myself



 自分を知ってるやつがいない場所ってのは、寂しい反面とても気楽だ。ここの人たちも俺の素性を知ってはいるんだろうが、あくまでも単なる友人の一人として扱ってくれる。フェレルデンにいたらこうはいかない。
 もちろん王宮にも俺の性格を知り気を使ってくれる人はいて、時には政務のことなど忘れてリラックスできる日もある。それでも、誰かの視線に晒されている限り俺はアリスターである前にフェレルデン王でいなければならないんだ。
 これもまた俺の人生の一部だと受け入れつつある。けどやっぱり、完全には思い切れない。国王という肩書きの前では俺という人間の存在感など無視されてしまうんじゃないか。
 もしもエリッサが同じ立場だとして、彼女が何かあまりにも冷酷な、あるいは愚かな振る舞いをしたとする。だが俺は彼女を知ってるから、その行動には裏があるのだと信じられる。それが女王としての行いであり彼女の意思とは別物だと。……そういう信頼を寄せられるほど俺の人格ってのは確固たるものじゃないだろう。だから不安になる。
 “フェレルデン国王”ではない俺を、ちゃんと知ってくれてるのか?
「あのさ、ずっと聞きたいなって、思ってたことがあるんだけど」
「何?」
 深く息を吸い込み、思い切って吐き出す。不思議そうな顔で見ているエリッサにぶつけてみた言葉は自分で思ったよりもかなり声が小さかった。
「お前って、俺の家についてはどう思ってるんだ?」
「え……? ごめん、漠然としすぎてて質問の意図がよく分からないんだけど」
 言ってから俺もそう思った。今さら改まってこんなことを聞くのが恥ずかしくて、ちょっと考えがまとまらなかったようだ。
「えぇと、つまりだな。俺が王冠を被ってるのは、もとをただせば大昔に一人の男がちょっとした偉業を成し遂げたお陰だ。王として認められてるのは俺や俺の先祖じゃなく、カレンハドただ一人ってことさ。でも……」
 俺は正直、その男に何の思い入れもないんだ。国民が当たり前に抱く建国の祖への感謝の気持ちもさほどではない。ましてや自分の先祖だなんて言われても実感しようがないだろ? 血縁を意識するとしても精々、父親とか祖父くらいまでだし。
 根なし草のつもりでいた以前と違って、今の俺はフェレルデンを故郷だと感じている。ただしそれはエリッサや他の連中が抱く感傷とは少し異なるものだろう。たまたま住み着いた家に愛着を持っただけだ。先祖が代々守ってきたものに敬意を持ち、愛するがゆえに故郷を想うわけじゃない。
「みんな、偉大なる銀の騎士の子孫となればそれだけで価値を認めてくれる。ありがたいことだよな? 俺自身が何を成したわけでもないのにさ」
 エリッサの表情がちょっぴり硬くなって焦る。「また“王の器じゃない病”か」とか思われてるかもしれない。でも、続く彼女の言葉は俺にとってありがたいものだった。
「私は正直、カレンハドの伝説には興味がないんだ。歴史の勉強の時だって基本的に寝てたし」
 それはそれでどうなんだろうか。エリッサは貴族らしく愛国心の強いやつだと思ってたが、カレンハドへの素っ気ない態度は意外だった。
「彼が剣を取って前線に立った戦いというのは少ないんだ。マイアディン伯爵の支持を受けてからの物語は特に。……私の先祖がカレンハドと戦った話は前にしたかな。その時だって、決着は話し合いでつけられてしまう」
 エリッサは心底つまらなそうな顔で答えた。不機嫌になったように見えたのは俺の弱音にうんざりしたからじゃなく、単に興味のない話題だったからみたいだ。
「いかにも教会の指導と添削を受けましたって感じの説教ばかりで面白くないんだよね。利用できるだけ利用して、間違っても重荷にする必要はない。カレンハドの血筋なんて名分として掲げてるだけだ。どうせどこかの時代で途切れたり入れ替わったりしてるでしょ」
「そ……そんなもんなのか? だって400年も守ってきた伝統がどうのこうのって、」
「それが表面的な言葉だと分かってるはずだ。貴族もいろいろだよ。イーモン伯爵のようにセイリン家の血筋に執着するのは主にアラマリから続く旧い家の者たちだ。反乱女王の時代を生きた者は、血筋というよりもマリク個人に心酔していることが多いかな。……ハウ伯爵はその典型だった。私の父は、」
 言葉を詰まらせエリッサは一瞬だけ眉をひそめた。すぐにいつもの顔に戻ったが、潤んだ瞳に僅かな悲哀が残っている。
「父さんは、フェレルデン人らしくカレンハドの伝説を愛していた。マリクに生涯の感謝を捧げ、絶対の敬意と信頼を寄せていた。でも、忠誠を誓ったのは王にではなく玉座に対してだった」
「どういうこと?」
「カレンハドもマリクも尊敬に値する人だった。しかし、今はもういない。我々が従うべき王とは過去の偉人ではなくこの時代のフェレルデンを生きる人々を守ってくれる方のことだ。……もし父さんがあの時、諸侯会議の場にいたとしたら、あなたの素性もロゲインの罪も関わりなく、誰が最もフェレルデンを治めるに相応しいかを考えたと思う」
「じゃあきっと、親父さんはアノーラを選んだだろう」
「それは何とも言えないな。私は父さんじゃないから」
 彼女の言葉をどう受け止めていいものやら分からなかった。カレンハドの血脈を信じてないならどうして俺が王にならなきゃいけなかったんだ? 誰だって適当なやつをでっちあげたらよかったじゃないか? でも、誰でもよかったのにエリッサは俺を選んだ。そのことは純粋に嬉しく思う。
「私はカレンハドにもマリクにも、さほどの価値を認めない。フェレルデンを守る力だけが重要だった。アリスター、あなたがあなただから選んだんだ。偉大なる血筋のことなど単なるおまけ程度に思っておけばいい」
 満足したかと問うエリッサは少し照れくさそうだった。そしてだめ押しのように告げられた言葉が俺の心を暖かくする。
「贔屓目で言うわけじゃないけど、人に対する誠実さにおいてあなたは先祖たちより余程素晴らしい人だと思うよ」
「贔屓目で言ってくれてもいいぞ?」
「……べつに大した先祖じゃない。あなたの方がずっといい」
 ああそうだ、誰も俺を知らない土地ってのは俺が王としてではなくただのアリスターとして気楽に過ごせるという他に、エリッサが人目を気にせず甘やかしてくれるという利点もあるな。デネリムにいる時は、他のやつらを警戒して絶対にこんなこと言ってくれないんだから。



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