こんなに苦しいなら永遠なんていらなかった
王都へ向かう道中で、この間ロザリングで出会ったドワーフ商人のボーダン親子と再会した。彼らは旅路の安全を求めてグレイ・ウォーデンへの同行を申し出てきた。
俺たちにくっついてきても厄介事に巻き込まれるばかりじゃないかと思うのが正直なところだが、彼らとしてはウォーデンの特権を利用して一般の商人には近づけない場所に伝手を作ろうって算段なのかもな。
何にせよ、彼らが引いている荷車に全員分のテントを積み込ませてもらえることになった。不要品もその場で処分できるし、ボーダンが仕入れた商品を逸早く買える。これから国中を歩き回るのを考えればありがたい話だ。
その後もデネリムを目指す旅は順調だったが、モリガンが「もう歩かない」と宣言したせいで街道の中途半端なところで足を止めるはめになった。
たとえば頑張ったけどもう疲れたとか、足が痛くて歩けないとか、そんな殊勝な言葉でもあれば気遣ってやりたくなるのかもしれない。しかしモリガンは口を開けば文句ばかり。今回だって頑張ったうえで限界が来たわけでもなく、ただ休みたくなったから休むと言い出しただけだ。
自分の都合だけでいきなり全員の足を止める身勝手さには本当に腹が立つ。
なのに、エリッサは気にしていないようだ。明らかに旅向きの装備じゃないモリガンの格好を咎めることすらせず、あの魔女のために休憩の準備を進めている。
なぜだろうな。魔道士としての戦力に期待するだけじゃなく、エリッサはあいつを気に入っているみたいだ。やっぱり女同士だということが大きいんだろうか。でもレリアナとはそこまで打ち解けていないのに。
……サークル・オブ・メジャイの協力を得るまでの辛抱だ。もっと真っ当な魔道士が仲間になれば、くだらない我儘に根気よく付き合ってまであいつを連れ歩く必要性なんてなくなるのだから。
キャンプの設営が終わり、各自テントに引っ込んでいく。エリッサだけはじっと火の前に座り込んで番をしていた。俺はなんとなくその隣に腰を下ろす。
「眠れないのか?」
「そういうわけじゃないよ、ありがとう」
そんな優美に微笑まれるといろいろ勘違いしてしまいそうになるが、笑顔は単なる貴族の社交術だと分かっているので少し落ち込む。『心配してくれてどうも』は『余計なお世話様』だよな。
悪夢を見る時期に入った彼女が心配なんだ。エリッサは最初の夜以来かなり酷く魘されている。
ウォーデンの悪夢はその内容にかなり個人差があるという。俺の時はアーチデーモンを遠巻きに眺める夢で、そこそこ軽度なものだった。酷いやつは邪竜の鱗に直接触れているような恐怖に苛まれると聞いていた。
ブライトの最中に儀式を行うと、特に酷い悪夢に苛まれる。彼女がテントに向かわないのは、眠りたくないからじゃないかと思えて……だから俺に何ができるというわけでもないんだが。
何を考えてるのか窺い知れない緑の瞳に焚き火の炎が揺らめいて、フェイドを覗き見たかのような黄昏の色に染まっている。視線が吸い寄せられた。
不意に彼女が振り向いたので俺は慌てて目を逸らした。不躾に見つめすぎて怒ったのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「あなたはどうやってグレイ・ウォーデンになったんだ?」
「ん? ……いきなりだな」
「まだ聞いたことがなかったから」
そうだな。オスタガーでの彼女はさっさと儀式を済ませたいって雰囲気がありありと出ていて、俺と世間話をしようなんて気配もなかった。今頃そんな質問するのは今まで興味がなかった証拠だろうか。まあ、べつにいいんだけど。
俺が入団したのは半年前だ。もう随分と昔のことに思える。それまでの人生に比べたらほんの僅かな時間だが、ウォーデンになってからの半年間の方がずっと充実していた。
「洗礼の儀で血を飲んで息が詰まって気を失った。あんたと同じさ。それとも、どうやってウォーデンになったかもう忘れたか?」
「答えたくない質問ならそう言ってくれて構わない」
「え? い、いや、そんなつもりはないよ」
特に意味のない冗談だったんだが、エリッサはそう受け取らなかったようだ。ウォーデンの中には拠ん所ない事情があって過去を捨てるために入団した者も多いから、俺もその口だと思われたのか。無駄な気を使わせたかもしれない。
「ええっと、以前はテンプル騎士だったって話はしたっけ。こう見えても俺は教会にいるようなタイプじゃないんでね。正直、結構浮いてたんだ」
エリッサはまっすぐに俺の目を見つめて続きを待っている。なんだかすごくやりにくいぞ。
「俺はダンカンについて行きたかったが、教会は拒否した。徴兵権を行使することになって大司教は激高したよ。二人して捕まらなかったのは幸運だった」
「どうして教会はあなたを手放したくなかったんだ?」
「そりゃもちろん俺が将来有望だったから……」
その胡散臭げな視線は失礼だろうと思うが、彼女の視線に負けた。
「うん、俺が誘われたのは半年前だからさ。まだブライトは起きてなかった。だから大司教が怒ったのは……まあ、仕方ない」
「平時に強制的な徴兵を行うなんて、ただの人拐いじゃないか」
本当はもう少し込み入った事情がある。大司教は俺の素性を知っていた。だからグレイ・ウォーデンという法の外にある勢力に俺を引き渡すのを嫌がったんだ。下手したらフェレルデンに紛争を呼び込みかねないからな。
周りの奴らは俺の扱いに困っていたから、テンプル騎士に押し込んで未来を縛ってしまいたかったんだ。
「入団を望んだのは俺自身だってのは考慮してもらいたいね。俺が行きたいと言ったんだ、実際には志願兵のようなもんだよ」
「だが人には果たすべき責任がある。グレイ・ウォーデンはあなたに課せられた本来の使命を無視した。そんな凶行が罷り通るなら誰だって責任を投げ棄ててウォーデンに逃げ込んでしまうだろう。犯罪者でも、聖職者でも、一国の王でも……公爵の子でも」
流暢な言葉に手が震えた。エリッサは挙動不審な俺を不思議そうに見つめている。彼女は一般論を語ってるだけだ。俺の事情を知ってて言ったわけじゃない。そう分かってるのに冷や汗をかいた。
「あなたが入団を望んだか否かはこの際どうでもいい。問題なのはウォーデンに与えられた権利が不当な選択をしても、その権利を剥奪できる者がいないということだ」
「それは、まあ……」
たとえばブライトが起きている今なら国の重鎮だって教会の大司教だって便宜上は徴兵できることになる。実行されないとしても、やろうと思えばできてしまうのは事実だ。
法に背いてでもやらなきゃいけないことをやるのが俺たちだ。しかしそれが“やらねばならないこと”だと判断するのも俺たち自身だった。もし俺が入団を望んでいなかったとしたら、ダンカンの行動はこの国でも教会内部でも問題になっただろう。
「あなたが入団を望んだのは、ウォーデンの内情を知らなかったから? 今も気持ちは変わらないのか?」
「ああ。俺はウォーデンになれたことを誇りに思うよ。ウォーデンが罪を犯しても許されてしまう、その懸念は正しい。だけどそれはウォーデンが罪人だと証明することにはならない。そうだろ?」
力を持ってるからって悪用するとは限らない。ウォーデンの手は血で汚れているかもしれないが、前線に立つ英雄の手が清らかなはずないじゃないか。特権を持ちつつも自らを律し続けているからこそグレイ・ウォーデンは英雄なんだ。
エリッサは納得していないようだった。どうしたらうまく説明できるだろう、俺も彼女くらい口が達者ならよかったのに。
「あなたが教会を出たかったのは分かる。“此処ではない何処か”を求めたんだろう。でも、あなたがウォーデンである己に誇りを持てるのが不思議なんだ」
不運を嘆いて、意のままにならない人生を疎んで、きっとどこかにもっと素晴らしい本当の運命が待ってるなんて馬鹿な幻想に縋るように。彼女の言う通り、俺は単に辛い現実から逃げ出したかっただけで、教会じゃなければ行き先なんかどこでもよかったんだ。誰も俺の名を知らない、新しい場所ならどこでも。
ついでに、厳粛な教会で祈りを捧げるより剣を持って実際に戦う方が性に合ったというだけだ。役立ってる気になれるんだ。
「厳密にはウォーデンになりたかったわけじゃないのかもな。でも結果的に、それが俺にとって唯一の救済になったんだ。ダンカンが、仲間に誘って、必要として……くれた。もし彼のためじゃなかったら、俺は決して……決し、て……」
俺から目を逸らしてエリッサは不可解な動きをしていたが、しばらくして不機嫌そうな顔を上げて呟いた。
「ハンカチを持ってない」
言われて自分が涙を流してるのに気づく。なんだってんだ、彼女と出会ってまだ数日しか経ってないのに二回も目の前で泣くなんて恥ずかしいにも程がある。ダンカンは英雄らしい死を遂げたんだ。皆そうだ。彼は満足してるだろう。俺は悲しみに浸るべきじゃない。
掌で乱暴に涙を拭おうとした腕を掴まれ、エリッサは自分の指をそっと俺の目尻に触れた。彼女の指先は滑らかでひんやりしていた。心配そうな顔に居た堪れなくなって目を閉じる。そっと瞼をなぞる感触が、くすぐったいけど不思議と気持ちよかった。
まったく、他のやつらがテントに引っ込んでて助かった。ありがたいことにエリッサは俺が泣いた事実を無視してくれた。変に「もう平気?」なんて聞かれたら穴掘って埋まりたくなるところだ。
「教会が嫌だったなら、騎士団をやめようとは考えなかったのか」
「そうだなぁ……、騎士団の制服って見たことあるか? 格好いいだけじゃなく丈夫で軽くて着心地も最高なんだ。俺は仕立てのいい服に弱くてね」
まだ湿っぽさの残る空気を変えたくて茶化したが、彼女の真っ直ぐすぎる視線に射抜かれて失敗した。
「……俺の昔話なんて興味ないだろ? 退屈なだけだぜ」
「じゃあ面白い作り話でもしてくれればいい」
「あのな、そういう考え方は嫌いじゃないが、本当に知りたいならもっと愛想よくしたらどうだ? 実は面白い形をしたほくろがいくつかあるんだ。もし興味があるならあとで見せてやっても……」
浅く溜め息を吐いて彼女がいきなり立ち上がった。びっくりして見上げたが、ちょうど月光が影になって表情は窺えない。今度こそ怒らせたかと一人焦る俺の頭上に淡々とした声が降ってきた。
「聞かれたくないことを私が聞いたなら『首を突っ込むな』と言えばいい。はぐらかされるのは腹が立つ。きっとあなたにとって私は真剣に向き合う価値のない人間なんだろうな」
途端に頬が熱くなる。さっきとは違う意味で恥ずかしくなった。踵を返してテントに向かおうとする彼女に慌てて追い縋る。
「違う! ……そうじゃない、こういう話し方が癖になってるんだよ。ごめん、ちゃんと話すから」
なんでやりにくさを感じるのかちょっと分かってしまった。彼女は俺に対して真剣に接してるんだ。茶化した言葉さえ真正面から受け止められてしまう。
今まで俺を理解しようとして話を聞いてくれるやつなんていなかった。だからこっちも適当に茶化して笑ってうやむやにしてたんだ。エリッサを同じようにあしらうのは失礼だ。
彼女は足を止めたが、もう一度腰を下ろそうとはしなかった。立ち去ってしまうんじゃないかと気が気じゃなくてつい早口になる。
「俺はイーモン伯爵に拾われたことに縋ってたんだろうな。あの城を家だと思いたかったんだ。追い出されると知った時、見捨てられて厄介者扱いされた気分になった。騎士団に入るなんて御免だと確かに思った。だけど、やってみると厳しい訓練に慰めを感じたのか成績は良かったよ」
「だからやめなかったのか?」
修行を始めてからは、不思議と騎士団をやめたいと考えたことはなかったように思う。
貧しい家のやつには気取り屋と嫌われ、生粋の貴族連中には隠し子と呼ばれ無視された。そこにいたいと思わなかったが、結局は教会を出たって他に行く宛もなかったから、すべてを適当に流してへらへら笑っているしかなかった。
俺は冷酷になろうと決めたんだ。最初から求めなければ居場所がないと嘆くこともない。
「他にやりたいこともなかった。強いて言うならそれがやめなかった理由だな。でも、ダンカンに会って俺は初めて必要とされたんだ。捨てられ追い出され何かに縋るんじゃなく、俺の力を求められた。ダンカンはテンプル騎士の能力が役立つと考えた。だから俺はその力を捨てなかった」
何にも意欲を感じずおざなりに生きてきた俺が、初めて自分で行きたいと思った場所がウォーデン……いや、ダンカンのもとなんだ。
「……あなたにとってはグレイ・ウォーデンが帰るべき家なのか」
そうだと断言できればよかったが、エリッサの問いに力無く首を振る。最初は教会から……現状から逃げ出す先を求めていただけだった。
「俺は名誉や栄光を求めてウォーデンになったわけじゃない。だから本当のことを知っても大して失望しなかった。ただ、そこにはダンカンがいたから。家族と思える人がいて、ここに帰ってきたいと思えたから、……でも、今はもう違ってしまったんだよな」
ウォーデンである自分に誇りを持っていられるのはそれがダンカンの与えてくれたものだからだ。俺の人生を価値あるものにしてくれた人の遺した使命だから、やり遂げたいと思っている。
この旅も永遠に続くわけじゃないから、戦いが終わったら先のことを考える機会もあるだろう。またいつか本当の家を見つけてそこに帰る日が来るかもしれない。しかし、いずれにせよ、それはずっと先の話になる。
エリッサは俯いたまま立ち尽くしていた。とりあえず怒ってはいないようで安心する。
彼女は俺と違って強い意思と信念を持って真面目に生きているようだ。だから現状に不満を抱きながら反抗を試みるでもなく、逃げ出そうとすらせず惰性的にやり過ごす俺の生き方を理解できないし、聞いてて腹も立つだろう。
もし彼女が俺の立場だったら、きっとぐだぐだ愚痴を溜め込む前にさっさと自力で運命を切り開いて生活を変えてしまったんじゃないかと思う。
偏見で歪めることなく俺の話を聞いてくれたのが嬉しかった。彼女に対して不誠実な態度は取るまいと密かに誓う。そして、不意に何もかも話してしまいたくなった。
エリッサなら俺の悩み事なんてばっさりと切り捨てて解決してくれるんじゃないか? でも、同時に話すのが怖くもある。それでもし彼女の態度が変わってしまったら、今までで一番つらい気持ちになるだろう。
ダンカンの言葉を思い出していた。彼女は公爵の娘だ。俺のことを一体どう思うのか、今までの経験からしてあまり考えたくなかった。
「アリスター……ダンカンの話をしたいか?」
「……い、や」
一瞬、心を読まれたのかと思って心臓が止まりそうになった。なんとか冷静を装って普通に話すことができた。
「必要ないよ。あんたは彼と会って間もなかったし、そんなに知らないだろ?」
「あなたにとって父のような存在だったんだとは分かる。悲しみを吐き出したいんじゃないかと思って」
父親に対して一欠片も思い入れのない俺が父のような存在ってものをどれくらい理解しているかは怪しいが、たぶんそうなんだろうなとは思う。
実の父にもイーモン伯爵にも抱けなかった親愛の情をダンカンには抱いていた。戦士として、人として、男として、惜しみなく尊敬の念を捧げている。もっといろいろなことを学びたかったし、受けた恩も返したかった。
誰かを父と呼ぶのなら、そうしたい相手は彼だけだった。
「俺は……もっとうまくやれたはずだ。こうなることは予想できたし、警告もされてたんだから」
戦場では誰もが死の危機に晒されている。俺も皆もダンカンも例外ではなく、いつ何が起きるか分からなかった。だから誰かが失敗したら他の誰かが必ず成し遂げなければならない。
俺は悲しみに足を止めて自分を見失うべきではなかった。重要な任務の最中に、ブライトの時に、それにいつだって。
フレメスに救われた後もそうだ。意識の戻らないエリッサを見ているのが嫌で、俺は何も……何かをしようとさえしなかった。現状を整理して次にやるべきことを考え、遅くに目覚めた彼女をサポートしなければいけない立場だったのに。
溢れ出てくる愚痴が自分でも不愉快になって、遮るようにすまないと頭を下げたら彼女は「謝る必要はない」と静かな声で告げた。
「失敗せずに生きるなんて無理だ。でも挽回はできる。アリスター、あなたはちゃんとやってるよ」
そうだろうか。とてもじゃないが肯定できない。だって俺は、エリッサを見失ったら自分だけで何をすればいいのかさっぱり分からないんだ。
「もし……すべてが終わったら、その時まだ俺が生きてたら、葬儀をしてやりたいな。彼には連絡を取るような家族がいないと思うんだ。ウォーデンにはそういうやつが多かった」
「彼にはあなたがいるじゃないか」
「ああ……そ、そうだな」
普段はどこか突き放すような平坦さを持つエリッサの声が柔らかくなっていた。また泣きそうになって目頭を押さえる。
「ダンカンと、最後まで一緒にいたかった。一緒に戦いたかったよ」
意味がないのは分かっている。足手まといになって迷惑をかけただけだろう。でなければ、俺が代わりに死ぬだけだ。彼が喜ぶはずがない。だけどダンカンが生きていれば俺よりずっとうまくやれたに違いないのに。
そうすることもできたはずだ。俺が隣にいれば、代わりに死んでいれば、ダンカンが生き延びる隙を見つけ出すための時間くらいは稼げたかもしれない、って。
「バカみたいに聞こえるかもしれないが、まるで彼を見捨てたような気分なんだ」
エリッサがゆっくりとした動作で俺の前に屈み込んだ。視線を合わせようとしてくれたのか、いつものよそよそしさもあまりなく、顔が近すぎてドキッとした。
「私は……、いや。バカだなんて思わない。すごく、よく分かる」
「……ありがとう。本当だ。少しでも話ができて良かったよ」
べつに何かが変わったわけじゃないし、山積みの問題は一つも解決してないけど、胸の奥に押し込んでシーツを被せて見ないふりしてた悲しみを吐き出して、気が楽になった。
誤魔化してみても辛かったんだと初めて気づいた。俺は自分が笑っているのが嫌だったんだ。彼を喪ったのに痛みも感じていないみたいで苦しかった。本当はそうしなければ前に進めないからと無理して笑っていたんだが……誰かに、自分の痛みを知ってほしかったのかもしれない。
「彼はハイエヴァー出身だと前に言ってた。いつかそこへ行って、彼の墓になるようなものを建てようかな。まあ分からないけどさ」
その瞬間エリッサの顔が強張ったような気がした。今は影になって表情がよく分からない。気づけば焚き火も随分と小さくなっていた。長話に付き合わせてしまったようだ。
「あんたは、誰か……身近な人が死んだ経験はあるか? べつに詮索するつもりはないんだけど、ただ……」
知っておきたいというか、知りたいというか。一緒に旅をする仲間なんだし、もうちょっと打ち解けたいんだ。きっと彼女もそのつもりで俺に話しかけたんだろう。前にはこうしてダンカンに彼女の素性を尋ねたが、今は本人に聞くことができるのを嬉しく思う。
エリッサは俺から顔を背けた。そのおかげで焚き火の明かりが彼女の横顔を照らし出し、悲痛な表情が見えてしまった。
「つい最近、家族全員が殺されたよ」
「あ……」
そうだ。何やってるんだ。何やってるんだ、俺は! そんなこと忘れるなんてあり得ない。バカだ、いや、バカなんて生易しいもんじゃなく、もう、何て言ったらいいんだ。身近な人が死んだ経験は、だと? よくもそんな酷い質問をできたもんだな!
延々とダンカンの話をしてたけど彼女は……、エリッサを家族から引き離したのはダンカンだ。死にゆこうとしている両親を守って戦うはずだった健気な娘を彼が無理やり連れ去ったんだ。彼女をグレイ・ウォーデンにするために。
ついでに思い出してしまったが、俺がダンカンの墓を建てたいと言ったハイエヴァー公爵領こそエリッサがなくした故郷だった。
心臓が恐ろしいほどの勢いで脈打っているのに、顔面から血の気が引いていくのを感じた。俺は自分の悲しみに無我夢中で彼女の傷を踏み荒らしていたんだ。
「あ、あの、ごめ……」
「吐き出して楽になるならそうした方がいい。いつでも歓迎するよ」
謝罪の言葉は受け入れてもらえなかった。エリッサは愛想よく他人行儀な笑みを浮かべて立ち上がり、おやすみと言って素早く自分のテントに引っ込んでしまった。
誰も見てないのをいいことに頭を抱えて突っ伏した。本人に意趣返しのつもりはないんだろうが、あの笑顔が俺は彼女の中で“真剣に向き合う価値のない人間”になったのだと告げていた。喉奥から変な呻き声が漏れた。
失敗しても挽回はできると彼女は言った。この失敗も挽回する機会があるのかと聞く勇気は、とりあえず今の俺にはない。