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 台所でラバキンさんが泣いている。と言うと妙な感じだけれど実はただ玉ねぎを切っているだけだ。今日はオムレツが食べたいらしい。ひき肉と玉ねぎとチーズをたっぷりのやつ。
「ううっ、目が痛ぇ」
「擦っちゃダメです、余計に染みますよ」
 目が細くてもやっぱり染みるんだなあ、なんて失礼なことを考える。なんだったら目を瞑ってやってみようかと自棄になる彼を慌てて止めた。だから私が作りますよって言ったのに、もう。
「匂いが原因らしいので、鼻をつまむといいです」
 背伸びしてラバキンさんの鼻をつまむ。
「あにあへぇへのもうおほいやお」
「“ありがてぇけどもう遅いだろ”?」
「むん」
 無抵抗なまま鼻声で訴える彼に笑って手を離した。
 みじん切りの玉ねぎをボウルに移し、ぼろぼろと泣き続けるラバキンさんに少し屈んでもらって涙を拭ってあげる。普段からよく泣く人だけどこういう涙は微笑ましいから見てても平気だ。
「うぉー、目に染みるぜちくしょう!」
「手、ちゃんと洗わなきゃダメですよ」
 ただでさえ涙もろいのに玉ねぎなんか切りたがるんだから。そんなの私にやらせてくれればいいのにと言ったら彼は、リオの泣き顔を見たくないからなと胸を張ってみせた。目が腫れてるけど。
「たかが玉ねぎのことですけどありがとうございます」
「たかがは余計だってぇの。……って、大丈夫か? なんか涙目じゃねぇか!」
 そう、せっかくのお気遣いを無にして申し訳ないのだけれど、切った玉ねぎの匂いで私も涙ぐんでいるのだった。
「お前の涙って初めて見た気がするぜ。リオも泣けるんだなあ」
「なんですか人を冷血みたいに」
 わりぃわりぃと笑う彼に不貞腐れてみせる。涙は悲しいときに流すものだ。だから私がラバキンさんの前で泣くことなんてきっとないに違いない。



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