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「この光ってる地面に入るんですか。扉というより落とし穴ですね……」
「まあちょっとした浮遊感みたいなのはあるが、危なくねぇから安心しろ。上に乗ったらいつの間にか回廊にいる感じだ」
「どういう移動方法なんだろう。体に負担はかからないんですか?」
「人や物じゃなくて空間をねじ曲げるんだってよ。ここと目的地までの距離を無理やり繋げちまうっつーのかな」
「出るところを間違えちゃったりしません? トビラは百万もあるんでしょ」
「中にワヒエってランブル族の爺さんがいるから平気だよ。グレイリッジのトビラなら俺も覚えたし」
「……百万って誰が数えたんですか?」
「知らねぇよ! ほんとに百万なんじゃなくてすげぇいっぱいって表現なんだろ」
トビラの前で立ち止まったままリオはさっきからそんなことばかり繰り返していた。今日も仕事があるから早くグレイリッジに戻るんじゃなかったのか。いくらトビラを通ればすぐの距離と言っても鉱山からは歩いて帰らなきゃいけないんだぞ。こんなとこで考え込んでたって何にもならない。
「なあ、もういいだろうが。いっぺん通っちまえば分かるって。俺もそんなちゃんと説明できるわけじゃねぇしよ」
「べつに怖くなんかないです」
「え? お、おう」
そんなこと俺は一言も言ってないのにリオはやたらと真剣な顔で「怖がってない」と念を押す。……ああ、こいつ怖がってたのか。そりゃあこの光に飛び込んだら遠く離れた場所に移動できるなんて言われても不安だよなあ。
「未知のことが目の前にあるなら知っておきたいです。そうしたらいざというときに対処の仕方が分かるでしょ。それがひとつの道というものです。私は今、知識を蓄えてるんです。だから怖いんじゃないです」
「はいはい、分かったってのに」
協会の名を出されると反発したくなっちまうが、予備知識を持っておくのはいいことだ。トビラってものが現実に存在し、その先には未知の世界が広がっている。それだけでも知っておけば誤ってどこかへ飛ばされてもパニックになることはないだろう。リオに俺みたいな体験をしてほしくはないしな。
しかしまあそれはそれ、怖くないなら早く帰ろうぜとリオの腕を引きトビラに近づける。
「てっ、手を繋いでてもいいですかラバキンさん。怖くないですけど」
「分かった分かった、おら行くぜ!」
二人でいっぺんに通るには少しばかりゲートが小さい。リオの肩を抱き寄せるように押し込んだ。これを機会にリオがトビラを使えるようになればいいんだが。そうすりゃもっといろんな場所へ一緒に行ける。
目も眩むような光を抜けて回廊に降り立った。同じ景色が延々続くこの風景も最初に見たときはわけが分からなくて怖かったっけな。しかし慣れてしまえば幻想的で美しい意匠を一体いつ誰が作ったのかなんて悩む余裕も出てくる。
「なっ、別に平気だ、ろ……」
「ううっ、もうグレイリッジにつきました?」
リオはぎゅっと目を瞑って俺にしがみついていた。しばらく黙って見てたら俺の無反応を訝って恐る恐る目を開け、辺りを見回してここがまだ回廊の中だと気がついたようだ。
「怖くなかったですよ」
「聞いてねぇって。グレイリッジはこっちだ」
「ま、また通るんですね」
「次は目を開けてな。怖くなんかないからよ」
「怖いなんて言ってません!」
薄々感づいてたことではあるが、こいつは意外と意地っ張りだなぁ。よく知らないものが怖いとか嫌いとか、頑なに認めたがらない。知らないものを怖がるのは恥ずかしいことじゃないだろうが。
リオはもっと、未知への不安は期待と紙一重なんだって理解すべきだな。何も分からない世界に思いきって飛び込むのも面白いもんだ。