21
焦りのあまり家で待っていられず宿まで訪ねてしまった。ちょうど空いた部屋の掃除を終えて出てきたらしいリオとかち合い、慌てて手をひっ掴むと人目のないところへ逃げ込んだ。
「こないだ、クライス団のやつらが泊まったよな!?」
「そうなんですか?」
「へっ、そうなんですかって……」
なんだその知りませんでしたみたいな反応は。おかしいな、団長さんの話じゃ確かにグレイリッジで何泊かしたって聞いたんだが。
問題なのはメンバーだ。冥夜の剣士団のメルヴィスさんと、元ジャナム魔道兵団のアスアドさんと、ナンパ小僧のイクス。リオは特に面食いってわけじゃないし、生真面目な兵隊さんについては何も心配するこたぁないが、あのイクスは別だった。
「妙なやつに会わなかったか? あいつに変な影響受けてないよな? あんまり何でも真に受けるんじゃねーぞ、いやあいつも悪気があるわけじゃねぇし本人なりに真剣なんだろうが、それを受け止める側まで真剣になっちまうとあのモーリンって姉ちゃんみたいな泥沼にはまるからな」
「は、はあ……、あの、」
俺の知ってるグレイリッジの女たちなら、荒くれ揃いの鉱夫連中が放つえげつない冗談に慣れきっているから、軽薄な言葉を笑って流す度量を備えていたものだ。だが長く協会の居座ってた町は昔と様変わりして男も女も生真面目なばかりになっちまった。若い異性と引き離されて協会で働いてたリオには、免疫がないんだ!
もしリオが口説かれたら意外とあっさりなびくだろうと思う。リオは何事も額面通りに受け入れてしまう性格だ。その場かぎりの言葉を本気で――まあイクス本人はいつでも誰にでも本気で愛を囁いてるつもりらしいが――将来を見込んだ付き合いを申し込まれてるとか勘違いしかねない。
ましてそれを運命だなんて、ひとつの道だなんて思い込んでしまったら、俺には引き止める術がなかった。
「同じクライス団のメンバーだしよ、あんまり悪いこと言いたかねぇが聞く言葉は自分で選ばなきゃダメだぞ。口説かれてる気がしても向こうにゃそんなつもりないことだってあるんだ。自分にも他人にも鈍い天然タラシが結構いるからな、あそこには!」
それを言うなら団長さんなんか筆頭たるものだ。その類い稀なるリーダーシップで大勢を引きずり込んでおきながら自分の魅力にはてんで無頓着なんだからな。
ああ考えてみるとイクスより団長さんの方がまずいんじゃないか。ナンパは受け流しちまえば済むことだがクライス団のリーダーとなると、そもそもまずリオ自身が彼に興味を持ってしまう可能性がある。どんな人だろうかなんつって……。
「だっ、ダメだああああ! でもそこまで口出しするとさすがに単なる嫉妬じゃねぇか!? うおおおおおおおおん!!」
「あの、ラバキンさん? よく分かりませんが、私は数日グレイリッジを出てたんで心配しなくて大丈夫だと思いますよ」
「…………へっ?」
「西の町まで届け物に行ってて、ちょうど昨日帰ったんです。ラバキンさんと入れ違いにならなくてよかった」
「何っ! そ、そうか! そりゃラッキーだった」
いろいろな意味で。なんでも、ここの従業員の知人がやってる宿が店を畳むんで備品やなんやを近くの町の宿へ譲ろうって話が出ていたらしい。リオはその調整に出向いてて留守だったから、彼らとは会わなかったんだそうだ。
「ハァ……何だよ、焦って損したぜ。これで一安心だな」
「私としては何をそんなに焦ってたのか知りたいですけど」
「えっ。いや、何もない、ぜんっぜん何もないぞ!」
「嫉妬ってどういう意味でしょうか」
「聞き間違いじゃないか? わはは……」
ど、どうやら墓穴を掘っちまったようだ。リオはやけに圧迫感のある笑みを浮かべつつ「仕事が終わったらお話ししましょう」と言って俺に背を向けた。……しらばっくれてこのまま城に帰ったら、やっぱ怒るだろうなあ。