She has her mother’s green eyes



 緑は魔法の色らしい。つまり、知っての通りそれはフェイドの色だ。ヴェイルの向こうを覗き見るような緑眼に知性的な印象を受けるのもそのためだろうか。
「お前の目って綺麗だよな……」
「は? い、いきなり何なんだ」
「いや、改めて思っただけ」
 光を吸い取ってしまいそうな闇色の髪の中に輝く双眸。エリッサは魔道士じゃないが、そのでっかい瞳を見つめているとある種の魔力を感じるんだ。それもテンプル騎士の能力なんかじゃ防ぎようのない、本能に訴えかける圧倒的な力だ。
 例えるなら魅力石を敷き詰めて作った豪華なベッドだとか、真夏の日射しを浴びる最中で手にした氷水だとか、真冬の冷たい雨に打たれて見つけた焚き火だとかそういうもの。否応なく惹きつけられる、抗うことのできない魅力は紛れもなく魔法だった。
 それともこんな風に感じるのは俺だけなんだろうか? 彼女が素敵だから惚れたのか、彼女に惚れてるから素敵に思うのか? うーん、レリアナがいればもっといい表現を考えてくれただろうな。
「星とか月とか花とか宝石、いろいろ例えてみようとは思うんだが、どれも比べ物にならないな。お前を“何かのように美しい”と感じたことがないんだ。お前に匹敵するほど美しいものがない場合、俺はなんて言ってお前を褒めたらいいんだ?」
 エリッサは何やらむずむずと物言いたげに口を動かしたあと、そっぽを向いて唇を尖らせた。
「よくそんな歯の浮くような寝言を並べ立てられるな」
「むしろ歯の浮くような寝言が思いつかなくて困ってるんだけど」
「あなたに淡々と褒められると反応に困る」
 ただの媚びやお世辞だと思って拗ねてるのかと顔を覗き込んだら、頬っぺたが少しだけ赤くなっている。
「嬉しい?」
「……まあ。髪や肌は後からいくらでも手入れできるけど目は生まれながらのものだし」
「髪も肌もすごく綺麗だよ」
「それは私の努力の賜物だ。もちろん褒められれば嬉しい、けど、……この目は母さんに似てるんだ。だから綺麗だと言われたら、とても嬉しい」
 そういえば前にもそんなことを言ってたっけな。エリッサは、単に褒められるよりも「お母さんに似て美人だ」とか「お父さんに似て頭がいい」とか言われる方がずっと嬉しそうな顔をする。両親から受け継いだものをまっすぐ誇りに思っている。それが俺は結構、かなり、羨ましかった。
 俺はずっと血の繋がりってものを否定的に捉えていた。マリクとの関係なんてまるで実感がなかったし、だったらいっそ本当に関係なくなってしまえばいいと願っていた。彼の息子として見られるのが嫌で堪らなかったんだ。そこにしか価値がないように思われるのが。
 でも今、例えば俺が無様な失態を演じたとして、俺の評判はエリッサを見る目にも繋がってしまう。彼女を「あのくだらない男の妻だ」と見られたくないがために俺自身が恥じることない立派な人間になろうと努力している。それは俺の中に彼女の面影を見出だされたいってことだ。
 自分の振る舞いに家族の名誉が懸かっている。その意味と重さを理解している。俺はエリッサの両親に会えなかったが彼女の中に彼らの面影を見ることができる。彼女と同じ瞳を持つ女性がきっと気高く美しい人だったのだと知ることができる。
「俺もお前に『母親にそっくりだ』って言いたかったな。でも思うんだけど、エレノア夫人に会ったとしても俺は彼女じゃなくやっぱりお前に惚れたんじゃないかな。その綺麗な瞳の色は彼女の贈り物だとしても、俺が惹かれた輝きはお前が磨きをかけたものなんだ。だからさ、」
「ああっ、もう、うるさいっ!」
「うるさいってお前、せっかく褒めてるのに」
「うるさいうるさいうるさぁいっ!!」
 耳まで真っ赤にしたエリッサにクッションを投げつけられ、なぜだか笑いが込み上げてくる。いつだって自信満々で褒められるのが好きなくせに、なんで俺の言葉だけそう恥ずかしがるんだ?
「そんなに怒るなよ、りんごほっぺちゃん」
「その呼び方はするなと言ったでしょうが!」
 笑いながら抱き締めると彼女はますます熱くなる。恥ずかしがってること自体が恥ずかしくて自分では止められなくなるらしい。そうして白い肌を真っ赤に染めて、りんごほっぺとからかわれた幼い彼女をこの目で見たように思い描ける。
 いつの間にか、俺の中からマリクに似た部分が見つかるのもそんなに嫌ではなくなっていた。それは確かに俺の一部なんだ。彼女が愛してくれる俺の根っこのところなんだ。その神秘の瞳を通して見るすべてが、自分の醜さや欠点までもが愛しく綺麗なものに思えてくる。
 ウィンが昔、いつかエリッサに魔法の才能が芽生えるかもしれないと言っていたのを思い出す。やっぱり彼女はすごい魔道士だな。予言は当たっていたんだ。俺にかけられた魅惑の魔法はきっと永久に解けないだろう。もちろん、望むところだ。



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