22



 リオの帰宅を待ちながら居間で寛いでいたんだが、いつものように涼やかなただいまの挨拶も忘れたリオが乱暴に扉を開けて足音荒く踏み込んできたのに驚いてしまった。
「ら、ラバキンさん、帰ってたんですね。ごめんなさい」
「別に構わねぇよ。おかえり」
「ただいま……」
 なんか機嫌が悪いじゃないかと茶を淹れて呼んでやったら、リオはしょんぼりしながら俺の隣に腰を下ろしてカップを手に溜め息を吐いた。いつもとは立場が逆だな。俺がリオを迎えるってのも悪くねぇもんだ。
「ちょっと嫌いな人に会ったのでイライラしてて……」
 宿に出入りしてる業者に感じ悪いのがいるらしい。ローガンがそんな輩を雇うだろうかと首を傾げたが、元々荷物を運んできていた親爺は問題なかったのに最近代替わりして無神経な息子が跡を継いだんだそうだ。
 よっぽど目に余るならローガンに報告すべきだろうが、単にリオと性格が合わないってだけでそいつ自身の人柄にはさほど問題はない、というのが彼女の言い分だった。とにかく嫌いだから顔を見ただけで腹が立つんだそうだ。そりゃ、そんなことでいちいちクビにしてられねぇしなあ。
「リオは嫌いなやつなんかいないと思ってたぜ」
「人間関係が狭いからそう見えるだけですよ。私は我が儘だし人見知りが激しいから、嫌いな人の方が多いくらいです」
 自覚してるんなら治したらどうかと思わないでもないんだが。
 リオが理由なく人を嫌っている姿というのがどうにも想像できない。といって特定の誰かに懐いてるところも思い浮かばなかった。人見知りが激しいってのは確かにそうだろう。自分の決めた領域の外にいてあまり関わらない相手のことは、好きにも嫌いにもならないのがリオだった。
 じゃあ俺は? 初めて会った時どうだったんだ。正直なところ初対面の印象は良いもんじゃなかったと自分で思うくらいだ。いきなりやってきて「ここは俺の家だ!」なんて言われたんじゃあよ。
 しかしまあ、深く突っ込むのは怖い気もした。今さら「最初は嫌いでした」なんて言われたらショックが大きすぎる。
「ラバキンさんの方こそ、嫌いな人なんていないんじゃないですか」
「俺かぁ? 俺はよぉ、ほら、協会の総長なんか嫌いだぜ」
 なんせ敵の総大将、ひとつの道なんて馬鹿げた妄想のために数えきれない犠牲を出して世界中を騙してる悪党だ。クライス団はやつの打倒を目指してるんだからな。
 一人と一人の意志の戦いじゃなく、もう戦争になっちまってる。リオには悪いが、俺たちはきっと最後にやつを殺すことになるだろう。
「それは嫌ってると言うんでしょうか」
「うん?」
「だってラバキンさん、ベルフレイド様のこと嫌いになるほど知らないでしょ」
 そらそうだ。たぶん目の前にいても言われなきゃ誰だか分からない。顔も知らない性格も知らない相手を嫌いと言うのもおかしな話か。
「でもよ、リオ。お前そいつのこと好きだろ?」
「ええまあ。直接お会いする栄誉には恵まれませんけど、敬愛してます。私にとっては救世主のような方ですから」
「……ほらな。それだけで嫌いになる理由には充分だろ」
 敬愛してますときたよ。せめて「尊敬してます」くらいならまだよかったのに。
 好きになるのも嫌いになるのも、なんとなくから始まったりする。きっかけなんて後になったら思い出せないくらい些細なもんだ。俺は間違いなく、あの野郎のことが大ッ嫌いだね。



 22 / 43 

back | menu | top