係って何だ、一体ナニをしてたんだよ!? そのタコ野郎を追っ払うのにエリンちゃんが潜入捜査してたって話だから一線は越えちゃいねぇはずだが……おい、一線ってどこだよ!!
「ぶっ、ぶっ、ぶっ飛ばしてやるうううう!!」
「マクート様なら、もうぶっ飛ばされてしまいましたけど」
「うぐぐぐっ、それはいいことだが俺がこの手でぶっ飛ばしたかったぜ!!」
どうして俺はもっと早くこっちに戻ってこれなかったんだ。リオがそんな野郎を甲斐甲斐しく世話してたなんて、終わったこととはいえ許し難い。
リオは協会に忠実だ。同じく協会に肩入れする輩の多いグレイリッジの住民にまで悪名高いマクートって野郎のことさえも、彼女は素直に敬意を抱いているらしかった。
「私に恋人……というか配偶者がいたら、このラバキンさんとの関係もなかったでしょうから、私はマクート様に感謝してます」
「なんでだよ! タコ野郎は関係ねぇだろ?」
「私に結婚の指示が下されなかったのはマクート様が情報を差し止めていたからなので」
「ちょちょっ、ちょっと待て、なんだその“結婚の指示”ってのは?」
「将来の伴侶が誰かを協会に教えていただくことです。そうやって無駄な手間を省いて最善の相手と結ばれるんです。マクート様は私の結婚時期はまだ先だと本部に指示を仰がなかったんです」
リオに恋人がいない理由を知って浮き上がっていた額の青筋が消えた。怒りを通り越して唖然としちまったからだ。リオの言葉は俺の脳ミソを数秒ほど止めるに充分だった。
「じゃあお前は協会に決められた相手と結婚するってのか?」
「いえ、協会が決めるわけじゃなくて予め決まっていたのを協会が教えてくださるだけで、」
「詭弁はいい。お前の相手はこれだなんて犬猫みたいにはいそうですかって受け入れんのかよ!? ふざけんな、俺は認めねぇぞ!!」
リオが結婚せずに済んだって点では確かにタコの女好きっぷりに感謝だが、逆に言えば協会の押しつける結婚なんてその程度のものってことじゃないか。リオの気持ちなんざ関係ねぇ、やつらの都合次第だ。
こいつが信じてるところだけは、拠り所としてる部分だけは協会を認めてやっても構わないと思っていた。が! 人生のパートナーまで勝手に決められるなんてよ。リオの幸せは、リオが自分で選びとるものだろ!?
「いきなり出てきた得体の知れないやつと結婚するはめになっても平気なのかよ」
「平気です。だって運命だったんだもの。父さんが母さんに出会ったのと同じでしょ」
「全然違うだろ!!」
「両親が出会うことは決められてたんです。事前に知っているかどうか、それだけです。私はこれから私が出会うはずの人を愛してます」
絶句、だった。そんなんじゃ愛する人がどんなやつでも関係ないってことになるじゃねぇか。自分の意思がどこにもない。誰かに与えられ、愛せよと言われて従ってるだけだ。リオの瞳は穏やかだった。淡々と運命を受諾するその瞳に、声に、未来への期待が微塵もない。彼女は、協会の信奉者はそんな運命に幸せさえ感じるっていうのか。
ヤトは俺の親友だ。どんな男だったかよく知っている。リオは、ヤトが唯一無二の相手と選んだ女と結ばれて、その愛の末に生まれてきた大切な娘だ。両親の人生を運命と呼ぶのもいい、だがそれは二人が自分で掴みとったものだ。親友の想いを妥協や諦念のように言われるのは我慢ならねぇ。
恋したり愛されたり誰かを好きになるって気持ちもその喜びも、協会に“教えてもらう”もんじゃねぇだろ。
「この人が協会にもらった夫です、なんつっても俺は絶対に許さねぇからな!」
「……許さないって、じゃあ、協会ではなくラバキンさんの言う相手と結婚すれば許してくださるんですか」
「そ、……違う。そうじゃなくて、」
「私があなたに都合のいい考え方をすれば満足ですか。あなたの言ってるのはそういうことです。『俺じゃなく協会に従うなんて許せない、俺の言う通りに生きろ』と」
「違う! ……俺は、ただ……」
ただ……何だ? らしくもなく剣呑な瞳で俺を睨むリオに返す言葉がなくて戸惑った。
リオを俺の思い通りにしたいなんて望んでない。彼女に彼女自身の意思で生きてほしいと思うだけで……それは協会と同じなのか? 俺も自分勝手な都合をこいつに押しつけてるだけなんだろうか? 俺が協会を気に入らないからリオにもそうあってほしいだけか。
悲しげに歪んだリオの瞳にじわりと涙が滲む。今にも溢れそうな滴をどうすりゃ止められるのかさっぱり分からなくて俺は途方に暮れた。
「ラバキンさんは、ひどいです。あなたは自分が協会を嫌ってるから……私の気持ちも否定したいだけじゃ、ないですか……」
「な、泣くなよぉ。そんなんじゃねぇ、そんなつもりじゃなくて、俺はただ……」
リオは、協会に敵対すると決めた俺を引き止めたりしなかった。やめろと叱ることも、責めることもなかった。俺はいつも何度も彼女に「協会なんか抜けちまえ、そんな考え方はやめろ」と言ってきたのに。
華奢な肩が震える。深い悲しみに泣きじゃくりもせず一人きりで健気に生きてきたリオが、俺のせいで泣いていた。それで我慢できなくなって思いきり彼女を抱き締めた。
「ああクソっ、そうだよ、俺の我儘だ! 協会が自分たちの都合で好き勝手お前の未来を決めようとするみたいに……同じことだ。俺は、リオが協会なんかに取られんのが嫌なんだ!」
「ら、ラバキンさん……」
自分でも呆れ果てる物言いだが、もう開き直っちまったんだ、反論なんかさせねぇ。身動ぎして逃れようとするリオを強引に押さえてもっと強く抱き締める。
「俺の大事な女の未来を協会なんかに決めさせるかよ!! どうせ運命に従うってんなら俺が決めた運命に従いやがれ!!」