40



 東西間の旅人が集うローガンの宿では子供連れの姿を見ることも多い。意外にも懐かれやすいリオが見知らぬ子供に囲まれてあたふたしてるのを眺めるのは、ちょっと面白かった。
「笑ってないで助けてくれたらいいのに」
「いやぁ、悪い悪い。つい微笑ましくてよ」
 グレイリッジには小さな子供が少ない。結婚も出産も子供の将来までも協会に管理されていたからだ。そしてそれを快く受け入れていた家族は、支部の撤退と同時にサイナスへ行っちまった。
 ここに残ってるのは疲れた大人と、僅かばかりの子供だけ。街角を駆け抜けて行く賑やかな声ってのは、まだ当分は聞けそうになかった。
「……ラバキンさん、子供が好きなんですね」
「あー、好きだぜ。あいつらは俺を知らないしな」
 グレイリッジに戻ってきたという、その途方もない喜びの中には、俺の失った時間が夢幻ではなく現実だという悲しみも含まれている。気の置けない友と話していてさえ不意に泣きたくなることがあった。
 鏡を見るのと同じことだ。ローガンやギリアム、今でも町に残っている昔馴染みの老けた顔は、過ぎた月日を思い出させる。俺がどれだけここを離れていたのか実感してしまう。
 リオにしろ誰にしろ、俺の知らない子供たちとの、何のわだかまりもない真新しい関係に安心できるんだ。
「ラバキンさん、子供ほしいですか?」
「んー……はあッ!? おっ、お前なに言ってんだよ!」
「え、べつに、子供好きならほしいのかなと思って」
「あ、ああ、そう、はい。そうだな……」
 何だよびっくりするじゃねぇか。勝手に深い意味を読み取っちまった。リオに子供がほしいかなんて聞かれたら、お前と? ってんなわきゃねぇだろ、しっかりしろよ俺!
「そりゃまあ、欲しいか欲しくないかったら欲しいけどよ。これから結婚して何年かして子供作って……なんて現実的に考えたら無茶ってもんだぜ」
 俺と同じような歳の女は大抵すでに結婚してるし、そうでなくても今さら子供を産みたいとはなかなか思わないだろう。若い娘に相手してもらおうなんざ望むべくもない。精々、恋人ができれば御の字というくらいだな。
 結婚も子供も、もう半ば以上諦めていたが、リオはなぜだか俺よりよっぽど真面目な顔して悩んでいるようだった。
「サイナスに行けば将来の伴侶を教えてもらえます」
「……ああ?」
「将来ラバキンさんが結ばれる相手を先に知ってしまえばすぐに対処してきっとまだ間に合、」
「嫌だ」
 言葉を遮って切り捨てた俺に、リオは目を丸くした。
「冗談じゃねぇ。絶対に御免だ。そんな運命とやらに宛がわれた相手を好きになれるわけねぇだろうが」
 手を打つとか対処するとか、俺はそんなこと求めてやしないんだ。普通に出会って好きになって、こいつと一生添い遂げたいと、こいつとの子供がほしいと想う、その気持ちこそが俺の望みだった。
「……」
 リオは黙り込み唇を噛んでいる。俺の言葉は協会への侮辱だ。リオには耐え難いものだろう。だが俺だって、そう長くは残っていない貴重な未来をひとつの道なんかに決めつけられるのは耐えられない。
「……でも、じゃあ、あなたが選んだ相手と協会に教えられた相手が同じだったらどうするんですか」
「へ? そりゃあ……それはべつにいいだろ。だから俺はよ、自分で選びたいんだ。その結果が予め決まってたとか言われても、んなこたどうでもいい。ただ『お前はこうして生きろ』って押しつけられんのは嫌なんだ」
 そう決まってたから、協会に言われたから一緒になるんじゃあ気持ちなんかないじゃねぇか。好きでもないのに家族になれるか。俺は俺が愛したやつと結婚して、その女の子供が欲しい。ただそれだけだ。
「俺に気を使わなくていいって。そりゃ家族連れを見りゃ羨ましくなるが、お前がいるし」
「ラバキンさん……」
 まあ考えてみればリオの存在が俺の求めるすべてを満たしていると言えた。恋人ってわけじゃない、俺たちが結婚することもないだろうが、彼女は確かに俺の家族だ。血は繋がっていないが娘のようなものでもある。
 たぶん俺には縁がないであろう父親と小さな子供の遊ぶ姿を、それほど切なくならずに微笑ましく見ていられるのは、リオがいるからだ。
 彼女が結婚するとき俺はきっとそれはもう盛大に泣くと思うが、いつかリオの子供をこの腕に抱けたらいいとも思う。そんなことを言うとまた彼女は「サイナスに行って急いで結婚します」なんて言い兼ねないから黙っているが。
 リオが幸せな未来を歩んでくれたらいい。そうすりゃ俺はそれを自分の喜びにできるんだ。



 40 / 43 

back | menu | top