04
「ってわけで、一緒に住まねぇかってあいつに言ったんだよ」
憮然としたローガンの視線に怯えつつ先日のリオとのやり取りを思い出していた。
今まで俺は「いつでも来てくれて構わない、ここはあなたの家でもある」というリオの言葉に甘えっぱなしの状態だった。調子づいて頻繁にやって来る俺を彼女は快く迎え入れてくれたが、“俺の家”なんてのは気持ちの上でのこと、実際の俺は単なるお客様だ。
「お前とリオが一つ屋根の下で生活するのか。正直、不安だな」
「いや、俺も城を離れるわけじゃねぇから今までと大して変わんねぇんだって。ただあれだけ入り浸ってるからには、けじめつけときたいんだ。俺もリオの生活費を出そうと思ってさ」
客の立場として金を渡すんじゃあちょっといやらしいが、例え名目だけでも一緒に住んでるなら別におかしなことじゃない。リオは俺の財布を心配してたが、クライス団の仕事は昔グレイリッジで鉱山に潜ってた頃と比べても結構な儲けが出るんだ。持ち込まれる依頼の報酬はもちろん、軍資金稼ぎの交易でついでに自分の買い物をしてもいいってのが大きかった。細々と香辛料を売り歩くだけでもなかなか稼げるのだ。
「それはまあ、良いことだ。彼女の暮らしも助かるだろうし、若い娘が一人でいるよりは」
「だ、だよな?」
「お前が本当に“父親代わり”になれるならね」
「うぐっ! そ、それは、俺はもちろんそのつもりだぜ?」
「どうだか」
「ぐぐぐ……」
ラバキンさんを家族だと思ってもいいなら私は嬉しい、照れ臭そうに笑うリオを見て内心ガッツポーズをとった。家族、そう、まさにそれだ。どんなに想っても今の俺は赤の他人で、彼女の人生に口出しする権利はない。本当の父親にはなれないからな。ヤトが生きてりゃリオも協会になんか入らなかっただろうに。
しかし家を共有して俺の金で養って形式的にも家族になってしまえば。つまり俺がヤトの代わりになっちまえば、リオを協会から引き剥がすこともできるはず。それは彼女のためにもいいことだ。
だが、ローガンの不信感も尤もではあった。……父親ならあいつの結婚に堂々と反対できる。協会の決めた野郎なんかに娘は渡さん、と。……下心がないとはとても言えない。
せっかくグレイリッジが解放されたってのに俺の家に住んでる親友の忘れ形見だけがまだ取り返せていない。どうすりゃ変えられるのかも分からない、もどかしさにずっと苦しんでいた。
「あれは俺の家だ。あっちの世界で、家に帰ることだけを考えてた。リオがあそこに住んでて嬉しかった。俺を待ってたわけじゃないって分かっててもよ、それでもあの家で誰かが俺を迎えてくれることが、俺ぁ本当に嬉しかったんだ」
これからもずっとそこにいてほしい。できるなら、家族として俺に「おかえり」と言ってほしい。せめてそれだけは奪わないでほしい。
「で、でも結婚に反対したいから一緒に住もうって言ったわけじゃねぇぞ。そりゃあ家族になるからには口出しするだろうが、それは付加価値っつーか、あくまでもついでだから……」
若干の後ろめたさから尻窄みになる俺をローガンは険しい顔で見つめていた。
「それなんだがラバキン、グレイリッジ支部がなくなったんだからリオはもう協会職員じゃない。彼女にはそもそも結婚の話なんて来ないと思うよ」
「え……、えっ?」
「以前は支部長の世話係として給料をもらってたが、今はただの信徒だ。協会が面倒を見るのは職員や兵士だけなんだ」
な、なんだって? いや確かによく考えたら当たり前の話か? 協会の信徒が全部でどれだけいるのか想像もつかないが、そいつら全員の情報を把握するなんて不可能なくらいひとつの道は世界に蔓延っている。協会の都合で「お前とお前は結婚しろ」だとか言われるのはそれこそ“協会の都合”に関わってくるような重要人物だけだよな。
そしてリオが職員だった頃はタコ野郎が部下を結婚させないよう手を打っていたから上層部は彼女の存在を知らない。……じゃあ俺がどうこう言わなくてもリオは自分の好きなやつと結婚できるのか。俺の苦悩と葛藤って何だったんだ! とはいえ、この事実が嬉しいことには違いない。
「そうかあ! よ、よかったああ、よかったなあああ! うおおおおん!!」
「で、そうなるとリオがいつか連れてくる“恋人”は彼女自身が選んだ相手ということになるんだが」
「ッお、おう……」
正直なところ、協会とか何とか全部抜きにしてもリオがいなくなるの自体が嫌だ。結婚して彼女が出ていくのか、あるいは俺があの家にいられなくなるのか。どっちも考えただけで不幸のどん底……しかし協会が絡まないとなるとリオを結婚させたくないなんて俺の身勝手でしかない。
「ラバキン、お前が彼女を想う気持ちは分かるよ。でもそれは本当に家族としての愛情なのか?」
それとも単に、男としての嫉妬なのか。どうやらローガンは何もかもお見通しのようだった。
「……リオによ、なんか買ってやろうと思ったんだ」
「うん?」
「家族になる記念というか、改めてよろしく、ってことで」
ゴルヌイさんの作るアクセサリーには戦闘や普段の生活に役立つ付加効果がある。そういう身体能力のサポートももちろん魅力的だが、極上の細工師である彼の作るものはただの装飾具としても一級品だ。
恋人や家族に渡したり、ナンパに使ったり、秘めた想いの代わりに贈ったりするやつもいる。芸術にはてんで疎い俺でも見惚れるくらい繊細で美しい細工。しかしまあそれに相応しい値段でもあった。自分の物ならそうそう悩みはしないんだが、贈る相手がいるとなると話は別だ。
「買えなかった」
「品切れだったのか?」
「いや、選べなかったんだ」
「リオへのプレゼントなら、彼女は何でも喜びそうだけどな」
でも適当に選ぶのは嫌だ。体力を補う太陽の首飾りとか、筋力を補強するユニコーンの腕輪なんてのは戦いに出ることがないリオにも有用だ。しかし派手すぎてあいつには似合わない。似合うと言うなら月の首飾りやエメラルドリングだが、星を宿す者でもない彼女が魔力を持っていたって仕方ない。それに高すぎて受け取ってくれないだろう。
「そういえば、エリンも私がアクセサリーを買ってやろうとすると『もったいない!』と言って怒るよ」
「だろ。俺がリオに買ってやるのだって似たようなもんだ……と思ってたんだけどな」
血の繋がりはないが関係としては父親と娘みたいなものだ。もっと日用的な贈り物でもいいんじゃないか、とは思いつつ。
「例えば服や日用品を買ってやってもリオはそれを毎日身につけるわけじゃない」
「だからアクセサリーがいいのか?」
「……おう。指輪とか、髪飾りとか」
何だろうな。必要のない物、装飾品を贈りたかった。でもってそれをいつも身につけてほしいんだ。この衝動は行き過ぎてる気がした。父親らしい感情とは言えないんじゃないか。いや、これは確かに男が女に抱く独占欲だと、その時に自覚してしまった。
「変だよな。俺がもっと若かったら、高くて綺麗な指輪を渡したっていいんだろうけどよぉ」
「ラバキン、それは……」
「まだ自分でもいまいち分かってねぇんだよ。リオを誰にも渡したくない。だからって俺が手を出しちまうのは、なんかこう、まずいだろ!?」
「そんな曖昧な状態で一緒に暮らして大丈夫なのかが心配なんだよ、私は」
「ううぅ……」
たぶんこれは庇護欲とか子供を甘やかしたいとか、それもあるんだろうが決してそれだけじゃない。だが、シンプルに恋愛感情と言い切るにも少し足りなかった。リオが大切だ。その気持ちは真っ直ぐなもんだ。だからこそ、一線を越えることも退くこともできずに戸惑っている。
彼女の方でもそうだろう。リオに聞けばきっと彼女はこう言う。「私もラバキンさんが好きです」と。ヤトの親友だから、父親のように想うから、大切なのには違いないから。しかし……。
年齢も関係も動機も何もかも、親子としてなら釣り合う天秤を動かすのが怖い。俺がリオの恋に名乗りをあげたらそれはまるで、あいつの純粋な好意につけ込むようで、……決心が鈍るんだ。