殻発ち



 アイリクが「先手を譲る」と言ったので、ありがたく自分のタイミングで始めることにした。少し距離があるからほとんど同時に詠唱されたって僕の魔法の方が早いはずだ。
 大魔法で一気に攻めようとブリザードの呪文を唱える。ここはフロストバック山脈の頂上付近。辺りには冷気とマナが満ちているから氷の魔法が絶大な威力を発揮する。彼と僕の中間あたりを狙って魔方陣が展開された。
 これなら彼が射程外へ逃げたとしても僕から更なる距離を置くことになる。あちらが体勢をたてなおしている間に次の一手を打てる……はずだった。
「冷気魔法を選んだのは良かったのだがね」
 こちらの詠唱に気づいてアイリクは僕の方へと走り出す。なんと、走りながら魔法を放った。小さなファイヤーボールが猛スピードで飛んできて足元をえぐる。びっくりして飛び退いてブリザードの詠唱をやめてしまった。ハッと顔を上げると、目の前でアイリクが僕にナイフを突きつけている。
「……走りながらなんて、ずるい」
「集中を乱せば魔法は止まる。必ずしも当てる必要はないのだよ」
 確かに、大がかりな魔法ほど精神統一が求められる。それは隙を見せるということでもある。無防備な相手にぶつけるだけなら速度重視の牽制で充分だった。

「戦士がいないのを忘れていただろう」
 いつもみたいに仲間がいるならいいけれど、一人のときは前に立って敵の攻撃を引き受けてくれる人がいないのだ。自分の身を守る必要があった。
「一人で戦ったことないんだもん」
「今、経験したな。では次だ」
「じゃあ、えっと。こうかな?」
 ロックアーマー。大地に眠るマナの力を借りて岩のように堅牢な鎧を纏う魔法だ。これなら詠唱もそんなに長くない。アイリクは小さく頷いて、自分でも何か強化魔法を唱えた。あ、あれは……。
「アンチマジックバリア? ひどい」
「戦いに酷いも何もあるか」
 こちらの防御を固めたって、魔法が効かない相手にどうしようもない。踵を返して逃げようとしたけれど間に合わず、駆け寄ってきたアイリクに杖で思いきり殴り飛ばされて転んだ。腰がへこんだかと思うほどの痛み。ロックアーマーがなかったらきっと骨が折れてた。こんなのメジャイの戦い方じゃないよ。
「相手のこともしっかり観察しなければいけない」
「うーん?」
 そう言われて腰をさすりながらも起き上がり、アイリクをじっと見つめてみる。

 ドラゴン教団の人って、山登りが日常になっているせいかすごく体格がいい。サークル・タワーにいたメジャイはエルフも人間も細身のひとばかりだったから、それと比べるとよっぽど大きく見えた。
 ここの人たちが魔法戦士の術を用いて鎧を装備すると、魔道士というよりテンプル騎士みたいだ。
 とにかく彼らが魔法使いらしからぬ筋力を持っているのは今アイリクに容赦なく殴られた腰の痛みがなくても分かりきっていること。それに比べて僕は魔法がないと何もできない。
 力では絶対に敵わない。だったら、最優先すべきはアイリクの無力化だ。
 目の前で次の戦闘が始まるのを待っている彼を見上げた。距離は近い。詠唱は早く。彼を弱体化する。素早く次の一手へ移る。彼に行動させてはいけない。
 合図もなくマインドブラストを解き放った。自身のマナをぶちまけるだけ、ほとんど反射的な呪文のいらない魔法だ。油断していたアイリクがよろめく。続けざまにアイスタッチで彼の動きを鈍くする。
 走って逃げ、深呼吸を一回。僕を追いかけて射程距離内に入ろうとするアイリクはアイスタッチのおかげで凍りついたように動きが遅い。集中して……今度は早さよりも確実に当てることを考える。驚愕に目を見開いた彼を、念動の牢獄に閉じ込めた。

 で、なんとか戦闘訓練に勝利した僕はいま、精霊の呪縛から逃れたアイリクにしこたま怒られている。
「本当に殺すつもりか! まったく何を考えて、……いや違うな。少しは考えて行動しろ!」
「まるで僕が何も考えてないみたいな言い方」
「事実、考えていないだろう」
 忘れてただけだもん。悪意はなかった。……それじゃ済まされないけれど。
 うまく決まればアイスタッチには相手を凍結させるくらいの威力がある。凍ってしまった者はもちろん反撃はおろか逃げ出すこともできなくなり、そのまま念動の牢獄に囚われるとまったくの無抵抗で精霊の攻撃を受けてしまうわけで、平たく言うと、即死する。
 アイリクは完全に凍ってはいなかったから助かったのだ。でも死にかけたことに変わりはない。そしてすごく怒っている。僕にアンチマジックバリアをかけたうえで浄化のオーラを放つという嫌がらせをするくらい、怒っていた。
「せっかく戦闘を指南してやったというのに、お前ときたら、本当に、」
「もう分かったよ。うるさいな」
「人を殺しかけておいてその言い種かね?」
「いっ、いひゃいよ、おえんなひゃいっへあやみゃっひゃにゃにゃいひゃー」
「分からん!」
 口を引っ張って目一杯に伸ばされたあとバチンと叩かれ、頬と口のはしっこが痛い。こんなに寒いのに唇が切れちゃったらどうするんだ。

 なにはともあれ彼との訓練によって「敵によって戦い方を変える」ということを学んだとは思う。今までは戦士やローグとともに戦い、それぞれに役割分担が決まっていたから考えもしなかった。
「お前は自然魔法が得意だな。その土地の属性に合わせて魔法を選ぶのはいいことだ」
「でもアイリクはファイヤーボールを使ってた」
「それは威力以外のものを優先したからだ」
 爆発力のある魔法は狙いが外れても余波でダメージを与えることができる。敵が強力な魔法を唱えていたら素早く阻害しなきゃいけないから、弱くても広範囲を攻撃しやすい炎の魔法こそ牽制にはぴったりだ。
 最大限の威力を引き出すことが必ずしも正解とは限らないということ。
「自己強化を優先したのも、間違ってはいない。しかし距離が近すぎた」
「もっと離れてたら、アンチマジックバリアが切れるまで逃げていられたかな?」
「かもしれない。耐久性を生かして逃げずに耐える方がより良いが」
 自分より力の強い敵に狙われたら、無理して倒そうとするよりもまず相手の動きを止めること。でも、接近戦に持ち込んじゃダメだという思い込みに囚われてもいただろう。状況に対して柔軟になれとサークルの先生が言ってたのに。
「お前は魔法戦士の戦い方を知っていたな。鉄の鎧をつけてしまえばロックアーマーは必要ない。その分を他の術に使える」
「知ってるけど苦手だよ。戦闘しながら剣を抜いたり収めたり、指で印を結ばなきゃいけない魔法とそうじゃない魔法とか、分かんなくなっちゃう」
「では覚えるんだ。書物を使った授業に移ろうか」
「やったー、本の授業のほうが好きだなあ」
「……学ぶことを厭わないのは美点だな」
 厳格なアイリクにしては珍しく、微笑を浮かべて僕の頭を撫でた。

 彼は他の教徒たちほど攻撃的な魔法を使わない。どちらかといえば創造魔法に長けている。アンドラステ教っぽく言えば癒し手というやつだ。回復を担う彼らは、局面的にしか戦場を見ない前衛やスペルアタッカーよりも豊富な戦術を編み出すことができた。
 彼に教えを請うようになって僕はずいぶん成長したと思う。アイリクは僕を雛だと言った。鳥籠の中で自分が何者かも知らずに育った雛だ。内に秘めたマナを解放すればドラゴンにさえなれるのに、って……。
 寺院に入りかけていた彼が足を止め、振り向いて僕を急かした。慌ててそのあとを追う。
 殻を破ることを期待されている。僕は異民族区で生まれてからもサークル・タワーにいた時も、それはそれなりに幸せに暮らしていたけれど、誰かに頼られたり必要とされたりしたことはなかった。こんな風に成長を期待してくれる人はいなかった。与えられたものを受け取るだけだった。
 ここに来てからは彼に学ぶのが好きになっていた。どんどん強くなってアイリクに誉めてもらいたい。魔法は自分のためのものじゃないと、初めて心で感じていた。
 誰かのために使うなら僕は彼のために、彼の想うもののために強い魔道士になるんだ。



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