無垢の弾道



 無残に崩れた巨大な門をくぐった先で荒れ果てた町並みを見たとき、セロンは引き返そうと思った。広場には食料や宝石衣類が潰れて汚れて転がり、怪物どもが好き放題に暴れている。何のためにあるものかよく分からない、住んでいた人間たちにだってもう判別できないだろう建物もほとんど壊されていた。
 これは誰も生きてはいまい。フェレルデンの首都は落ちたのだ。では、自分はどうすればいいのだろう――。
 ウォーデンは国を救うものらしいし、それでなくともオスタガーを生き延びてしまった自分にはブライトを終わらせる他にやることがない。一人でアーチデーモンを倒せるなどと思い上がれないセロンは、結局シェムレンの手をも借りなければこれを戦い抜けないのだと分かってはいた。
 このまま諦めて帰るわけにはいかない。必要とあらばこの町を奪還することさえ考えなくては。
 怪物の視線から逃れて胸壁に登ってみると港の方から人の気配が感じられた。生存者は一所に集まっているようだ。敵に見つからぬよう屋根を伝ってそちらへ向かう。
 高所から見るとある程度の状況が頭に入る。豪奢な王宮はダークスポーンに占拠されているらしい。反して、スラムだったであろう汚らしい区画には兵士たちの姿が多くあった。戦争は貧しいものから犠牲にするのだと思っていたセロンには意外な気がしたけれど、おそらく港を守るために兵を集中させたのだろうと納得する。
 王宮から離れた丘に堅牢そうな砦があった。そちらは未だ無事らしい。王族や主要人物はあそこにいるのだろうか。ダークスポーンの手に落ちていないのはありがたいが、それはつまりセロンがそこに近づくのも困難であるということにほかならない。
「とにかく……話の分かりそうなやつを探さなければ」
 長と話をできれば一番よいのだが、それは無理そうだ。となれば港へ向かってそこの指揮官を探すしかなかった。
 デイルズエルフの自分が人間の町で受け入れられるのか。この非常時に、物事を弁えている輩が人間のなかにいるだろうか。グレイ・ウォーデンだと言えばすべてが解決するとも思えない。つくづく厄介な運命を背負ってしまったものだ。
 ひとまずは屋根の上を飛ぶように駆け、港を目指した。



 港では今も船が行き来しており、難民を乗せて離れてゆくものもおれば、どこからか物資を運んで入港してくるものもある。シェムレンへの嫌悪も忘れてセロンは一時その光景に目を奪われた。
 どんなものであろうと森の外で見かけるものはみな新鮮で、面白い。そういう意味では人間の不可思議さも捨てたものではない……なんてことを考えている隙をついて、ちょいちょいと肩をつつかれた。
「うわっ!?」
 驚きのあまり屋根から転げ落ちそうになる。何者かが腕を掴んでセロンを引き止めた。蒼白になって振り向いた彼の目に飛び込んできたのは幸いダークスポーンでもシェムレンでもなく、ヴァラスリンのないエルフの姿だった。
 その小柄な少女はキラキラした瞳でセロンを見ていた。ここはデネリム、エルフがいるはずはない、いや人間の世界にもエルフは存在する。彼女はたぶん、シティエルフというやつだった。
 それにしても、生物の気配を察知することに長けている彼が不意をつかれるとは。天性のハンターである彼が気づかぬ間に触れる距離まで近づかれるなどありえない、あってはならない、しかも思い切り腕を掴まれた。心臓が爆発しそうだった。
「あんたもしかして、デイルズなのか?」
 低く掠れた声はどことなく心地好い響きをもたらした。しなやかな体に尖った耳も好ましい。オスタガーにもエルフはいたが、目の前の彼女は戦士の資質をその身に表している。
 セロンは気づかされた。やはり自分は少し、寂しくなっていたようだ。



 呆然としてしまったセロンを心配したのか苛立っただけなのか、彼女が肩を掴んで揺さぶる。見知らぬ者との接触に彼の体はますます緊張した。
「聞こえてるか? おーい! そんなにボケッとしてたらダークスポーンに襲われちゃうよ」
「……っ、よ、余計なお世話だ」
「ああ喋れるんだ、よかった。それで、あんたデイルズ?」
 明け透けすぎる。この図々しさはシェムレンそのものだ。よく知らないけれど。
 眉をひそめつつセロンが頷くと、彼女はパッと顔を輝かせた。会って数分にも満たないが、明るい表情しか見せない彼女の沈痛な面持ちというものが想像できないなと、どうでもいいことを考えた。
「やっぱり! 本当にいたんだ。私の知り合いがあんたたちを探しに行ったんだ、会ったことあるかもしれないな。それにアラリスもデイルズに助けられたことがあるって言ってた。違う部族のひとかもしれないけど、でもすごいなあ、デイルズ! すごい」
 すごいすごいと馬鹿みたいに繰り返され、なんだか恥ずかしくなってきた。それにこの少女、覚えのある性格だ。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
 確信をつく質問にひやりとする。どのみちいつか自分から誰かを捕まえて話しかけなければならないのだ。ある意味、この強引なエルフに出会えたのは幸運だった。セロンは小さく呟いた。
「……グレイ・ウォーデンなんだ。オスタガーから来て……ブライトに立ち向かう味方を探し、」
「えええええっ!?」
 キンと頭痛がして一瞬わけが分からなかった。ぐらつく頭で考えたところ彼女の大声をまともに食らったのだ。叫び声で敵を圧倒する戦士もいると聞くがその類だろうか。
 少女は瞠目し、頬は真っ赤に染まっていた。瞳の中に星が輝く。ものすごく嫌な感じがした。
「グレイ・ウォーデン? デイルズエルフだってだけでもすごいのに、グレイ・ウォーデンなのか!? ……!!!」
 もはや言葉にならない感動に打ち震える少女は、
 ケイランに似ていた。



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