わたしのオルゴール
朝陽が瞼に当たって目が覚めた。明るくなったら起き出して暗くなったら眠りにつくだなんてすごく合理的だとは思うけれども、空の色がころころ変わるのがまるでおとぎ話の世界に放り込まれたみたいで最初は慣れなかった。今でも変な気分だ。
あの上の方で行ったり来たりしてる太陽は落っこちたり昇るのを忘れたりしないんだろうか? 明日眺める空が今日と絶対に同じだなんて誰に言える? そう思うと心が落ち着かない。
今、山の向こうで顔を出してる太陽は、やっぱり今日はやめとこうって引っ込んじゃうかもしれないじゃないか。
ああそう、だから人間ってのは忙しないのかな。もしかしたら明日が来ないかもしれないから、朝が来ないと途方に暮れてしまうから、今できることを必死でやり遂げようとする。
どこかの町で鐘が鳴る。一日が動き始めるのを感じていた。ふとキャンプの片隅に目をやると、人間にしてはのんびり屋の魔道士が手の中にあるなにかをじっと見つめていた。
「デイレン、おはよう」
「……ナティアか。おはよう、相変わらずぴったり同じ時間に起きるんだな」
そうなんだろうか。昨日と同じ時間かどうかなんて気にしたこともない。私の瞼を開くのは朝陽の光だから、もし彼の言うことが本当なら太陽のやつは時間にうるさいってことだな。
ぐるりとキャンプを見渡して、私がぴったりなんじゃなく影も疎らな仲間たちが好き勝手な時間に起きすぎなんだとも思う。
リナと犬は暗い内から狩りに出かけている。ダリアンはそれを見計らったようなタイミングで起きて彼女と顔を合わせないようにする。アリムとセレダは誰かが叩き起こすまで熟睡している。エイデンは見当たらないからどっかで朝の鍛錬でもしてるのかもしれない。皆、いつ目覚めるのかはその日次第だ。
デイレンは私が起きた時にはいつもきっちり服を着て活動の準備を終えていた。私の目覚める時間が毎日同じなら、彼もそうだってことになる。
「何を見てたんだ?」
物色してると思われたら嫌だからデイレンの手を覗き込まないようちょっと目を逸らして聞いてみた。彼は人の良さそうな顔で笑って、それを見せてくれた。私の心配事に気づいているらしい。
強いて何も言わないけれど優しい。そんなデイレンは、地表のあらゆるものへの抵抗感をさっぱり拭い去ってくれた最初の人だ。
彼の手にあったのは懐中時計だった。毎朝これを眺めてたのか? なるほど、それで時間が分かってたんだな。
「見てて面白い?」
規則的な針の音や動きは眠気を呼び込む。目覚ましにはよくないと思った。世界の輪郭を縁取る朝陽みたいな柔らかさで笑って、デイレンは「母さんがくれたんだ」と言った。
「以前は、朝になると音が鳴った。故郷の時計塔のチャイム。離れても母さんと同じ時間、同じ音を聞けた……」
時計は今でも動いているけれど音だけが鳴らなくなってしまったらしい。カチカチと無機質に針が進む。時間だけは無情に過ぎていくのだとデイレンは嘆いた。
外から見ても構造はよく分からないけど、オーズマーにもありふれている時計と似たようなもんだろう。地表人には当たり前の太陽が地底にはないから、リリウム時計なんて彼らがぜんまい仕掛けを思いつくよりずっと昔に発明されてる。っていうのは受け売りで私もよく知らないけど、どんな貧乏人でも時計くらい持ってるのは事実だ。
貴族様なんかは闘技大会の開催と同時に音の鳴る時計っていうのも持ってるらしい。デイレンのもきっとそんな代物に違いない。見てもいいかと聞いたら、彼は快く頷いた。
「サークルでは規則正しい生活を強いられてたから、決まった時間に目が覚めるし、音が鳴らなくても困りはしないんだけど。やっぱり寂しいよね」
遠い目をして呟くデイレンの視界には故郷の風景が広がってるのだろうか。そんな感傷を尻目に時計を弄っていたら蓋が開いてしまった。彼がビックリして私を見つめる。……あ、ここの歯車、ずれてるじゃないか。
手に収まる程度の丸い枠の中で細かな機械は忙しく働いているが、ベルを鳴らす仕掛けとなっているはずの小さな小さな歯車は残念ながら空回りしている。これじゃあ音は鳴らない。
人間用の品物はドワーフの太い指では扱いにくくて、恐々と触れてみる。拍子抜けするくらいあっさりと仕掛けはあるべきところにおさまった。時間を少し巻き戻してやれば後れ馳せながら不安定な鐘の音が鳴る。もう、かなり古くなってるんじゃないかと思う微妙な音色。
でもデイレンはわあっと頬を染めて喜んだ。
「すごいよナティア! さすがドワーフだなあ!」
「へ? いや、誰でもできるだろう、こんなの」
歯車がたった一つずれてるだけなんだ。職人でなくたって見れば分かる。拾って嵌める、ただそれだけじゃないか。だってあんたの故郷の鐘ほど大掛かりなものは全然なくて、本当にその、大したことじゃなかったのに。
「嬉しい! この感謝をどうしたら伝えきれるだろう!」
「ぶわっ、ちょ、ちょっとデイレン……」
「大好きだよナティア! いや愛してるっ!」
覆い被さるように抱きつかれて息が苦しい。なんだなんだなんだってんだ、いくら母親にもらった大切な宝物だからって喜びすぎだろう。いやだけど、故障と呼ぶのもおこがましいあれっぽっちの不具合を誰にも直してもらえなかったんだ、彼は。そう思ったらなんだか。
「えっと、まあ、喜んでくれてありがとー」
私のしたことでそこまで幸せな声が聞けるなら、なんだか。ぎゅうぎゅう抱きしめてくるデイレンの背中に私も手をまわして……しまいそうになったけど、届かなかった。
昨日と同じ太陽が昇り、昨日と同じ時間に、不格好なメロディが流れ出す。何もかも同じってわけじゃないよな。だって昨日の私はこんな鐘の音を聞かなかったんだもの。